週末の日 ♯11
2051年 1月5日
車椅子に乗りながらだが、驚異的な回復力で何とか外出できるようになった碧狼は、車椅子をナラに押してもらいながら会議室へと向かっていた。
「あれから隊員達の様子はどうだ。」
「3日経って大分落ち着いてきましたね。ただエマとムカミはまだ立ち直っていないようです。」
「そうか、この会議が終わったら会いに行かなければな。」
「きっと皆さん喜びますよ。これであの2人も元気になってくれれば良いんですけど…。あ、隊長着きましたよ。」
会話が終わると同時に会議室に到着する二人。
ドアの先には艦長、司令を始めとした隊長格以上の面々と科学者が数人並んでいた。
辺りが喧騒で包まれる中、イーグル艦長がおもむろに話始める。
「諸君、忙しい中集まってくれてありがとう。これから現状の共有と、今後の方針について説明したい。まずは現状についての共有だ。キング司令よろしく頼む。」
「では私から説明する。現在天照はP・C達の襲撃を退け、宇宙までくることができた。だが予定よりも早い出発、P・C襲撃による物資の搬送の遅れ、また人材も当初の計画よりかなり不足している状況だ。具体的に言うと物資は当初の計画の30%、人材に関しては約三千人予定していたが、戦闘員122人、エンジニアと科学者が115人、乗組員200人、そしてスタッフの家族を含めた人材が263人の計700人だ。」
キング司令の報告に会議室はざわめき立つ。
「単刀直入に言おう。当初予定していた惑星の探索、入植ははっきり言って無理だ。何もかもが足りなすぎる。」
「それでは私達は天照で滅びるだけではないのか。」
アンクーシャ隊隊長のガネーシャ・クマリは女性にしては大きい体でキング司令の前に立ち、司令部の真意を問いただすのであった。
「クマリ隊長、話は最後まで聞きなさい。男勝りな性格も良いがあんまり気が強いと恋人もできないぞ。」
「隊長、あれもセクハラです。勉強しといてください。」
ナラは碧狼に小声で話しかけるも、碧狼は反応に困りナラの言葉に気づかないふりをしている。
「今話した事が現状についての共有だ。では今後の方針については李広君、よろしく頼む。」
イーグル艦長から紹介された李広は、自慢気な顔で参加者達の目の前まで歩みを進めてきた。
「どうも、人類の宝のDr李広だ。ん、そこにいるのはオルトロス隊の碧狼君ではないか。以前は私の事を警護してくれてありがとう。お礼と言っては何だが君の傷は私が治療したからこれで貸し借りはなしだ。まあこれから君は私に多くの借りを作っていくだろうがね。」
「おい。」
「す、すいません。」
調子に乗った李広をキング司令が嗜める。李広はキング司令の迫力に押され肩をすぼめて所定の位置に戻って行った。
「えー、それでは今後についてですね。現状はキング司令が話した通りでこれ以上進むのは無理なので天照は地球近郊に留まります。」
キング司令に怒られた李広のテンションは明らかに下がっており、若干投げやりに話し始める。
李広の態度と地球近郊に留まるという解決策にもなっていない内容に、会議室は再びざわめき立つ。
「えー、みなさん静粛に。先生の話は最後まで聞いてください。何もずっと留まるなんて言ってませんよ。我々の次の行き先はもう決まっているのです。それはそこから見える星、地球です。」
「ふざけたこと言うんじゃないよ。あの地球を見てお前はわからないのか。放射能で汚染され、P・C達も今どうなっているかわからない地球にまた戻れと。」
ガネーシャは再び身を乗り出し李広に詰め寄る。圧倒的体格差と迫力に李広のテンションは更に下がってきている。
「いや、だから最後まで聞いてくださいよ。今の地球に行く馬鹿がどこにいるんですか。確かにこの象みたいなインド女が言うように地球は放射能で汚染されているしP・C達の生死もわからない状況です。ですが天照の現状として最早前進は不可能なのです。だとしたら選択肢は二つ。漫然と天照で死を迎えるか、地球へ後退するか。…お偉いさん達は何もせず死を迎える事が嫌みたいでですけどね。」
李広の話すことは最もであり、その正論にガネーシャを始め、騒いでいた者達も静まり返ってしまった。
その様子を見て李広の顔はみるみる上機嫌になっていった。
「ということで、どうやって地球に帰還するかが問題ですよね。そこで私達は考えました。と言っても選択肢なんて一つしかないんですけどね。まずP・C達がどうなったのか。それは行ってみないとわからない。ではもう一つの問題である放射能、これをどうするかというと時間が経つのを待つしかないですね。僕達の計算によるとおよそ150年で人類に影響がないくらい放射能は薄くなっているはずです。でも150年後に地球に戻っても僕たちの中で生きている者なんて誰もいない。ではこの150年をどうするかですが、天照でも一部の者達しか知らされていなかった機能を使用します。それはコールドスリープです。この機能を使用して凍りながら150年という時をゆっくり待ちましょう。以上です。」
一気にまくし立てる李広は話し終えると満足そうに後ろへ引っ込んでいき、入れ替わりにイーグル艦長が前へと出てきた。
「まあ李広君の言い方は置いといて、基本的な方針としてはそれで間違いない。諸君らの中から何か質問はないか。」
「艦長、P・Cの事について一点よろしいでしょうか。」
「オルトロス隊の碧狼隊長か。発言を許可する。」
「はい、私は天照発射直前にレンメル隊員と共に猫型P・Cと戦闘になりました。ただその猫型P・C なのですが今までのP・Cと違い我々と同じ言語を発し、知能も我々と同程度のものと見受けられました。このことについて判明している点はありますか。」
「ふむ、その事なら…李広君説明してくれ。」
「げ、また君か。…まあ良いでしょう。その猫型P・Cについては映像で確認した。確かに君の言う通り今までのP・Cとは異なる。…イーグル艦長、この情報は開示してもよろしいですか。」
相性の悪い碧狼からの質問に若干嫌がりながらも答える李広は、その質問内容にどこまで答えてもいいのかイーグル艦長へ聞くのであった。それに対しイーグル艦長は無言で首を縦に振る。
「艦長の許可も出たし答えてあげよう。感染したP・Cの粒子が脳にまで達すると知能指数が高くなることは前説明したな。君達が初日に捕まえてきたP・Cだがあの後天照のラボで色々と検査をしてね。それでわかったのが知能の成長する速度が異様に早いんだ。君達が戦ってきたP・C達の知能指数は人間でいうと生後2、3歳くらいだ。まあ少し話せて理解できるくらいかな。捕まえてきたP・Cも、もちろん最初はそれくらいだった。だが栄養を与え観察していくうちに、徐々にこちらの言語を理解して話しかけてきたのだ。そのP・Cは4日後に傷が元で衰弱死するのだが最終的には12歳くらいまでの知能指数になっていた。要するにその猫型P・Cについては何らかの外的要因か生まれ持った物なのかはわからないが、他のP・Cよりも成長速度が早かったのだ。そして私個人としては全てのP・Cが同じレベル、もしくはそれ以上に達すると考えられる。まあ流石に核でやられてるだろうし、生きてても放射能で全滅だろ。とにかく今いないあいつらの事なんて考えてもしょうがないさ。」
李広は首を振りながら踵を返し、再び後ろへと下がっていった。
「いや、奴らは生き残っているはずだ。」
「まあ可能性はゼロではないだろうね。そうなった時は君達の仕事だよ。」
李広に反論する碧狼に対し、皮肉めいた返答をする李広。
「確かに戦闘は俺達の仕事だ。だが今のままではあの敵には敵わない。あれはもう人智を超えた存在だ。」
「…君は何を言いたいんだ。」
「…人類の叡智であるお前達に頼みたい。奴らを殲滅できる策が欲しい。武器でもなんでも構わない。この通りだ。」
李広達科学者に頭を下げる碧狼。それを見下ろす李広の口角は少し上がっているように見える。
「抽象的すぎるし我々に丸投げではないか。…まあ検討しておくよ。」
「感謝する。」
碧狼は再び頭を下げ元いた席へと戻っていく。
「隊長よくあの性格悪そうな人に頭下げましたね。」
(あのちび助、今度舐めた口聞いたらP・Cの脳みそ食わせてやる。)
「いや、俺の頭一つで済むなら安いもんさ。それに彼らの力を借りなければいけないのは事実だ。」
そう言いながらナラの心の内を読んだのか、優しく諭す碧狼であった。
「コールドスリープに関しては今すぐ始めるわけではない。まずは対P・Cや物資問題など当面の課題を解決していこう。何度も言うようだが我々が諦めた時が人類滅亡の日だ。石にかじりついてでも地球を奪還するぞ。以上解散。」
イーグル艦長の号令と共に各自は自分たちの持ち場へと向かっていく。
「おい碧狼、よく言ってやったよ。実際に戦うのは私達なのに無策で突っ込んでいくほど馬鹿なことはないからな。」
ガネーシャはそう言いながら碧狼と並びながら歩いてくる。
「またあの化け物達と戦うのか。お偉いさん達は何か考えているんだろうけど参っちまうよな。」
後ろから歩いてきたミックは複雑そうな顔で話している。
「現実問題キング司令が話したように選択肢はあるようでない。だが俺達はその限られた選択肢の中でやるしかないからな。」
「あーあ、正論空気読め男はこれだからつまらない。さて隊員達にどう説明していくか。」
「脳筋空気読め男は会話のラリーができないもんかね。私も気が重いけど行くか。」
ミック、ガネーシャは碧狼に毒づきながら各隊の元へ戻って行った。
「た、隊長、気になさらず。さあ行きましょう。」
「ナラ急に慌ててどうした。俺は進んでいるぞ。」
(こいつまじか。)
ナラは碧狼の無神経さにドン引きしつつ、車椅子を押しながら隊の元へと進んでいった。
数分後、オルトロス隊の部屋からは、再会を喜ぶ歓声が聞こえてくるのであった。




