30. この先の未来を
今、思い返しても、幼い頃の私は酷く我儘で随分と自分勝手な子供だった。
そんな私をエドワード様だけがはっきりと叱ってくれた。
『そんな事ばっかり言っていると、いつか自分に返ってくるぞ』
そんな事を言うエドワード様の事、最初は嫌いだった。
他の人と違って私の言う事も聞いてくれない。口を開けばお小言ばっかり。
当時のエドワード様だって、嫌々私に付き合っていたんじゃないかと思う。
だけど、ある日エドワード様は無茶な事をしようした私を庇って助けてちょっとした怪我を負ってしまった。
『だから危ないと言っただろ!』
『…………』
怪我させちゃった! またいっぱい怒られる! そう思った。
でも……
『ったく、アリーチェに怪我は無いか?』
『……無い』
『なら、良かったよ。全く……もうこんな事したらダメだぞ』
てっきりいつもみたいに頭ごなしに叱られると思ったのに、怒られるどころか心配された。自分は血を流しているというのに。
そんなエドワード様を見ていたら私は何故か涙が溢れ出て来てわんわん大泣きしながら謝った。
当時の生意気だった私がこんな風に素直に謝るなんて、かなりの衝撃的な出来事だったはずだ。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』
『何だよ。ちゃんと謝れるんじゃないか』
『……』
『もうするなよ? アリーチェ』
『!』
びっくりするくらい優しく頭を撫でられた。こんなの初めてだった。
たったそれだけ。
──それでも。
その日以降、私の中でエドワード様が嫌いから大好きに変わって……
エドワード様も私が大人しくなると同時に優しくしてくれるようになった。
ううん、多分……私が分かっていなかっただけで、エドワード様は最初から私に優しかった──……
────……
「エド様、この傷……残っていたんですね」
「え?」
相変わらず看病と称してニフラム伯爵家に通う私。今度はイリーナ様に切られた傷の看病が目的だ。
そして私を庇って負傷したエドワード様の腕の包帯を替えている時だった。今回の傷とは違う古い傷痕をエドワード様の身体に見つけて昔を思い出した。
「あぁ、昔の……そう言えばあの時もアリーチェを庇ったんだったな。大した傷でもないから特に誰にも言ってないが」
「……」
「アリーチェ? 何でそんな顔をしているんだ?」
「だって……」
「……アリーチェ」
私が昔の反省すべき自分を思い出して、泣きそうな顔になった事に気付いたエドワード様がそっと私を抱き寄せると耳元で言った。
「ははは、あの時のアリーチェ、わんわん大泣きしていたよな。俺はそんな泣き顔も可愛いと思っていたよ」
「可愛っ!?」
あれを!? あの時の私が可愛いですって!?
びっくりして思わずエドワード様から離れる。
「どうした? アリーチェ」
「エ、エド様って……」
「何だ?」
「い、いいえ……」
私は静かに首を横に振る。
───もしかしたら、エドワード様って、私が思っている以上に私の事を好きなのかもしれない。
そう思った。
「──そうだ、アリーチェ。処分の話は聞いたか?」
「え?」
包帯を替え終わり、服を着替えたエドワード様が思い出したかのように私に訊ねる。
それは初耳だ。
(とうとう処分が決まったのかしら?)
「ケルニウス侯爵家、元、侯爵令嬢共に処分が正式に決定したらしいよ」
「……」
やはり処分の決定だった。
ようやく、と言うべきかとうとうと言うべきか……
「侯爵家は領地を半分以上没収の上、男爵にまで降爵となる」
「……男爵に?」
「あの女の異常さを分かってて何もしなかった罪は重いと殿下が譲らなかった」
まぁ、かなり異常な思考に歪んでいたから、家族もどこまで止められたかは分からないけどな、とエドワード様は少しだけ侯爵家に同情の気持ちを寄せていた。
「それで……イリーナ様は?」
「あの女は、刑務所だ」
「刑務所? 修道院ではなくて?」
エドワード様は無言で頷く。
「やらかした事柄が多すぎる。まずは本人に思い知らせる所からだろう、と」
「……もしかして、その刑務所って」
「あぁ。北の監獄と呼ばれる所だよ。あの極寒の地にある」
貴族令嬢だった女性にはさぞかしキツい場所だろう。
でも、確かにそれくらいしないとイリーナ様には自分がやらかした事が伝わらないのかもしれない。
「……これで、全部片付いたのですね」
「……」
「エド様?」
何故かエドワード様が真剣な顔をして黙り込む。
まだ、何かあったかしら?
聞きたい話も聞いたし、記憶も取り戻したエドワード様からはこれまでの事の説明と謝罪も充分過ぎるほど聞いたわ。
「……アリーチェ」
「?」
エドワード様が突然、私の目の前で跪く。
そして、私の手を取るとそこにそっとキスを落とした。
「ずっと言えなかったんだ……この一言が」
「この一言?」
「最初はただ恥ずかしくて。その後は……あんな事になってしまったから……いや、これは単なる言い訳だよなぁ……」
「??」
そこまで言って苦笑いしたエドワード様は大きく息を吸い込むと私の目を真っ直ぐ見つめた。
「アリーチェ。俺は誰よりも君のことを愛している。改めて……俺と結婚して欲しい。俺はアリーチェじゃなきゃ駄目なんだ」
「エド様……」
エドワード様の真剣な想いが伝わって来る。
「俺はもう間違えない! そして、例え何度記憶を失っても……俺はその度にアリーチェに恋をするんだ!」
「……断定しちゃうんですね」
私がクスクスと笑いながら訊ねると、エドワード様はハッキリと大きく頷いた。
「だって、俺はアリーチェ以外に恋をした事がないんだ」
「……ふふ、私と一緒ですね?」
私もエドワード様しか好きになった事が無いんだもの。
そんな事を思いながら、腕を伸ばしてエドワード様にそっと抱き着く。
「大好きです、エドワード様」
「アリーチェ」
「たくさん間違えた分、たくさん幸せになりましょうね」
「…………あぁ」
エドワード様の口から発せられる「……あぁ」という言葉。
少し前まではとても冷たく素っ気無く感じたのに。
今は違う……こんなにも温かい。
「アリーチェ、愛してるよ」
「はい……」
そう言ったエドワード様の顔が近付いてきたので、私はそっと瞳を閉じる。
(まるで結婚式の誓いのキスみたい)
そんな事を思っていると、待ち焦がれたものがそっと私の唇に触れる。
(……あぁ、とっても幸せ)
「……アリーチェ。俺のアリーチェ……」
「エド様……」
唇を離したエドワード様が、私の名前を愛しそうに大事そうに呼びながら抱き締めてくれる。
そんな私もエドワード様が愛しくてギュッと抱き締め返した。
「大好きです、私のエド様」
「あぁ……」
しばらくの間、私達はそんな甘く優しい時間に酔いしれた。
──もしも、あの時、私が“婚約破棄して下さい!”と口走らなかったら。
その後のエドワード様が記憶喪失にならなかったら。
(きっと、この未来は無かった)
たくさん間違えて回り道をしながらも、ようやく辿り着いたこの時間を今度は失いたくない。
だけど、この先は何があっても大丈夫。何にも負けない強い気持ちがあるから!
だから、この先の未来は、あなたと二人で幸せに生きて行く──
~完~
これで、完結です!
ここまでお読み下さりありがとうございました。
別サイトへの投稿時、頂いた感想で”途中、ホラーかと思いました”
と、言われた本作ですが……恋愛です、恋愛のはずです!
ちなみに……
王太子殿下はこっちの話ではバシッと決めてくれてましたが、自分の恋はポンコツです。
逆にそっちの時間軸ではエドワードの方がバシッと決めてくれていたりします……
なんであれ、楽しんでもらえていたら嬉しいです。
ブクマ、評価、いいね……どれもありがとうございました。
せっかくなので、完結記念にもっとポチって貰えたら喜びます。
それでは最後までお付き合い頂きありがとうございました!