10:悪だくみ
一方その頃の人竜国では、とある悪だくみの相談が行われていた。
それをしているのは人竜国の十二番目の姫君ルーナと、彼女の側近のレイだ。
「ルーナ様。フロル様は無事、魔王国の船に運び込まれたそうです」
「まあ! 素晴らしいわ、フロルちゃん! やっぱり私と同じ特別な鱗を持った子ね。あの子ならやってくれると、私、信じていたわっ」
ルーナの明るい金色の髪が跳ねる。太陽の日差しに照らされたそれは、黄金のようにキラキラと輝いていた。そして彼女は、その煌めき以上にキラキラと銀の目を輝かせて、満面の笑みを浮かべる。
側近のレイは、そんなルーナとは対照的に、無表情かつ冷めた目を主人に向けながら、
「失礼ですが、フロル様はやったのではなく、無理矢理魔王国の船に積み込まれただけですよ。おかわいそうに……」
と言った。淡々とした話し方ではあるが、その声からはありありと不満の色が感じられる。
「あのような扱いをした者を八つ裂きにする許可をいただければ、直ぐにでも実行いたしますのに……」
「あなた、そんなだから部下に狂犬って言われるのよ?」
「やらないだけ理性は働いておりますよ。バレたらフロル様から嫌われること待ったなし。そんなことになったら私は死にます」
その様子を想像したのか、レイは辛そうな顔になって、ぐっと拳を握りしめた。
「そうね。嫌われちゃうわね、フロルちゃんは優しいから」
「…………っ! もうダメです。泣いてきます。想像しただけで心にクる。今すぐにお魚さんたちの栄養になりたい……」
ぶわっと泣き出したレイを見てルーナは肩をすくめた。
(この二十三歳……わりと良く泣くのよね……)
自分より四歳年上の側近の泣き顔を見ながら、ルーナは心の中でそう呟く。
クールで仕事が出来る人間と思われがちなレイだが、中身はフロルを見守ることに命を懸けているような男である。
人竜国の王族の傍にいる者にしては、珍しくフロルに対して好印象を持っているのだ。
だからルーナは彼を自分の側近に採用した。
レイは人格面はそれなりに問題があるが、護衛能力も高いし、何よりもフロルのファンなので自分の傍に置いても気分が悪くならない。
(フロルちゃんのこともだけど、人竜国と魔王国を仲違いをさせようとしている連中がいる中で、レイのように信用出来る人は貴重な人材だもの。でも感情の振れ幅が大きすぎるのは欠点ね)
両手で顔を覆ってさめざめと泣くレイを見ながら、ルーナは頬に手を当てて軽くため息を吐く。
「お魚さんたちの栄養になったら、フロルちゃんを二度と見られないわよ」
「生きます」
「あなた、本当に分かりやすいわ……」
急にきりっとした顔になったレイを見て、ルーナはちょっと呆れてそう言った。
「……あなたのそういうところ、ちゃんとあの子の前で見せてあげたかったわね」
レイを見てルーナはぽつりと呟いた。
その言葉にレイは服の袖で顔をごしごし拭いて、
「俺は構いませんよ。こうすることは必要だったんでしょう? ルーナ様も我慢していたんですから」
「それもそうね。私が気にする必要なんてまったく無かったわね!」
「切り替えが早過ぎません?」
けろっとした顔で言い切ったルーナにレイは半眼になる。
「あら、いつものことでしょ」
「そうですね。色々終わったら異動希望を出していいですか?」
「あら、私のおかげでフロルちゃんを見守り放題だったのに?」
「それは感謝していますが、ルーナ様は主人としてはちょっと思う所がありますので」
「あなた本当に歯に衣を着せないわね……。私以外にあなたを御せられる人がいたらいいわよ」
「フロル様でお願いします」
「迷いなく選択したのは褒めてあげるわ」
ルーナは頬に手を当ててため息を吐く。
その時に浮かべた憂い顔は、本性を知らない者が見れば一瞬で恋に落ちそうなくらい美しい。
しかし、あいにくとルーナは人竜国で誰かを恋に落とす予定も、誰かと恋に落ちる予定もまるでなかった。人竜国の者たちにまったく興味がないからである。嫌いという表現が一番近いかもしれない。
「私も王族辞めて、フロルちゃんの側近になりたいわ。そうしたら人目もはばからず、たくさんかわいがることができるもの!」
「発言が危なすぎる……」
「でもフロルちゃん、私と目が合うとサッと逃げちゃうのよね。どうしてかしら?」
「本能的な恐怖を感じているのでは?」
「あなた、本当に失礼ね?」
一部はスルーしてみたが、立て続けにレイから辛辣なツッコミが入れられる。
そういうところも気に入って側近にしたのだが、それにしても遠慮がなさすぎではなかろうか。
ルーナは軽く睨んでみたが、レイはまったく気にしない。フロルを絡めて叱らなければ、本当にどんな言葉も心に響かない男である。
「まぁ、でも、それも全部終わってからの話ね」
ちっともブレない側近を放って置いて、ルーナはぐっと拳を握る。
そして窓の方へ目を向けると、夜空を映して揺れる海原の向こうにある、魔王国へと思いを馳せた。
「待っていてね、フロルちゃん。お姉ちゃんがこの国を、もっと住みやすくしてあげるから! フロルちゃんを生贄にしようとしたのは許せないけど、おかげで色々と一掃出来る良い機会だもの!」
「はぁ……フロル様、このような姉君を持っておかわいそうに……」
「ため息を吐いている暇はないわよ、レイ。あなたにやってもらいたいことがあるの」
「何でしょう?」
「フロルちゃんを人竜国に連れ戻す役割よ!」
「やります」
レイはきりっとした顔で即答した。本当にどうしようもない男である。
そしてだからこそ、フロルに関しては安心して任せられる。
ルーナは彼の返答に満足してにっこりと微笑んだ。




