終末の日 ♯3
2050年 12月20日 00:30
「チャチャ、明日は教会にあった十字架を背負って丘を登ってみよう。あの十字架は重そうだからきっといい訓練になる。」
自主練を終えチャチャと自室に戻ってきた碧狼は、明日のトレーニングの事を嬉しそうにチャチャに話している。
そんな碧狼の問いかけにチャチャは嬉しそうに尻尾を振るのであった。
碧狼はプロテインを飲みながら、シャワーを浴びる準備をし、その後ろでチャチャは水を飲んでいる。
換気の為に少し開けておいた窓からは冷風が入り込んでいる。
「流石に12月になると寒いな。」
そう言いながら窓へと近づく碧狼。
すると窓の隙間から光る一つの粒子が入り込んできた。
「ゴミか?」
碧狼は気にせず窓を閉め、浴室へと向かっていく。
粒子はフラフラと漂い、水を飲むチャチャの口へと侵入する。
その瞬間、チャチャの全身は小刻みに震え出した。
「チャチャ、久しぶりに体を洗うか。最近洗ってないから俺としては入ってほし…。チャチャ?」
チャチャに話しかける為後ろを振り向く碧狼であったが、チャチャの異変を感じすぐさま駆け寄る。その瞬間、チャチャは横に倒れ、泡を吹きながら大きく痙攣し出した。
「チャチャ、大丈夫か。今病院に連れていくから少しだけ我慢していろ。」
これから使用するはずであったバスタオルでチャチャを包もうとした瞬間、チャチャの体はみるみると変化していった。
中型犬程の大きさであった背丈は、碧狼と同じ180センチ程まで伸び、その体を包む筋肉はしなやかで一流のアスリートのようであった。
その変化を見て絶句する碧狼を尻目に意識を取り戻したチャチャは、悠然と二足の足で立ち上がり碧狼に対して牙を剥き出しに、敵意を向けるのであった。
『隊長、エマージェンシーです。動物が。』
突如無線機からナラの通信が流れる。碧狼がナラからの通信に気を取られた瞬間、チャチャは猛然と碧狼に向かって爪を振りかざしてきた。
紙一重でチャチャの爪を躱すも、その衝撃で無線機は粉々になってしまった。
「チャチャ、どうした。何かの病気なのか。何か反応してくれ。」
碧狼の必死の問いかけも虚しくチャチャは再び碧狼に向け襲いかかる。
チャチャの爪、牙の攻撃をなんとか躱していくも、圧倒的なスピードと、想像し得なかった現状による動揺で少しずつチャチャの攻撃に対応できなくなっていく。
(やばい、このままでは。)
まだどうにかできるかもしれない。
それともこれは夢なのかもしれない。
碧狼の頭の中は様々な感情でグチャグチャになっていた。
だがこのまま避けているだけではやられるだけだ。
必死に周囲を見渡す碧狼の視線の先にナイフが目に入った。
その瞬間、チャチャの爪が碧狼の左肩に食い込む。
苦痛に顔を歪める碧狼であったが、距離を取らせないよう、碧狼の左肩に食い込んでいるチャチャの左手を掴み、再びチャチャに問いかける。
「頼む何か反応してくれ。それともお前はもうチャチャではないのか。」
チャチャは相変わらず反応せず、血走った目で碧狼を睨みつけている。
碧狼は一瞬深呼吸をし、混乱している頭を落ち着かせる。
そして覚悟を決めた碧狼はチャチャを蹴り飛ばすと同時にナイフを拾い再び対峙するのであった。
間髪入れず襲いかかるチャチャ。
その瞬間ドアが開きナラ、レンメル、エマ、ムカミ、カルフ、イーターが雪崩れ込んできた。
「隊長大変です。動物が次々に凶暴になり人間を襲っています。」
息を切らして報告するナラであったが、瞬時に状況を把握し隊員達は一斉に銃口をチャチャに向けだした。
「隊長、この動物はチャチャですか。」
「そうらしい。だがもう俺達が知るチャチャではなくなってしまった。」
恐る恐る問いかけるナラに、碧狼は狼狽した声で返答する。
二人の会話が途切れた瞬間チャチャは三度、碧狼に襲いかかる。
隊員達は一斉に小銃をチャチャの足に狙いをつけて撃つも、尋常ではない反応速度で躱しきる。
碧狼は着地の瞬間を狙い澄ましナイフでチャチャの心臓を狙うもチャチャは体をねじらせ右肩でナイフを受けるのであった。
右肩を刺され距離を取るチャチャは碧狼達を睨みつけ雄叫びを上げる。
雄叫びに反応し身構える碧狼達であったが、手傷を負ったチャチャは窓ガラスを割り暗闇へと逃げ去って行った。
チャチャが逃げ去った後も碧狼達の緊張は解けず戦闘態勢を崩せずにいた。
「隊長、改めて報告します。現在基地周辺にて変異した動物が無差別に人々を襲っていると情報が入ってきています。ただ断片的な情報しか入ってこず私には何が何だか。」
ナラは毅然とした態度で副隊長の職務を遂行しようとするも、未知の体験に不安を隠せないようであった。
エマはレンメルの服の裾を掴み震えている。
ムカミ、カルフ、イーターも同様に混乱しているようであった。
一瞬の沈黙が流れた後ナラの無線機から男の声が聞こえてくる。
「オルトロス隊、アイバーソン副隊長応答せよ。」
それは天照戦闘部隊総司令キング・ダンカンからの無線であった。
「司令。こちらアイバーソンです。」
「おお、よかった、生きていたか。碧狼と無線が繋がらないがあいつは生きているか。」
「はい、隊長の生存は確認していますが左肩に傷を負っています。」
「そうか、わかった。ナラ君、碧狼に替わってくれないか。」
本部がまだ健在ということを知り、先程までの緊張感は少し柔いだようであった。ナラは無言で碧狼に無線機を手渡す。
「司令、今の状況と指示をお願いします。」
「本国からの情報によると世界各地で様々な動物達が変異し人を襲っているとの情報が入ってきている。だがそれが何なのかは今の段階ではわかっていない。その為まず君たちオルトロス隊は、準備が出来次第すぐに天照に向かってもらい警護をしてほしい。道中非武装の職員達がいると思うから、可能な限り救出してくれ。この状況下において難しい任務ではあるがなんとか遂行してほしい。」
「了。」
任務を命じられた碧狼達は、敬礼をし各自天照へ向かう準備を始める。
碧狼はエマに左肩の応急処置をしてもらいつつ、残りの隊員に完全装備で寄宿舎入り口に集まるようにナラに指示を出した。
日頃の訓練通り、迅速に準備を終え、数分後にはオルトロス隊30人全員が寄宿舎入り口に集合し天照へと向かう準備を整えていた。