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5. “好きな人”がいたのかもしれない

 



「エドワード様、それはどういう意味ですか?」


 訪ねた私と目が合ったエドワード様は何でもないよ、と首を横に振った。

 

「そうだ、アリーチェ。もし知っていたら教えて欲しい事があるのだけど」

「はい、何かありましたか?」


 エドワード様は少し神妙な顔をしていて、困っているようにも見えた。


「うん……アリーチェはケルニウス侯爵家と俺との間で何か関係があった、という話を聞いた事がある?」

「……ケルニウス侯爵家との関係、ですか?」


 知らない。私自身も付き合いや交流の全く無い家だった。

 そして、私の知る限りでは、エドワード様と何かあったという話も聞いた事が無い。

 

「そうなんだよ。あ、でもアリーチェがそんな不思議そうな顔をするっていう事は、何も聞いていないって事だよね」

「……エドワード様からも聞いた事がありません。すみません……」

「わわ、ごめん! 大した事では無いからさ。気にしないで」


 私が落ち込んだのが分かったのか、エドワード様は明るくそう言ってくれた。


「そう言われても、気になるのですが」

「……だよね、ごめん。実は、机の中にさ……」

「机の中?」


 エドワード様は少し言い淀んだけれど、私が気にしている様子を察してちゃんと話してくれた。


「ケルニウス侯爵家からと思われる手紙が何通かあったから、少し気になっただけなんだ。手紙の内容もニフラム伯爵家に、と言うより俺個人に向けていたような内容だったから」

「手紙……ですか?」


 どんな内容が? ……と聞きたい所だけれど、それは深入りし過ぎだと思いとどまる。


「何か記憶を取り戻す手がかりになる物は無いかな? と思って部屋を漁って発見したのだけれど逆に謎が出来ただけだったよ」


 エドワード様はそう言って苦笑すると残念そうに肩を竦めた。


(エドワード様……)


「ごめん、アリーチェにそんな顔をさせたかったわけじゃないのに」

「そんな顔……?」


 私は今、どんな顔をしているの?

 その言葉に動揺する私をエドワード様はどこか切なそうな目で見た。


「不安、心配……そんな顔をしている。アリーチェに隠し事をするのもどうかな、と思って話したけど、中途半端だったし余計に不安にさせただけだったね、ごめん」

「そ、そんな事はありません」


 私は必死に首を横に振るけれど、エドワード様の表情はどんどん落ち込んでいく。


「きっと俺はアリーチェを不安にさせて、そんな顔ばかりさせていたんだろうな」

「え!?」

「ごめん、早く色々と思い出して安心させらればいいんだけど。こればっかりは……」


 エドワード様はそこまで言うと寂しそうに目を伏せた。

 そこでふと思った。

 今、過去の記憶の無いエドワード様は昔に戻ったみたいに私に接してくれる。

 たくさん笑って会話もしてくれて……これが、私の知っていた本来のエドワード様だ。


 ──では、記憶が戻ったら?


(また、あの素っ気ないエドワード様に戻ってしまうの?)


 それは嫌だな。寂しいな。そう思う。

 エドワード様の事を思えば、記憶を取り戻して欲しい。でも、取り戻して欲しくない。

 そんな相反する気持ちが私の中に渦巻いていた。


 

 その後も私の話やエドワード様の昔話をいくつかした後、エドワード様は少し疲れたらしく一旦、休む事になった。


(痛み止めを服用しているから眠気が強いみたいね)


 すやすや眠るエドワード様の寝顔をベッドの傍らに座って眺める。

 休まれるのならこのまま帰ろうと思ったのに、エドワード様はふにゃっとした笑顔で、

「目が覚めた時にアリーチェが横にいてくれたら嬉しい」

 とか言い出した。

 そんな言葉をそんな顔で言われて私に断れるはずが無い。


「ずるい人……」


 記憶があっても無くてもこの人は私を翻弄するんだわ。

 そして、私はエドワード様の事が好きだから……簡単に絆されてしまう。


「だって好きなんだもの……」


 冷たくても優しくても。エドワード様が記憶喪失であろうと無かろうと。

 彼を好きな気持ちは消えてはくれない。


「……」


 ふと、先程のケルニウス侯爵家の話を思い出す。

 さっき、エドワード様ははっきり言わなかったけれど、彼はいったい()()()()()と手紙のやり取りをしていたの?

 普通に考えて当主が相手とは思えない。そうなると手紙の相手はその子供。


(ケルニウス侯爵家の子供は……二人だったはず。跡継ぎの令息と令嬢)


「……っ!」


 まさか、まさか……という思いが生まれる。

 思わず唇を噛み締めた。

 ──嫌だ。本当はこんな事は考えたくない……

 でも、エドワード様がある日、私に素っ気なくなったのは好きな人が出来たからで、その相手こそが手紙の相手……ケルニウス侯爵家の令嬢なのでは?


「──真実の愛。エドワード様は見つけてしまったの……?」


 単なる幼馴染としてしか見られていなくてもいつかそこを抜け出して、あなたのその相手には私がなりたかった。


「……って、ダメダメ。エドワード様の記憶が戻らない限り真相は分からないんだから! 今、決めつけてはダメ!」


 手紙の相手だって令息の方かもしれない。その可能性だって捨てきれない!

 だから、勝手に憶測で決めつけてしまうのは良くない。そう自分に言い聞かす。

 それに、エドワード様の婚約者は私!

 

(エドワード様の記憶が無い今、あの日の私の婚約破棄発言は無かった事になっている……だから婚約破棄は起こらない)


「エドワード様……」


 そう呟きながら、私の気持ちなど知らずにすやすや眠るエドワード様の顔をもう一度眺めた。



────……



「……ーチェ」


 ──エドワード様の声がする。私を呼んでいる?


「アリーチェ、そんな所で寝たら君が風邪を引いてしまう」

「……んっ」

「ちょっ……! そ、そんな色っぽい声を出さないでくれ!」


 ──エドワード様の声が少し動揺している? どうして?


「ほら、起きて? アリーチェ」


 その声でハッと目が覚めた。ガバッと身体を起こす。

 目の前にはエドワード様の顔のどアップ!


「!?」

「あ、起きてくれた」

「わ、私……寝てました!?」


 私のその反応にエドワード様はおかしそうに笑う。


「そうだね……気持ちよさそうに寝ていたよ」

「~~~!! も、申し訳ございませんーー!」


 ──そうだった!

 エドワード様の事を色々と考えていたら……段々、眠気に襲われてベッドに突っ伏してうたた寝を……!

 何をやっているの、私……


「何で謝るの? 俺としては満足だよ。アリーチェの可愛い寝顔は堪能出来たし、ついでに色っ……ケホッ」

「……エドワード様?」


 最後、何か誤魔化してない?

 まぁ、いいわ。追求してもしょうがない事のような気がする。


「あー……とにかく、起きてくれてよかったよ。風邪を引かせてしまったらどうしようかと思ったから」

「エドワード様こそ、大丈夫ですか?」


 やっぱり心配なものは心配。


「うん、大丈夫。アリーチェの可愛い寝顔が見れたからね」

「……寝顔、関係ありますかね?」

「もちろん! あるよ?」


 そう笑顔で言い切ったエドワード様は私の耳元に顔を寄せるとそっと囁いた。


「愛しい人の可愛い寝顔は一番の薬だからね」

「!?!?」


 ガタガタッ


「アリーチェ!? 大丈夫??」

「~~~っっ」


 びっくりした私はその場で椅子から滑り落ちた上、腰が砕けてしまいしばらく立てなくなってしまった。


 そんなエドワード様のとんでも発言によって、グルグル渦巻いていた不安な気持ちは、あっという間にどこかへと吹き飛んでしまった単純な私。


 しかし、この一度は吹き飛んでしまった不安が後に現実となってやって来るなんて、この時の私は思いもしなかった。



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[気になる点] 2行目の「訪ねる」は「尋ねる」又は「訊ねる」ではないでしょうか。
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