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宝石鱗の生贄姫  作者: 石動なつめ
第四章 フロル、毛玉と出会う
20/44

20:きっと、あなたたちを愛していた


 フロルとトー、それから黒竜は、ひとまずアイルの執務室へと移動した。

 トーの絶叫で注目が集まってしまったからである。


「大変失礼いたしました……」

「誰しも通る道ですよ。何なら私は五歳の頃に、嫌味を言って来た連中に仕返しで、トゲトゲ草の実を服の中に放り込んで絶叫させたことがあります」

「フロルさん……」


 だから大丈夫だと慰めたら、トーから何とも言えない眼差しを向けられてしまった。

 おかしい。励ましたはずなのに。

 フロルがそう思っていると、


「それにしても助かった。黒竜様がどこかに隠れてしまうと、見つけるのが大変だからさ。ありがとな、フロル」


 なんてアイルからお礼を言われた。

 フロルはにこっと笑って首を横に振る。


「いえいえ、私は特に何もしておりませんよ。宝石鱗をあげたくらいです」

「そのことも感謝しているよ。黒竜様、ここしばらく全然食事をとってくれなくてさ」

「えっ」


 フロルは目を丸くして、アイルの執務机の上でくつろいでいる黒竜を見た。

 お腹が膨れて気分が良い……みたいな顔をしている。


「宝石鱗一枚でこの状態。竜って燃費がいいんですね」

「幼竜の時だと魔力が濃いことの方が大事なんだ。その点、宝石鱗は食べやすいサイズだし、魔力がしっかりこもっていて最適」

「へぇ~……ん? 幼竜?」


 はて、とフロルは首を傾げる。

 確かにこの黒竜は見た目からすると幼竜には見える。

 しかし魔王国の守護竜は、宝石竜や氷竜ネーヴェと同じく大人の竜だったはずだ。


「幼竜ですか?」

「ああ。………あ、そうか。そう言えば、話していなかったな」


 フロルが聞き返すと、アイルは何かを思い出した様子で頷く。

 それから彼は黒竜の頭を指でそっと撫でつつ、


「先代の守護竜は一ヶ月ほど前に亡くなったんだ。それで黒竜様の子が守護竜を受け継いだ」


 と教えてくれた。フロルは、なるほど、と納得する。

 先ほど黒竜がフロルの言葉でしょんぼりしていた時に、もしかしたらと思ったが、やはりそうだったらしい。


 守護竜と呼ばれる存在は、通常の竜種よりもはるかに長い寿命を持っている。

 しかし不死ではない。長命種でも寿命はあるし、頑丈な体を持っているが病気を患ったり、致命傷を受ければ死ぬ。

 自国を守る守護竜に手を出す愚か者はさすがにいないだろうから、考えられるのは寿命か病気のどちらかだ。黒竜の幼竜がここにいることを考えると恐らくは後者。


「ご病気でした?」

「ああ、その通りだ。医療の竜でも、自分の病気は治せなくてな……」


 アイルはそう言って頷いた。

 本来なら幼竜の状態では、まだ竜の聖域にいるはずだ。

 守護竜と言えど、産卵や子育ての時には竜の聖域へ戻るのが普通である。

 それができなかったとすれば、そこまで辿り着く体力が残っていなかったのだろう。


「自分の死期を悟って産んだ卵が孵化してから、少しして亡くなってしまわれたのです。私たちも出来るだけ環境を、竜の聖域に近くなるように整えたのですが力及ばず……」


 トーも目を伏せてそう言った。


「魔王国は、黒竜様にすごく愛されていたんですねぇ」


 彼らの話を聞いてフロルがしみじみとそう言えば、アイルとトーは軽く目を見張った。


「ああ」

「はい」


 それから彼らは、大事な宝物を慈しむような眼差しで頷いた。

 守護竜は国を愛する。それは言葉にしなくても誰もが知っている事実だ。そうでなければ国を守ろうとなんてしない。

 竜種というものは元々愛情深い生き物で、だからこそ一度愛したものを見捨てない。命懸けで守ろうとする。

 自分の死期を悟った黒竜は魔王国を守るために、次の守護竜となる卵を産んだのだろう。産卵が弱った身体にさらに負担をかけることだと理解していても。


(人竜国と魔王国の会談が決まったのは確か二ヶ月前……)


 もしかしたら宝石鱗の融通の話も、先代の黒竜のためだったのかもしれない。

 その頃には先代の黒竜もこの幼竜のように食事が取れなくなっていて、宝石鱗なら何とか食べられたのではないだろうか。

 そんなことを思いながら、フロルは腕から宝石鱗をぺりっと一枚剥がし、黒竜に差し出した。


「キュ?」

「おやつですよ。あとで食べてくださいね!」

「ミキュ!」


 黒竜はひょいっと手を伸ばして宝石鱗を受け取ると、きゅっと抱きしめて丸くなった。

 ややあって、うとうととし始める。

 どうやら食後のお休みタイムのようだ。


「毎日納品しますのでご安心を!」

「……助かる。他の色の宝石鱗も見せてみたんだが、あまり反応が良くなくてね」

「おや、それは実にグルメですね。このフロルの宝石鱗ならオッケーとは、実に見る目がある子です!」


 ちょっとおどけた調子で胸を張れば、アイルとトーは「ふは」と笑って、


「そうだな!」

「そうですね!」


 なんて頷いたのだった。


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