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目覚めの時 ♯3

ネレアーとセレーネの必死の説得もあり、なんとか平常心を取り戻しつつある天照のクルー達。

大多数はまだ体の自由が戻らず機械の中で横になっている状況であった。


「艦長のイーグル・ワシントンだ。ネレアー君、セレーネー君、君たちの素性は理解したつもりだ。だが詳細がわからない限りなんとも判断しづらい。わかる範囲で構わないのでこれまでの経緯を教えてくれないか。我々もコールドスリープに着くまで艦内で色々あったものでな…。」


「イーグル・ワシントン艦長?データでは知ってたけど、やっぱり迫力あるなあ。」

「にいに、早く聞きたそうな顔してるよ。」

「あ、ごめんね。父さん、母さんに教えてもらってた人達だからつい舞い上がって…。えーと、これまでの事だよね。じゃあ僕達が何でここにいて、何でこの姿になっているのか教えるね。」


ネレアーは咳払いをし、改めてみんなに向き合い始める。

急に空気が変わり緊張したのか、セレーネーが後ろでネレアーの服の裾を握っている。

2人の姿を見て碧狼は、在りし日のレンメルとエマの姿をふと思い出し苦笑していた。


「最初に話したように僕達は天照戦闘員のムカミ・カマウ、エンジニアのサラとボブとキム、乗組員のマヤとセルゲナスの子孫だよ。僕達の先祖が1世代目と考えたら僕達は5世代目になるかな。」

「そこがわからないのだが、当時は確かに全員コールドスリープに入ることに同意したはずだ。何でその6人だけが入っていなかったんだ。」

イーグル艦長はできるだけ柔らかい口調で2人に質問をする。


「…また戦うことが怖かったんだって。だから6人は機械に細工をして、コールドスリープに入らなかったみたい。穏やかに暮らしていきたいという願いを叶える為に…。」

少し他人と話すことに慣れてきたセレーネーは、ポツリポツリと話し始めた。


「その後は3組の家族ができて、子供ができて…。でも病気にあったり子供ができなかったりで徐々に人数も減ってきて…。最後は私達2人だけになったの…。」

「…君達だけでずっと暮らしていたのかい?」

「…うん、お母さんは私を産んだ時に、お父さんは去年病気で…。でもお父さんから色々教えてもらってたから、にいにと1年間暮らしていけたんだ。」

「元々天照は長期間の航行を予定してた艦だから、水もずっと濾過と循環をしてて豊富だし、食料も大豆、野菜、培養肉を自給自足してきたから困ることはなかったよ。…味は保証しないけどね。」


セレーネーにとって両親の話は辛いものだった。

少し伏せ目がちになってきたセレーネーに代わり、ネレアーが冗談混じりに話し始める。

「だから安心して、645人分の水、食料は今日の為に蓄えてるし、艦もできるだけメンテナンスはしたよ。…今日みんなに会えることを僕達は本当に楽しみにしてたんだ。」

「…そうか、150年間我々を守ってくれてありがとう。水、食料に関しては初動で手間取ることが懸念されていた。艦のメンテナンスも150年間の自動航行でも大丈夫なようにしていたが、これも一種の賭けであった。今日まで我々が無事でいたのは君達と当時のクルー達のおかげだ。君達の先祖は英雄だ。胸を張ってくれ。」


戦うことが怖くなった、いわば逃亡兵とも言われかねない一族に対して礼を言うイーグル艦長を見たネレアー達の目からは大粒の涙が出ていた。

「…もしかしたら軽蔑されると思ってたんだ。でもそんな僕達を英雄と言ってくれた。こんなに嬉しいことはないよ。」

「当然のことだ。君達が軽蔑される言われはない。…もう一つの質問なのだが、君達のその姿は何があったのかな。」

「これ?これはね李広って人がコールドスリープに入る前に残したAIのおかげだね。AIが自動計算して、僕達の先祖の体にP・Cの細胞を少しずつ取り込んでいったんだ。でも僕のひいおじいちゃんの世代でも完成はしなかったんだ…。だからおじいちゃんの世代でこそ完成させようと、AIに計算してもらって、お腹の中にいる段階でP・Cの細胞を取り込ませてみたんだ。」


旧世界の常識では、非人道的な行為に驚きを隠せない天照のクルー達。みんなの反応に気づかないネレアーは更に饒舌に話し続ける。

「ひいおじいちゃんの世代までは家族はいっぱいいたんだってさ。でもおじいちゃんの代で生まれてくる子は、胎児の段階で上手く適応できなくて結構死んじゃったみたい。でもお父さんとお母さんは上手く適応できてたみたいで、最後は僕達さ。ちなみに僕達は健康体だから安心してね。」

自慢気に話すネレアーに対し、イーグル艦長はどこか憐れむような目を向けていた。


「それとさ…、ひっ。」

続け様に話そうとするネレアーだったが、突如何者かに足を掴まれ悲鳴を上げる。


「…やっとここまで来れた。おい、そこの君。データを取らせてくれ。」

息も絶え絶えな状況でネレアーの足を掴んでいたのは李広であった。

体の弱い李広は、コールドスリープ後のダメージが酷くほぼ体を動かせない状態であった。

だが極上の研究対象を目の当たりにした李広は、這いずりながら根性でネレアーの足元までやってきた。


「…それとさっき僕が開発したAIの事も話してたな。僕のAIの楊貴妃はまだ動いているか?」

「あなたが李広?楊貴妃から話は聞いてて会ってみたかったんだ。楊貴妃は元気にしてるから後で連れて行ってあげるね。…後さっきデータ取りたいって言ってたよね。そんなのこれを見れば一発さ。セレーネー、あの機械。」


ネレアーの指示と同時に、10メートルは離れた場所にある無人のコールドスリープにセレーネーは一足飛びで飛びかかり、右手を振り下ろす。

凄まじい衝撃と共にコールドスリープは粉々に破壊された。

「にいに、これ。」


セレーネーはネレアーに鉄製の部品を投げつける。

ネレアーはそれを口で受け止め、噛み砕いた。

連携が上手くいき、嬉しそうに笑い出すネレアー、セレーネーの口にはライオンの歯と同じように立派な牙が生えていた。

「これはすごい力だあの日見た猫型P・Cと同じかそれ以上か是非とも研究したい早く試したい過去のデータを見たい。…早く楊貴妃の元へ連れていけ。」

「はーい。」


ネレアー達を見て興奮してしまった李広を背負い、2人は去って行ってしまった。

残された天照クルー達は呆気に取られた様子で、そこに動けずにいた。

しかし大多数の者はどこか危なっかしいながらも無邪気な2人に、当初の懐疑心もなくなり穏やかに見守っているようだった。

だが一部の者は、まだその姿に違和感を持っているようであった。

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