16:ツヤツヤでピカピカ
魔王城で初めての朝を迎えたフロルは、スッキリとした気持ちで目を覚ました。
「揺れない床……最高……」
頬に手を当てて、ほう、と息を吐く。
船旅の間ずっと船酔いと戦っていたフロルにとって、足元が揺れないというのは最高の気分である。
さらにベッドもふかふかでシーツも肌触りが素敵だ。自分が歩んできた人生の中で一番の寝心地だったかもしれない。
「ん~~……!」
大きく伸びをしながらフロルがそんなことを考えていると、部屋のドアがコンコンと控えめにノックされた。
「フロル様、お目覚めでらっしゃいますか? お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「はい! フロルは起きております。おはようございます! どうぞどうぞ!」
フロルが元気に返事をすると、ドアが静かに開いて、頭に大きな白色の花を咲かせた女性が入ってきた。腰より長い緑色の髪に同じ色の瞳をした、同性でも見惚れるくらいの美人さんだ。
彼女の名前はメリエラ。精霊種の一種であるドライアド種の女性で、魔王城ではメイド長を勤めている。
精霊種とは、植物や土、水や溶岩など、自然界のものに大量の魔力が宿ることで生まれる種族だ。本体が枯れたり、砕かれたりしない限りは、寿命はほぼ無いと言われている。
フロルはアイルから、昨日の夕食が終わった後で彼女を紹介された。これからしばらくの間、メリエラがフロルのお世話をしてくれるらしい。
人竜国にいた頃に、メリエラのような存在がいなかったので、フロルは少しワクワクしていた。もしかしたら普通のおしゃべりもしてくれる相手かもしれないと、友達もいなかったフロルは期待に胸を膨らませている。
「おはようございます、フロル様」
「おはようございます、メリエラさ……メリエラ!」
うっかり「さん」付けで呼びそうになって、フロルは慌てて言い直した。
紹介された際に「呼び捨てで頑張れ」とアイルに言われたからである。
アイルやトーの時も思ったが、知り合ったばかりの人の名前を呼び捨てにするのは、やはり少々緊張する。
そうしているとメリエラは、ふふっと楽しげに微笑んだ。
「その調子でございますよ、フロル様。それではお召し替えをいたしましょう」
「あっ、お気になさらず。着替えでしたら自分で出来ますので、お手を煩わせることは……」
「…………っ!」
フロルがそう言った瞬間、メリエラは口を手で覆って、ピシャーンと雷に打たれたかのように固まった。
――その瞬間、メリエラの頭に想像が駆け巡る。
「フロル様……周囲から虐げられ、信頼する侍女まで奪われて、ずっとお一人で生きて……! 子供がそんな……そんな辛い目に合って……! 私がその場にいたら全員をぶちのめしてやるところでしたのに……! 子供の敵! 滅ぶべし!」
「メ、メリエラ……?」
妙なことを口走るメリエラに、フロルはぎょっと目を剥いた。
彼女の言葉はふわっとは合っているが細部がだいぶ違う。
フロルにはもともと侍女がいないので信頼するも何もないし、虐げられていたというよりは疎まれていた方だ。
フロルの親族は意外と意気地がない。口で嫌味は言えても、我が子を分け隔てなく愛する父王の怒りに触れるのが怖いから、堂々と虐げるような度胸はなかったのである。
――まぁ、マシだったというだけで、良かったかどうかというのは別のお話ではあるのだが。
嫌味を言われたらストレスはたまるし、言い返しても結局は数で負ける。
だからこれまでフロルはそれとなくやり過ごすだけで、スッキリすることはなかった。
(やはり拳……拳を強化せねば……)
暴力で解決するのは良くないが、力があるぞと見せることで抑制にはなる。
何なら目の前でパワーを見せれば、悲鳴付きで退散するかもしれない。
そんなことをフロルが考えていると、
「私が……私がツヤツヤのピカピカにしなくちゃ……!」
メリエラは相変わらずぶつぶつと呟き続けていた。
不穏。
その言葉が相応しいくらいの雰囲気だ。
「あの、ツヤツヤとは……? そしてピカピカとは……?」
「大丈夫ですよ、フロル様。私にお任せくださいませ。日々、最高の生活をお約束いたしますわ! ええ、ええ! そのために……」
ギラリ、とメリエラの目に剣呑な光が宿る。
「お着替えですわーっ!」
――直後、メリエラが自分に飛びかかってきた。
「ひぃえぇえぇぇぇぇっ⁉」
「おほほほほ、かわいくしましょうね! かわいくしましょうね!」
「アイルー! トー! 助けてぇーっ!」
敵意はない。害意もない。しかし何だか怖い。
フロルは悲鳴を上げて助けを求めたが悲しいことに、救援に駆けつけて来てくれる者は誰一人いなかった。
(魔王城の日常ってハード……!)
鬼気迫る様子のメリエラに、言葉通りツヤツヤのピカピカでかわいくされながら、フロルは遠い目をしたのだった。




