18:宝石鱗で予想出来る
朝食を終えた後、フロルはばっちりベールを装着して、魔王城の訓練場にいた。
トーから魔法を教わるためである。
「ここは魔王城の武官や文官が、魔法の訓練をするための場所なのですよ」
「へぇ~……!」
興味津々にフロルは周囲を見回した。
訓練場はだいぶ広く、あちこちに色とりどりの水晶が設置されている。
(あれは確か、魔法の訓練用の魔導具……だったかな?)
名前は『イドラの的』と言って、フロルも人竜国でちらっとだけ見たことがあった。
あれは珍しくフロルが堂々と外出が出来た日の時のことだ。
父と母に連れられて魔法の祭典を見学へ行った時、あれを使って作り出された様々な的を、参加者たちが各々の魔法で攻撃していた。
色によって作り出せる的の属性が違っており、赤なら火属性、青なら水属性という形になる。
訓練場にあるのは火属性の赤、水属性の青、土属性の黄、風属性の緑、光属性の橙、闇属性の紫の六色だ。全部の属性分揃えられている。
(さすが魔王城。設備もばっちりですねぇ)
すごいなぁと見ていたフロルは、ふと、天井付近にも魔導具が吊り下げられていることに気が付いた。
平たくて丸い形をしている。色は透明で、中にスノードームのようにキラキラと六色の光の粒が煌めいていた。
「トー、あれは何ですか?」
「あれは『ウェザーツール』ですね。訓練場内に疑似的な天候を作り出す魔導具なんですよ」
「天候……この中に雨や雪を降らしたり、みたいな感じです?」
「はい、その通りです。魔法を使う際は、常に落ち着いた天候の日ばかりではありませんからね。嵐の真夜中ということだって十分にありますので、その時を想定した訓練の際に使用されます」
「なるほど……ありがとうございます!」
的に魔法を当てるだけ――それだけでも大変なのに、天候も含めて訓練をしているのかとフロルは感心する。
この様子だと武術用の訓練場でも色々と工夫が凝らされているのだろう。
面白いなぁとフロルが見上げていると、
「ではフロルさん。こちらで魔法の練習を始めましょうか」
そう言ってトーが歩き出した。
そこには透明な水晶玉を手に持った竜の像が置かれている。
「これは身体に流れる魔力から、その者に相性が良い属性を調べる魔導具です。フロルさん、竜の頭を撫でてもらえますか?」
「分かりました!」
フロルは元気に返事をした。
魔導具に触れる機会もあまりなかったフロルは、ワクワクしながら像の頭をそっと撫でる。そうしていると魔力が少しだけ像の方へ流れて行くのを感じた。
おお、とフロルが思っている内に、水晶玉がカッと光を放ち始め――ややあって黒色に変化する。ちょうどフロルの腕に生えている宝石鱗と同じ色だ。
「ああ、やっぱり。フロルさんは全部の属性と相性が良いですね。素晴らしいです」
「トーはたくさん褒めてくれるので好きです! 私、褒めると伸びるフロルと自負しておりますので、たくさん褒めていただいて構いませんよ!」
「ンッ。……そ、それはどうも……。ですがちゃんと褒めるべき時に褒めますね」
「はーい!」
フロルがにこにこと笑顔でそう言えば、トーはちょっと照れながら頬を指でかいた。
「さて、それでは魔法の練習をしましょう。フロルさんは身体強化の魔法がご希望でしたよね」
「はい。拳で相手を地に沈められるくらいになりたいです」
「なるほど。うーん、そうですね、では……脚力の強化の魔法から始めましょうか」
「拳は?」
「船上で思いましたが、フロルさんは船が揺れても、重心がぶれることなく安定して歩いていました。なのでまず脚の強化を覚えた方が逃げる時に便利ですし、拳で相手を沈める時にも、足元がしっかりしていれば当たりやすくなりますよ」
「脚にします!」
「決断が早い」
パッと選択したフロルにトーは苦笑する。
そう言われれば、今までそんなに悩んで物事を決めたことが無いなとフロルは思った。
一番悩んだのは誕生日の日に父から「フーちゃんは誕生日のケーキは何がいい? パパ、何でも用意しちゃうぞー!」と訊かれた時くらいだろうか。
(お父様、毎年忘れずに、ちゃんと祝ってくれていたんですよねぇ)
思い出し、フフッ、とフロルは小さく微笑んだ。
女性関係は本当にどうしようもないなとは思うが――ああいうマメなところが母や妻たちに好かれる理由でもあるのかもしれない。
「どうしました、フロルさん?」
「いえ。ちょっと昔のことを……苺のケーキが好きだったなと思い出しまして」
「?」
トーは不思議そうに首を傾げた。
彼からすれば今の状況と何も関係のない話である。
それはそうだろうと思ったフロルは、
「んっふふふ。すみません、トー。……それではよろしくお願いいたします!」
そう言ってしっかりと頭を下げた。
トーは目をぱちぱちとしていたが、まぁいいかと考えたようで、
「はい。よろしくお願いいたします。ゆっくりで大丈夫ですので、一緒に頑張りましょうね、フロルさん」
と言ったのだった。




