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宝石鱗の生贄姫  作者: 石動なつめ
第四章 フロル、毛玉と出会う
21/44

21:仲が良さそう


 黒竜が食事を食べなくなったのは、母である先代の黒竜が亡くなって少し経ってからのことだった。

 最初は食べ物が合わないのではないかと魔王国の者たちは考えたが、直ぐにそれが母を亡くした寂しさによるものだと理解した。


 幼い竜は夜になると母を恋しがって鳴いていた。

 ひどく悲しいその声に魔王城の者たちは胸を痛め、何とかしたいと色々と試みたが、ほとんどが上手く行くことはなく。そして黒竜は食事をとらないために少しずつ衰弱していた。


 それがフロルの宝石鱗をモグモグ食べていたのだから、居合わせたトーはとんでもなく驚いたことだろう。

 トーとフロルが自分の執務室に飛び込んで来た時の様子を思い出し、アイルは小さく笑う。


(フロルが来てくれて助かった)


 出会いこそ生贄なんてとんでもない理由だったが、アイルはフロルに感謝している。

 くるくると表情が良く変わる、素直な人間種の少女。それがアイルから見たフロルの印象だ。

 見ていて飽きない、面白い。他人に対してそういう感情を抱いたのは久しぶりだった。


「キュ?」


 すると腕の中にいた件の黒竜が、不思議そうな顔でアイルを見上げて来た。


「ああ、ごめんな。ちょっと思い出し笑いをしていたよ」

「ミキュー」

「ん? トーのことかだって? はは、そうだな。あれも面白かったな。トーの奴が、お前さんがしばらくぶりに食事をしてくれたから、嬉しいやら何やらでとんでもなく驚いていたよ」

「キュキューウ!」

「お、いいね。これからもたくさん食べてくれると嬉しいよ」


 アイルは黒竜と会話をしながら魔王城の廊下を歩く。

 そうしていると廊下の先で言い争うような声が聞こえて来た。


「何だ?」

「キュ?」


 向かっている方向ではあるのでそのまま進むと、そこではゼッテルと彼の補佐官のルルが、二人がかりで大きなぬいぐるみを持ち上げながら何やら騒いでいる。


「誰かがここまで大きいのを用意しろと言った! 言ってみろルル! 誰のせいだ!」

「ゼッテル様です~! ゼッテル様が愚かなせいです~!」

「貴様ーっ!」

「……何をやっているんだよ、お前たちは」


 ぎゃあぎゃあ言い合っている二人を見て、アイルは呆れ気味に声をかけた。

 この二人が起こす騒ぎの大体は、結果として碌なことにならないので、あまり関わりたくないのだが、魔王城の責任者は自分である。揉めごとならば早めに解決しておいた方が胃に優しい。


(それに根源結晶の件もあるからな……)


 アイルはゼッテルが犯人の一人ではないかと考えているので、自然に接触出来る機会に情報を収集しておくべきだろう。

 そう思って声をかけると、ゼッテルとルルがこちらを見て、ぎょっと目を剥いた。


「ま、魔王っ、様……。こっ、こんなところで何をなさっておいでで……?」

「魔王様こんにちは~。ルルたちは~何もしていませんよ~」

「馬鹿者っ! 怪しまれるようなことを言うんじゃないっ! それとなく流せっ!」

「ゼッテル様だって言ったじゃないですか~!」


 ゼッテルとルルは責任のなすりつけ合いをしている。

 これが芝居なら大したものだが――まぁゼッテルの性格的に、そうではないだろう。

 そう思いながらアイルは二人が抱えている大きなぬいぐるみを見た。デフォルメされたかわいらしい黒竜のぬいぐるみだ。

 触り心地の良いふわふわしたもので、魔王国で人気の品である。

 しかし……。


(ルルはまだしも、ゼッテルが好むようなものではないはずだな)


 ドラゴニュート種のゼッテルは、竜種に対して劣等感を抱いている。

 だからこそ、竜種をモチーフにしたものに関しては「ドラゴニュート種にすべきです!」とライバル心を剥き出しにするのだ。

 さすがに守護竜に張り合うことはないし、むしろ彼にしては珍しく慕っている様子もあった。

 しかしゼッテルとぬいぐるみという構図は、あまりにも違和感があり過ぎる。

 何か企んでいるようだし、これはちょっと探りを入れてみようとアイルは口を開く。


「いや、悪い悪い。声が聞こえたんで気になって、つい足を止めてしまったんだが……それ(・・)、こっそり運んでいるところだったんだろう?」

「え?」

「安心していいぞ、ゼッテル。俺は口が堅い方だから。お前が実はぬいぐるみに憧れていたなんて、絶対に言い触らさないからさ!」

「違ーっ⁉」


 にっと笑って力強くそう言えば、ゼッテルが青褪めて絶叫する。


「ち、ち、違いますよ⁉ 何を仰っているんです⁉」

「照れない、照れない。悪いなぁ、そうなら見て見ぬふりをしてやれば良かった」

「だから違うと……! これはただの贈り物です!」

「贈り物?」

「そうなんですよ~。ゼッテル様ったら、魔王様のお嫁さんが、むさくるしい魔王城で寂しい思いをしていないかって心配して~」

「黙れルルーっ!」


 今度は真っ赤になってゼッテルは叫ぶ。

 ――その時。


「キュッ!」


 アイルの腕の中にいた黒竜が鋭い声を上げた。


「どうした?」

「キューッ⁉」


 黒竜はぬいぐるみを睨んでいる。

 次の瞬間、

 カッ、

 とぬいぐるみの目が急に強い光を放つ。

 光はその場にいた三人と一匹の体を包み――


「え?」

「ふあ?」

「っ、逃げろ!」


 咄嗟にアイルは黒竜を遠くへと放り投げた。


「ミキュ!」


 黒竜は背中の翼で空を飛び落下を防ぐと、慌てて振り返る。

 しかし――そこにはもうアイルたちの姿はなく、黒竜のぬいぐるみだけが床に落ちていた。


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