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9. 身勝手令嬢の暴走

 


「そういうわけで、お邪魔しますわね」


 イリーナ様はそう言って図々しくも我が家にあがり込んだ。

 何がそういうわけ、なのかさっばり分からない。

 だけど、とりあえず、どうにもならないのでさっき言われた意味不明な発言について考えてみた。


(叶わない夢……ってなんの事かしら? 私の事を“可哀想”呼ばわりしていたけれど)


 早く教えてあげようと思ったとも言っていた。

 何の話か知らないけれど全力でお断りしたい。伯爵令嬢という身分により侯爵令嬢であるイリーナ様には逆らえないのが辛すぎる。


(まぁ……十中八九、エドワード様との事なのでしょうけれど)


 昨日、散々真実か嘘かも分からない二人の思い出話を聞かされたのに、これ以上まだ何の話があると言うの。

 ため息しか出ない。


 ちなみに昨日のイリーナ様の話は、


 イリーナ様が街で暴漢にあった所をエドワード様が助けた(出会い)

 そこからお礼という名の交流が始まる(手紙のやり取り)

 二人でこっそり街へと出かけた事がある(デート)

 エドワード様はいつも無口で無愛想で素っ気ないけれど、事ある毎に贈り物をくれている(プレゼント)


 主にこんな感じの話だった。


「あら? アリーチェ様。お顔の色が悪いですわよ? どうかされました? ふふふ」

「……そうですか? そんな事はありません」


 私はなるべく心を無にして答えた。


「あぁ、私が突然訪ねてしまったから、伯爵家の方々もお困りですわよね……申し訳ないですわ。どうぞ、私の事はお構いなく、ふふふ」


 そう。我が家の使用人たちは侯爵令嬢の登場に慌てふためいている。


(お構いなくって、そうもいかない事を分かっているでしょうに。昨日も思ったけれど、嫌な笑い方をする人……)

 

 ──愛されてなどいないくせに。


 ふと、昨日言われたあの言葉が私の頭の中に甦る。

 私は静かにふぅ、とため息を吐いた。

 

 ……エドワード様が婚約した後から私に素っ気ない態度を取っていた事はすでに周囲にも知られている事。

 だから、なにもイリーナ様だけが特別知っているような話では無い。

 それに婚約を結んだ後の突然の豹変だったから、


 “よっぽど、ニフラム伯爵令息はこの婚約が不満だったのだろう”


 その類の心無い言葉は既に他の人からも何度も言われて来た。

 気の毒だから婚約解消して解放して差し上げて! と見知らぬ令嬢に突撃された事もある。

 だから、今更他人に何を言われても傷付いたりはしないわ。


(私が傷付くとすればエドワード様の口から発せられる言葉だけ……)


 私の心を乱すのはいつだってエドワード様だけだから。

 けれど、なぜかイリーナ様(この人)に言われるのだけは、やはりどこか気になってしまうという気持ちはある。


 イリーナ様を応接間に案内し、それぞれソファに腰を落ち着けた所で私は今日の訪問の目的をさっそく訊ねる。

 長々とこの人と話をしたいとは思わないので、さっさと本題の話とやらをしてもらってすぐにお帰り願いたい。


「イリーナ様。それで……本日はいったい何の御用でしょうか?」


 私のその質問にイリーナ様は目を丸くして驚く。そしてすぐ小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「あら? アリーチェ様ったら、本当に何のお話か分かっていらっしゃらないの? 嫌ですわ。アリーチェ様って見た目だけでなく中身も残念な方なのですわね?」

「……」


 小馬鹿どころか明らかに私を馬鹿にしている。


「こんな方が婚約者()()()なんて……エドワード様もお可哀想です……まさに人生の汚点ですわ……」

「……エドワード様は私の婚約者だった……ではなく、婚約者です。あと、勝手に彼の気持ちを決めつけないで下さい」


 私の反論にイリーナ様はじろりと私を睨んだ。

 そんな顔をされても、人生の汚点扱いをされて大人しく黙ってなどいられない。


「決めつけって……昨日はエドワード様が急に倒れてしまったから、一番大事な話が出来なかったでしょう? だから、まだ動けなさそうなエドワード様の代わりに私があなたに話をしようと思ってやって来てあげましたのに」

「一番大事な話……? 何を言いたいのかさっぱり分かりませんが?」


 イリーナ様が、はぁ……と大袈裟にため息を吐いた。


「昨日、エドワード様がアリーチェ様の同席を認めたのは、あなたに“大事な話”をする為でしょう?」

「……? いいえ、違いますよ」


 ただ私にそばにいて欲しい。理由はそれだけだったはず。

 そもそも、記憶喪失のエドワード様がイリーナ様の前で私に話す事などあるわけが無い。


(あ……そっか)


 どうりで話が噛み合わないと思ったら……

 イリーナ様はエドワード様の記憶喪失を知らないからこうなのだと気付く。


「──そんなはずないですわ!」


 今度は凄い勢いでキッと睨まれた。


「あなたねぇ……昨日の話と今の話を聞いてもまだ分からないんですの?」

「……ですから、何をでしょうか?」

「私とエドワード様が恋人同士なのがお分かりになられたでしょう!? 昨日のエドワード様はその話をあなたにしようとしていたのです! だから、あなたに同席を願ったに違いありませんのよ!」

「恋人同士……? エドワード様がイリーナ様とですか?」


 私が怪訝そうな顔をしたのを見たイリーナ様は勝ち誇ったような顔をする。


「そうですわよ! だから、彼から愛されてもいないあなたがいつまでも婚約者面しているのが許せないのですわ! いい加減、察してあなたの方から身を引いたらどうなんですの?」

「……イリーナ様はエドワード様に愛されている、のですか?」

「うふふ、当然ですわ! エドワード様が愛しているのは、婚約者のあなたではなく、このわ・た・……」

「それは、嘘……ですよね?」


 得意満面に語るイリーナ様の言葉を遮るように私は反論した。


「は?」

 

 イリーナ様は私が反論すると思っていなかったのか、目を大きく見開き、驚きの表情をしたまま固まった。


 (もしかして、そんな……とか言って泣き出すとでも思っていたのかしら?)


「嘘をつかないで下さい! 私はあなたとエドワード様が恋人同士だなんて話、これっぽっちも信じられません」

「あ、あなたねぇ……」


 イリーナ様はここまで言っているのに何で分からないの? って顔になった。

 

「昨日のニフラム伯爵家でのイリーナ様の話を聞いていても私にはそうは思えませんでした」

「な、な……なんですってぇ!?」

「そもそもですが、エドワード様が何も反論や否定しないのをいい事に、あの場で好き勝手な事を口にしませんでしたか?」

「んなっ!」


 イリーナ様の顔が怒りで真っ赤になった。

 あの余裕綽々の気持ち悪い笑顔を崩せたのは良かったけれど、これはこれで不味い事になったかもと思った、まさにその時──……


 パシンッ


「……っ!」


 イリーナ様に思いっ切り平手で叩かれた。私の頬に鋭い痛みが走る。


「本当に生意気ですわね。私を嘘吐きだとおっしゃるの!? 何を根拠に!! それともあなたは本当に彼に自分が愛されているとでも思っていらっしゃるの?」


 イリーナ様は真っ赤な顔のまま怒りで震えている。

 私は私で叩かれた頬を手で押さえながら叫ぶ。


「あなたに何を言われても……私はエドワード様からの言葉以外は信じません! それに、あなたは嘘をついています! イリーナ様こそ何も証拠など無いではありませんか!」


 今の記憶のないエドワード様にイリーナ様との関係を確認する事は出来ないけれど、違う!

 絶対に違う!! 二人は恋人同士なんかじゃない!


 本当は昨日、イリーナ様に会うまでは私もそう思っていた。

 エドワード様は、手紙の相手……イリーナ様の事を好きなのかもしれないって。

 だから、突然私に素っ気なくなったのかもって。

 でも、それは……違う。昨日、イリーナ様の話を聞いてそう思った。


 私はイリーナ様を睨み返す。


「その目付き! 本当に腹が立ちますわ! ……あなた……目障り。邪魔なのよっ!」

「っ!」


 もう一度、イリーナ様の怒りに震えた手が私に向かって振り上げられた。


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