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宝石鱗の生贄姫  作者: 石動なつめ
第三章 フロル、結婚相手(仮)になる
15/44

15:陰険眼鏡の初恋


 その日、ドラゴニュート種のゼッテルは訳の分からない感情に襲われていた。


「ゼッテル様~そろそろ仕事してくださいよ~」

「…………」

「聞こえています~? お~い、お~い」

「…………」


 補佐官のルルが何度も声を掛けているが、ゼッテルは微動だにしない。

 自分の執務机に座り、両手を顔の前で組んで、複雑な表情のまま口を真一文字に結んでいる。


「陰険眼鏡」


 あまりにも反応がないことに痺れを切らしたルルが、ぼそっとそう呟いた。

 そう言われたとたんにゼッテルは立ち上がり、ルルの頭を右手でがしっと掴んで持ち上げる。鼠の獣人で小柄なルルの身体は、ぶらんぶらんと揺れた。


「もう一度言ってみろ」

「あ、聞こえてた。なら最初から返事してくださよ~」


 しかしルルは何も気にせず、その状態のままゼッテルに文句を言う。

 ゼッテルはため息を吐いてからパッと手を離した。ルルはすとんと柔らかく着地する。


「ゼッテル様、どうしたんですか~? 魔王様へ文句を言いに行ってから様子が変ですよ~? 何かありました~?」

「別に何かあったわけではない」

「そうですか? だって行く前はもうちょっと、馬鹿みたいにハツラツとしていましたよ~」

「おい、今、私のことを馬鹿と言ったか?」

「気のせいです~」


 しれっと悪口を混ぜた上にすっとぼけた図々しさに、ゼッテルは再び深くため息を吐いた後、椅子にどさっと腰を下ろした。

 そして足を組んで、


「アイルの嫁を見ただけだ」


 と言った。


「ああ、魔王様のお嫁さん~。いいですね、僕も見たかったですよ~。どんな感じでした~?」

「どんなって……」


 ルルに質問されて、ゼッテルは頭の中にフロルと名乗った魔王の嫁を思い浮かべる。

 ベールで顔は良く見えなかったが、身長はアイルと同じくらいだ。年齢もはっきりと判別できないが、人間であれば恐らく十代半ばから後半くらいだろう。

 声は意外とかわいらしかった。そしてそのかわいらしい声で、ゼッテルのことを素敵に褒めて――……。


『初めまして、こんにちは。雪原のように輝く美しい鱗のドラゴニュートの方』


 ――その時のことを思い出したとたん、ゼッテルの顔がボンッ、と音が聞こえそうなくらいの勢いで赤くなる。

 たまらずゼッテルは右手で心臓を抑えると、ドッドッ、と早鐘を打っているのが良く分かった。


(何だ、この胸の苦しさは……!)


 この世に生を受けて百年。

 これまでに一度も感じたことのない衝撃が、ゼッテルの身体を襲っている。

 顔が、身体が熱い。今にも叫び出したくなるくらい、訳の分からない感情が自分の中で渦巻いている。


「ゼッテル様お顔が真っ赤ですよ~。トマトみたい。ゼッテル様がトマトだったら美味しくなさそうですね~」

「やかましい! 誰が美味しくなさそうだ! 私はどんなものになっても美味しいに決まっているだろうっ!」

「厚かましいです~」

「この鼠」


 ゼッテルは半眼になって自分の補佐官を睨みつける。

 しかし、どういうわけかいつものように、怒鳴る気にはなれない。

 そんな上司に、ルルも意外そうに目を丸くした。


「本当に大丈夫ですか~? 具合が悪いなら、お医者様に診てもらってくださいよ~。倒れたら僕の仕事が増えるの嫌です~」

「お前は嘘でも私のことが心配ですと言えんのか」

「言えないです~」


 ふふふ~と笑うルルを見てゼッテルは肩をすくめた。

 このルルという獣人はとにかく明け透けに物を言う。

 悪気があろうと無かろうと自分に正直に生きている。下手に裏を読まなくて楽だ。だからこそゼッテルは自分の補佐官に抜擢したのである。

 間延びする口調だけはたまにいらいらするが、仕事は卒なくこなすのでゼッテルも一目置いている。


「それで魔王のお嫁さんと何かあったんですか~?」

「いや、特に何も」

「何も?」

「鱗が美しいと褒めていただいた(・・・・・)だけだ」


 ――そうだ、たったそれだけだ。

 ゼッテルの尻尾が美しいのは公然の事実である。それなのに何を動揺することがあるのだ。

 そう考えたら自分が何とも滑稽に思えて、ゼッテルの眉間のシワが深くなる。


「…………」


 しかし、そんなゼッテルの発言を聞いたルルは、彼女にしては珍しくポカンと口を開けて驚いていた。


「ゼッテル様、魔王様のお嫁さんを見た時に、動悸とかしました〜?」

「それは、まぁ……。どうした、間抜け面を浮かべて」

「いえ、何というか~……う〜ん? これ言っていいのかなぁ……」


 ルルは腕を組んで唸り始める。ゼッテルは怪訝に思い首を傾げた。


「何だ」

「ゼッテル様、初恋っていつでしたっけ~?」

「初恋? 私にそんな経験はない。まぁ、私クラスとなれば、数多の女性に言い寄られたりはするが……」

「ゼッテル様、嘘が下手です~。ああ、それにしても、なるほど~」


 ふんふん、とルルは納得したように頷いている。


「何なのだ、はっきりと言え」

「あのですね、ゼッテル様。それは恋です~」

「あん?」

「ですからゼッテル様、魔王様のお嫁さんに恋しちゃったんですよ~」

「…………」


 ルルの言葉を聞いてゼッテルはぴしりと固まった。

 恋?

 この私が?

 脆弱な人間種に?

 ゼッテルの頭の上に幾つも疑問符が浮かぶ。


「ゼッテル様にも人並みに恋をするんですね~」


 口の端をにんまりと上げて面白そうに言うルル。

 しかしそんな彼女の言葉は、ゼッテルの耳を右から左へと通り抜けていく。

 ルルに告げられた内容のせいで、ゼッテルはそれどころじゃなかったからだ。


(恋……この私が、アイルの嫁……しかも人間種なんぞに恋……?)


 ありえないと否定しようとした時、ゼッテルの心臓が再びドッドッと早鐘を打ち始めた。体も先ほどよりもっと熱くなる。

 ゼッテルはわなわなと震えた後で、


「何だとぉ――――っ⁉」


 魔王城中に響き渡りそうなくらいの大声で、思いっきり叫んだのだった。


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