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宝石鱗の生贄姫  作者: 石動なつめ
第一章 フロル、生贄として売り込む
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1:生贄です、どうも!


 その一瞬、周りの音が全部消えた気がした。


 窓の外には満天の星。そこへ行けと、飛べと、自分の中の自分が叫ぶ。

 だからフロルは思い切り窓ガラスを突き破り、そこへ(・・・)飛び込んだ。


 ガラスの割れる音と独特の浮遊感。飛び散ったガラスの破片が肌や服を傷つけ、身体は重力に逆らわず落下していく。

 風が、自分の身体を叩きつける感覚。


(気持ちが良いなぁ)


 そんな呑気な感想を抱ける状況でないのに、フロルはほぼ無意識にそう思った。


 こんな無茶、昔の自分だったら絶対にしない。

 でも、今ならやれると思ったから、フロルは飛んだ(・・・)


「フロル!」

「フロルさん!」


 自分の名を必死で呼ぶ、彼らの声を聞きながら。



     ♪



「生贄です、どうも!」


 そんな元気な声とともに、箱の中から一人の少女が飛び出した。

 綿毛のようにふわふわとした白髪のロングヘアに、ルチルクオーツのような金色の瞳をした小柄な少女だ。どこか小動物を彷彿とさせる、愛嬌のある彼女の名前はフロル。十六歳の人間種である。


 フロルは頭に被っていた、精細なレースの施されたベールを放り投げ、太陽の下に顔を晒すと、両手を大きく振り上げて自分の存在をアピールする。

 私を見て。私はここよ。そんな雰囲気だろうか。少々下手くそに演じている風になってしまったが、フロルは気にしない。自分の稚拙な演技力羞恥心などよりも、自分という存在を認知してもらう方が重要だったからだ。


「…………」


 ――しかし残念なことに周囲からは、何の反応も返ってくることはなかった。

 フロルが入っていた箱の周りに立つ獣人種やらリザードマン種やら、フロルとは違う種族の者たちは、皆揃ってぽかん口を開けている。

 何だこいつ――表情からそんな心情がありありと感じられた。


 まぁ、それはそうだろう。突然箱の中から珍妙なことを叫ぶ少女が飛び出せば、そういう顔にもなる。

 しかしフロルはそこで諦めるわけにはいかなかった。


「こんにちは!」

「…………」


 気を取り直して、もう一度挨拶をしてみる。しかしやはり誰も反応してくれない。箱の中にいたときは、それなりに賑やかな声が聞こえていたはずなのに、今ではすっかり静まり返ってしまっていた。

 聞こえるのはカモメの鳴き声と波の音だけ。


(あ、海ですね。ということは、ここは船の上ですかね?)


 その音でフロルは自分がどこにいるかを理解した。周囲をぐるりと見渡せば、そこには青く美しい大海原が広がっている。箱に無理矢理閉じ込められて、どこかへ運ばれたことだけは分かっていたが、それがどこかを知る術がなかったのだ。

 だからフロルはようやく自分が物理的に置かれていた場所が分かり、ほっと息を吐くと同時に、身の危険も感じてしまった。


(これはまずいですよ。私はこのままでは密航者です。早急に対処しなければ海へ捨てられてしまう可能性があります!)


 密航者には死。

 フロルも大概箱入りだが、何となく、そういう話は聞いたことある。

 それは困る。フロルはここで死ぬわけにはいかないのだ。

 

 そう考えたフロルは立ち上がり、右手を先ほどよりもゆっくりと高く挙げる。

 周囲の者たちの視線が、フロルの手の動きに合わせて動いて行く。

 ぴたり、と真っ直ぐ綺麗に、天へと伸びたそのタイミング。


「生贄です」


 フロルはめげずにもう一度アピールをした。


「…………」

「…………」


 しかし相変わらず反応はよろしくない。

 先ほどよりも困惑が強くなったように思える。

 フロルはたらりと冷や汗を流した。


(分かります分かります、その気持ちはとっても良く分かりますよ!)


 滑稽だろう。奇妙だろう。不気味だろう。

 そんなことはフロルが一番よく分かっている。


 けれどもフロルはここで折れるわけにはいかない理由があった。

 だって、ここで諦めたら人生が終了してしまうかもしれない。


 フロルはまだ生きていたい。

 死ぬのは寿命で、ふかふかのベッドの上で、仲の良い人たちに看取られて死にたい。

 そんな人生計画がある。

 だからこそ、忍び寄ってくる死を回避するために、フロルはこんな素っ頓狂な試みをしているのだ。


「……えーっと、人間種のお嬢さん? たぶんそうだよね? 生贄って何ですか?」


 すると一番近くにいた、ゆったりとした服装のリザードマン種の男性が、困り顔で首を傾げた。爬虫類のような緑色の尻尾がゆるりと動く。

 警戒されているようだが、そんなことはフロルにはどうでも良かった。何故なら初めて反応をしてもらえたのだ。そのことが嬉しくて、フロルは満面の笑みを浮かべて大きく頷く。


「そうですとも、生贄です。フロルと申します。初めまして、こんにちは、魔王国の皆さん! 今日もとっても良いお天気ですね!」


 このチャンスを逃してなるものかと、フロルは元気に挨拶をする。


「あ、はい……? そうですね……? なかなかの快晴っぷりですね? 多少は雲があっても良いのですが……」

「そうですよね! 分かります、人生には曇る日もあるでしょう!」

「は、はあ、そうですね。どうしよう……」


 リザードマン種の男性は、より一層困惑を強めた。

 彼だけではなく、他の者たちもお互いに顔を見合わせている。

 自分の行動が彼らを困らせているのが伝わってきて、フロルの胸がちくりと痛んだ。


(どうしよう……)


 自分も同じようにそう思っていると、


「え……えーっと、こちらの箱は、出発前にいただいた人竜国からの贈答品とは聞いておりますが……」


 リザードマンが助け舟を出してくれた。


(良い人です……!)


 フロルは思わずきゅんとした。


「そうですとも、贈答品です。生贄です」

「生贄を贈答品と呼ぶのはちょっと……。って言うか何でこんなに元気なんですか、この子?」

「何と! 活きが良くないのがお好みでしたか! 鮮度が大事だと勝手に思い込んでおりました。それでは今からそういうフリをしますね。あ~れ~……」


 ――どさり。

 芝居がかった調子でフロルは箱の中に倒れてみせる。

 会話を続けてくれて嬉しかったのでご期待に応えたかったのである。


「…………」

「…………」


 そんなフロルを見てリザードマンたちはドン引きしていた。

 何だかとんでもなくやばいモノを押し付けられたと言うような雰囲気で、お互いに顔を見合わせている。


「どうしよう……」

「知らんよ……」


 困っている声が聞こえたので、フロルはパチリと目を開けてひょいと上半身だけ身体を起こした。


「こんな感じでよろしいです?」

「よろしくないですね?」


 よろしくなかったらしい。


(難しいなぁ……)


 どうにも空回りしたことを理解して、フロルは腕を組んだ。


「難しいですね生贄をやるのって……」

「いや、そもそも生贄って何の話です?」

「あ、はい。贈答品とも言いますね?」

「言わない言わない言わない」


 するとリザードマンは首を横にぶんぶんと降った。


「生贄と贈答品は別物ですよ」

「生贄とは言え贈られたなら、広義に解釈すると贈答品ですよ?」

「そんな解釈をする人はいないと思いますよ」


 真顔で言われてしまった。


「まことに?」


 それは困ったなとフロルが思っていると、近くで「ふはっ」と誰かが吹き出す声が聞こえる。

 顔を向けると、そこではフロルと同じくらいの身長の少年が、腹を抱えて笑っていた。

 黒髪のショートヘアに黒色の獣の耳を生やした、綺麗な顔立ちの少年だ。アメジスト色の目を猫のように細めて彼は笑っている。それに合わせて尻尾も揺れているのが見えた。


(獣人種の方だ。猫……ですかね?)


 耳の形が何となく猫っぽい。

 フロルが目をぱちぱちと瞬いていると、


「あっはっはっ。お嬢さん、面白いなぁ」


 少年は明るい声のままそう言った。

 好意的な言葉にフロルの目がキラリと光る。


「そうですとも、この面白い私が、今ならとってもお買い得ですよ。というわけで生贄としてお邪魔したので、魔王様にお会いしたいのですが、どちらに?」

「何だ、魔王が目的か?」

「魔王様への生贄になるよう言いつけられましたので」

「へー、なるほど?」


 目を丸くした少年は、フロルの方へと近付いて来る。

 そして箱の前まで来ると、片膝をついてひょいとしゃがんで視線を合わせてくれた。


(同い年っぽいんですけれど……)


 仕草や雰囲気が何となく大人っぽい。

 フロルがそんなことを思いながら見ていると、


「生贄っていうと、あれかい? お嬢さんは死ぬつもりでここへ来たの?」


 少年からそんな質問を受けた。

 フロルは「いえいえ、めっそうもない」と首を横に振る。


「私は人生をもぎ取るためにやって来たのです」

「ほほう? それはいい心がけだ」

「でしょう!」


 肯定された嬉しさに、フロルは胸に手を当てて、にっこりと笑った。


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