14:魔王国の人たちは実年齢が読めない
その後、少し話をした後でフロルは部屋へと案内された。
アイルの私室と近い場所で、歴代の王妃が使用していた場所らしい。
「私、ここを使わせていただいていいんです?」
一時的な関係なのに、そんなに重要な部屋を借りて大丈夫だろうか。
さすがのフロルでもそう思ったのでアイルに訊くと、
「その方が嫁って宣伝できるからな。それにここなら守りやすいし、部屋自体にも守りの魔法が掛かっている。他の客室より安全だから、ここを使ってもらった方が俺としても安心だよ」
との答えが返ってきた。それはまた実に至れり尽くせりである。
人竜国の王城にもそういう仕掛けってあるのかしらとフロルは思ったが――まぁ妻が十五人もいるので、あったとしても全員分は無理そうだ。
(それにしてもお父様、女の人が好きですよねぇ)
見る目があるか無いかはともかく――どことは言わないが豊満な身体の女性が好みらしく、妻のほとんどはそういう容姿をしていた。
かく言うフロルの母もそうだ。ごくごく平凡な家出身の一般市民だった母が、文官としての優秀さを認められ王城で働いていたところ、人竜国の王に見初められてフロルが産まれたのだ。
とは言え、出会い方は最悪だったようだが。
何でも変装して部下の様子を見ていた王が、それぞれの本質を知るために敢えて失礼な態度を取って反応を確認していたところ、母が思い切り平手で張り飛ばしたらしい。
王は空中を錐揉みしながら飛んだそうだ。
その思い切りの良さと毅然とした態度、そして容姿に惚れた王はそれから猛アタック。三十回目のプロポーズでようやく母からオーケーをもらえたのだと、フロルは父本人から直接聞いたことがある。
「お母様、どうしてあんなのと結婚したのですか?」
「あんなのって言わないの。私もそう思ったけれど。……でも、そうね。支え甲斐がありそうだったから、かしらね。後は奥さんが大勢いても、誰一人蔑ろにせずにちゃんと一人一人と向き合っているところも良かったわ」
幼いフロルの鋭角に抉るような質問を、母は苦笑混じりにそう答えてくれた。その目や声にもちゃんと愛情が見えたので、フロルも父のことを「あんなの」と言うのは止めた。
実際に父はフロルにも優しいし、色々と気遣ってくれていたりしたのだ。
まぁ、妻と子の人数が多すぎて、目が届いていない部分も結構あったけれど。
それでもフロルは、父のことをそれなりに好きだった。
「……ロル。フロル。おーい、大丈夫?」
「……ハッ!」
そんなことを思い出していたら、どうやらぼんやりしていたようだ。
顔を上げるとアイルとトーが心配そうにフロルの顔を覗き込んでいた。
「失礼いたしました。遠い記憶に思いを馳せておりました。ええと、ではありがたくお借りしますが……一点だけ確認したいことが」
「うん、何だい?」
「アイルにはご結婚の予定、もしくは、そういうお相手はいないのです? もしいるなら先に使うのは気が引けます」
「ん~、そういう予定はないな~。何なら代替りして俺が魔王になってから一度も使ってないから、えーと……三十年くらい空き部屋だっけ」
「へぇ~、三十年……」
納得しかけたフロルだったが、聞き流せない部分があった。
聞き間違いでなければ、魔王になってから三十年経っていると言ったような気がする。
アイルの見た目はフロルと同い年くらいだが……。
「……アイルはお幾つですか?」
「ん? 百二十」
「ひゃくにじゅう」
フロルは軽く衝撃を受けて仰け反った。
驚くフロルを見て、アイルはポンと手を打った。
「そう言えば話していなかったな。俺、獣人種と魔人種のハーフなんだよ。外見は獣人の血が強く出ているんだけどね」
そう言ってアイルは猫のような黒色の耳と尻尾を動かして見せてくれた。
獣人種というのは言葉の通り、獣と人の特徴を兼ね備えた人型の種族だ。
もう一方の魔人種というのは竜種に匹敵するほどの魔力を持つ長命種で、見た目は耳が尖っている以外は人間とそう変わらない。
その種族が両親ならば、獣人種の血が強く出たのは納得である。たぶん猫系の獣人種なのかなとフロルは思った。
「おじいちゃん……?」
「ちなみに人間換算だと二十代半ばくらいですよ」
「お兄さんだった。失礼いたしました!」
トーの補足を聞いてフロルは直ぐに謝った。
しかしアイルは特に気分を害した風でもなく、
「おじいちゃんか……俺、そんな感じの貫禄あったかい?」
と、ちょっとワクワクしながら訊いてくる。
フロルは三秒くらい考えて、
「あまりないですね!」
と正直に答えると、アイルはがっかりと肩を落とした。
「ないか~。髭でも生やそうかなぁ……」
「髭かぁ……。あ、でもアイルに立派さは感じますよ。ちゃんと王様なんだなって思います」
フロルはにこっと笑ってそう言った。
すると彼は意外そうに目を丸くした後、
「そうか。はは、それは嬉しいな。ありがとう、フロル」
なんて、言葉通り嬉しそうに笑っていたのだった。




