11:ワクワク楽しいお手伝い
船が魔王国へ到着したのは、それからしばらく経ってからのことだった。
黄昏色に染まる空の下、港には魔王の帰還を出迎えに集まった人々で賑わっている。
他種族の住まう国らしく、獣人種やドラゴニュート種、鬼人種など、様々な種族の姿が確認できた。皆、笑顔で魔王に手を振っている。
「魔王様ーおかえりー!」
「おかえりなさーい!」
「皆、ただいま。変わりないか?」
船を降りながらアイルもまた手を振り返して、賑やかな声に応えていく。
その数歩後ろを、ベールを被ったアイルと同じくらいの背丈の女性が、そろそろとついて歩いていた。
それを見て魔王国の国民が首を傾げる。
「あれ? 魔王様、その後ろの人は?」
「ああ。この子はな、人竜国で出会った――」
アイルは女性と並び、その細い肩をそっと抱いて、
「――俺の嫁さんだ」
と言ってニッと笑ったのだった。
♪
「どうでした? 私の演技、満点でした?」
魔王城内にある、アイルの執務室へ到着したとたん、フロルは被っていたベールを取って、興奮気味に質問した。
「ああ、満点だったよ。やっぱりトーのアドバイスは効くなぁ」
「さすがトーですねぇ」
「私はお口にチャックしていてくださいねと言っただけですよ」
二人に褒められたトーは、困ったように笑って首を横に振る。
実はこれが、フロルがアイルから頼まれた「協力」の内容だ。魔王アイルの婚約者のフリをして、囮になってほしいというものである。
ネーヴェの根源結晶の一件が、魔王国と人竜国の関係を悪化させようと企む者たちの仕業ではないか――そう考えたアイルが張った罠だ。
そういう者たちにとっては、魔王と人竜国の姫君が懇意にしているのは、好ましい状況ではないだろう。しかも婚約だ。それが両国の友好を願ってという意味合いにもなるくらい、誰が見ても分かるだろう。
だからフロルが婚約者のフリをすれば、何かしら手を出してくるはず。
それを餌に犯人を捕まえるのが今回の計画だった。
「それにしても魔王様、上手いことを考えましたね。人竜国からお嫁さんを連れて帰って来ただなんて」
「結果だけ見れば間違ってはいないからな。生贄なんてものを寄こされた時は目を剥いたが、今となればナイスアシストだ。ちょうど俺も、結婚相手を探せってせっつかれていたし」
「私も生贄にされた時はコンチクショウ! と思いましたが、なかなか面白い体験ができているので嬉しいですね。感謝はしませんが!」
今のフロルは怒りが三割、ワクワクが七割だ。こういう経験は今までないので、結果的に何だかとても楽しいのである。
両手に作った拳をぶんぶん振り興奮しているフロルを見て、アイルとトーが苦笑した。
「ま、懸念すべき点はあるけどな」
「あるんです?」
「ああ。人竜国側から、俺たちがフロルを攫ったと訴えられるかしれないってな」
「ええ。そちらの対処は、ネーヴェ様にお任せするしかないですが……」
そう言いながらトーは窓の方へ目を向けた。
視線の先――窓の向こうには青く広がる海が見える。あれを越えて行った先にあるのはフロルの故郷である人竜国だ。
フロルが出会った氷竜ネーヴェは人竜国へと向かっている。
彼の当初の目的通り宝石竜に会うためだ。その時に今回の件についてフォローしてもらえるよう、宝石竜への伝言をネーヴェに頼んだのである。
「いーわよ、まかせて! あたしも腹が立っているものね!」
ネーヴェはそう言って笑顔で請け負ってくれた。
宝石竜をボンクラなんて呼んでいたので、喧嘩をしないかだけは少々心配だが、まぁ、きっと大丈夫だろう。たぶん。
(ネーヴェ様から宝石竜様に事実が伝わったら、私を生贄にしたがった人たちはどんな反応をしますかねぇ)
いっそ目玉が飛び出そうなくらいびっくりすればいいのに。
そんなことを思いながら、フロルは手に持ったベールへ目を落とした。
「ところでアイル、トー。このベールは必要だったのですか?」
「念のためかな。フロルは素直だから、ボロが出そうだったし」
「まぁまぁ信用がないですね! その通りです!」
「力強く肯定している……」
フロルが胸を張って頷くと、トーが肩をすくめた。
実際にフロルは内心、顔を隠した上で黙っていないと、楽しい気持ちが表情にばっちり出てしまいそうなくらいハイテンションだ。
出そう、というより、絶対に出ていたはずである。
アイルもトーも、この短期間でそれを理解してくれていて、さすがだなぁとフロルが思っていると、
「魔王様、少々よろしいでしょうか?」
ドアがコンコンとノックされた。
アイルとトーの目が僅かに細くなる。
「……来たな」
アイルはニッと口の端を上げる。
この様子だと、どうやら『目星』をつけている相手のようだ。
フロルはサッとベールを被る。
それを見てフロルは軽く頷くと、
「ああ、いいよ」
ドアの外にいる人物へ、入室許可を出した。




