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4. まるで別人のよう

 


「それで? エドワード殿はどうだったんだ?」


 帰宅した私にお父様が待ってましたと言わんばかりに訊ねてきた。

 お父様もエドワード様の様子が気になって仕方なかったみたい。


「身体中、包帯だらけではありましたが……意識もはっきりしていました。思っていたよりも元気そうで……」


 だけど、記憶喪失になってしまっていた。その事を思い出して私の顔が曇る。


「その割には浮かない顔だな。それで? 向こうの言っていた覚悟してから来てくれとは何だったんだ?」

「……」

「さっきからのその顔。良くない話なんだな?」


 私の顔色と様子からお父様はそう判断したらしい。


「エドワード様は……記憶喪失になっていました」

「なに?」

「事故で強く頭を打ったらしく……記憶が無いそうです。ご自分の事も、家族の事も、もちろん、私の事も覚えていませんでした」

「……覚悟とはそういう事だったのか」


 お父様が頭を抱える。


「……それで? アリーチェはどうするんだ」

「どう、とは?」

「エドワード殿との婚約だ。お前は忘れられたままで彼との婚約を続けられるのか?」


 ビクッ

 その言葉に身体が震えた。


「わ、忘れられたから見捨てろと?」

「だが、お前もショックだろう? なんと言ってもお前は昔から一途にエドワード殿を追いかけていたからな」

「……」

「最近のエドワード殿の態度もどこか様子がおかしかったし、お前がどうしても嫌だと言うのなら二人の婚約は……」


 ──婚約破棄? 解消? どちらにしてもそれは嫌!


「いえ……お父様、私、エドワード様に頼まれ事をしているのです」

「頼まれ事? 何をだ」

「今日、エドワード様に少し昔の話をさせていただいたのですが、また話が聞きたいのでこれからも来て欲しい、と」

「昔の話を?」

「はい。ですから、伯爵家にしばらく通っても良いですか? “彼の婚約者”として」


 婚約は続行よ! そんな意味を込めて伝えた。

 お父様は少し悩んだ顔を見せたけれど、長いため息を吐いた後、「お前がいいなら好きにしろ」と言ってくれた。


(良かった……)


 私はホッと胸を撫で下ろした。



*****



「こんにちは、エドワード様」

「今日も来てくれてありがとう、アリーチェ」

「っっ!!」


 翌日、再び伯爵家を訪ねるとエドワード様はそれはそれはとても眩しい笑顔で私を迎えてくれた。

 私の大好きだった笑顔。

 最近はずっと見ることがなかったから、久しぶりすぎて胸がドキドキする。


「た、体調に変わりはないですか?」

「特別、変わったことは無いかな。でも、そろそろ動きたい」

「それはー……まだ早いと思います!」

「……」

「……ふふっ」


 エドワード様が拗ねた子供みたいな顔をしたので可笑しくて思わず笑ってしまった。


「なんで笑うかな?」

「いえいえ、だってエドワード様の顔中から不満が伝わって来たんですもの」

「だからってさー……」


 そこまで言ったエドワード様が突然黙ると、じっと私の顔をを見つめた。


「ど、ど、どうされました!?」

「いや、うん……昨日も思ったけど、アリーチェは笑顔が可愛いね」

「ぅえっ!?」


 エドワード様が、おかしな事を言い出した!

 そして突拍子のない事を口走った本人は私を見つめながらほんのり頬を赤く染めている!


(誰よこれ……いえ、エドワード様なんだけれども!)


 頭でも打った……? って打ったから今、こうなっていて……えぇぇ?

 私の脳内が軽いパニックに陥っている。


「な、な、何をおっしゃって……」

「本当に思った事を口にしただけなんだけどな? あ、もしかして記憶を失くす前の俺は口下手だった?」

「……っ」


 口下手どころか……無口です! 無愛想です! 素っ気なかったです!!

 そんな私の反応で何かを悟ったらしいエドワード様は申し訳なさそうな顔をして言った。


「そうか。きっと内心では可愛いと思っていても照れて言えなかったんだろうな」

「照れ!?」


 全く想像出来ない言葉が飛び出した。

 あれが照れだと?


「うーん。自分の事ではあるわけだけど…………駄目だ……情けない!」

「え、いや……それ自分で言います?」


 エドワード様は失くした記憶の前の自分を恐ろしいぐらい前向きに捉えていた。


「とにかく、だ。記憶を失くす前の俺はアリーチェを大事に出来ていなさそうだ、という事だな。そうかそうか……」

「……エ、エドワード様……?」


 エドワード様は一人で結論を出してはウンウンと納得し、どんどん勝手に話を進めている。


「よし! アリーチェ。今日は君の事を教えて?」

「わ、私の事ですか? エドワード様の話は……」

「もちろん自分の事も知りたいけど、今はアリーチェ、君の事が知りたい」


 エドワード様が爽やかな笑顔でそう言った。


「!」


 ほ、本当にこの人はエドワード様なの?

 記憶が無いだけでこうもは人とは変わってしまうものなの?

 そう疑いたくなるくらい、今の彼は完全に別人となっていた。




 私が自分の趣味──刺繍が好きなのだと口にした時、エドワード様が突然「あぁ! だからか!」と何かに納得した様子を見せた。


「だから、とは?」

「あぁ、うん。実は事故にあった時、俺のポケットにはある物が入っていたらしくて」

「ある物ですか?」


 そう言ってエドワード様が、ベッドサイドの机の引き出しからゴソゴソ取り出した物は一枚のハンカチ。


「これは……」


 見覚えがある。ちょうど私が刺繍を習い始めた頃にエドワード様の名前を刺繍したハンカチだ。

 まだ、婚約者となる前。ただの幼なじみだった頃。

 態度が変わってしまう前のエドワード様に半ば無理やり渡したはずの──


─────……


『まだ、下手だけどエドワード様のお名前を入れてみたの!』


 私は緊張し過ぎて震えそうになる手をどうにか誤魔化しながらエドワード様にハンカチを差し出した。

 ドキドキしながら反応を待っていたら、


『名前って……それ、間接的に俺に貰えって言ってるように聞こえるんだけど?』

『!』


 口ではそう言うけれど、エドワード様があまり嫌がっているようには見えなかったので私は強引に行くことにした。


『そうよ! だから貰って?』

『待て! ……お前なんか図々しくないか!?』

『気のせいです!』


 エドワード様は少しツンツンした言い方だったけれど、結局、最後は受け取ってくれた。


─────……


「あの時の……?」

「やっぱり、アリーチェが刺繍した物だったんだね」


 エドワード様が嬉しそうにハンカチを広げて私が頑張って名前を入れた刺繍部分を眺めている。

 そんなにマジマジと見られるのは……恥ずかしい。

 私は耐えきれずにお願いする。


「そ、それ、本当に刺繍を習い始めた時のもので、とにかく下手なので……だからそんなに見ないで下さい……」

「そんな事ないよ、一生懸命さが伝わって来るし、何より愛がこもってる感じがする」

「あ……い」


 その言葉に動揺してしまう。

 確かにひと針ひと針エドワード様への想いは込めた。

 それが、伝わった?


「きっとこれを貰った時の当時の俺も嬉しかったんだろうね」

「そんな……ことは!」

「え? だって、最近貰った物でもないのにポケットに入れていたんだからさ」

「……」


 偶然……なのでは? その日、たまたま手にしただけで。

 そんな言葉が喉まで出かかった。


「アリーチェ? 何でそんな変な顔をしているの?」

「い、いえ。エドワード様がそれを未だに持っていてくれているとは思っていなかったので驚いているのです……」

「そうなの?」

「……はい」

「でも、アリーチェ。他にも刺繍した物を俺に贈っているよね?」

「え? えぇ、それなりに……」


 実際は押し付けた……が近いかもしれないけれど。

 でも、エドワード様は文句だったりツンツンして反応はしても、なんだかんだ言いつつ受け取ってくれて突っ返されたことは無い……


(あれ……?)


「だよね。やっぱりあれらもアリーチェからの贈り物か」


 エドワード様はウンウンと頷きながら、そう言った。


 ───あれら? もしかして、エドワード様、どれもちゃんと喜んでくれていた?

 などと、頭の中でぐるぐる考えていた。




「…………おかしいな? 何でアリーチェに全く伝わってないんだ? それに……」

 

 エドワード様は、そんな私のことを見ながら小さな声で何やら呟いていた。


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