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プロローグ

 雨は嫌いだ。


 新幹線の窓に衝突した雨粒が左から右に流れるのをぼんやりと眺めながらそう思った。

 長野までの旅は新幹線で1時間半の旅で、到着するのは6時を回る。

 東京駅で買った鮭おにぎりをビニール袋から取り出して、むしゃむしゃと頬張った。

 咀嚼する度に、あの人生で1番の冒険のことが脳裏に鮮明に思い出される。

 もう一年前のことなのに、鮮明に記憶されている。


 新幹線がトンネルに差し掛かり、不意に自分の顔が新幹線の窓に投影される。

 退屈なような、凡庸なようなそんな表情。

 魂胆なんて変わっていない、多分何も変わってはいない。

 変わったのは俺を取り巻く環境だろう、と今では思う。


 それを、変えたのはたった一人の少女────彼女だ。

 もう一度彼女と会えるのなら。

 そんな淡い期待を持ちながら、俺は新幹線に揺られている。

 このモノトーンで染められた世界は彼女のおかげで彩られた。


 そう彼女と出会ってから───。


 あの日───踏切の前。


 思い出そうとすると、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 トンネルを抜けると、のどかな畑と、ぽつぽつと点在するまだ古い瓦屋根の家が目につく。

 少し視線をあげると、どんよりとした薄暗い雨雲が空一面を覆い尽くしている。

 さっきまで小雨だった雨模様は、山を超えるとそこは別世界のように豪雨になっていた。


「見て雨やばぁ」

「折角旅行に来たのになあ」


 前にに座っているカップルが口酸っぱく会話しているのを、窓に変な模様を描きながら流れる水滴を眺めながら、小耳に挟む。

 徐々に田舎になっていくのにつれて、胸の奥が熱くなっていくのを感じる。

 またあの地にた足を踏み込むことへの嬉しさ、というよりは、郷愁に駆られるといった表現の方が正しいのかもしれない。

 あの大冒険の話を俺は友人、ましてや親に言ってもいない。

 いや、もしかしたら断片的には答えたかもしれないが、本質はなにも伝えていない。


 また彼女と会うために───。


 今の行動原は、それ以外になかった。


「だから───私のことは忘れて」


 あの雨の祭りの日、彼女はそう言った。

 祭りの喧騒はまるで、消音したかのようにかき消されて、彼女の細くか弱い糸のような声が俺の耳を支配した。

 それはあまりにも繊細で、今でもあの過去に戻れるような、そんな感覚に襲われる。

 胸が熱くなるというよりは、なにか鋭利な物で刺されているかような感覚。

 本当は、まだ自分はあの時に取り残されていて────今までの生活は錯覚で……。


『今日も新幹線をご利用くださいましてありがとうございます。次の停車駅は長野、長野です』


 新幹線のアナウンスで、意識は現在に帰ってきた。


 あの日ではない。

 あれはもう1年前のことだ。

 そう言い聞かせて、最低限の荷物を詰め込んだリュックサックを背負い、席を離れる。

 さっき口酸っぱく天気のことを話していた、カップルもちょうど立ち上がってばったり目が合った。

 俺は、挨拶程度に会釈し、その場をすぐに去った。

 20代前半くらいの若いカップルだった。

 もしかしたら自分も─────そんな甘い考えを殺して。

 気づくとドアの目の前だった。


 彼女に会えるのか。


 会ってどんな言葉をかければいいのか。


 言葉では表せれない、いくつもの感情が入り交じって、複雑な気分になりながら、右手に持っていたスマホをギュッと握った。

 シュー、という音と共に、ドアが勢いよく空いて、澄んだ空気が顔面に直撃する。


 本当に来たんだな、とようやく実感しながら、ゆっくりと新幹線から一歩を踏み出した。

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