29. 大好きなあなたと
殴りかかった──…………では無く。
──チュッ
私は、自分からエドワード様の唇にキスをした。
「…………!?」
「……」
エドワード様が驚いた顔をして目を開ける。
この驚き方は何があったか理解していないかもしれない。それはダメ。
ちゃんと私を感じて欲しい。
「アリー…………っ」
目を真ん丸に見開いたエドワード様が私の名前を呼びかけた所を、すかさず私はもう一度キスをしてその口を塞ぐ。
しばらく、チュッ、チュッと、何度かキスを繰り返した所で、我慢の限界を迎えたのかエドワード様に押し倒された。
「……きゃっ!」
あぁ、さすがに力では敵わない!
「アリーチェ……」
私に覆いかぶさりながらエドワード様はどこか切なそうな顔をする。
「殴る……んじゃなかったのか?」
「ふふ、まさか。殴れませんよ」
「……」
お願いだから、そんな殴って欲しかった……みたいな目をしないで欲しいわ。
「エド様の事が大好きなんです。殴れません」
「……アリーチェ」
「エド様が、私の事を好きで好きで好き過ぎて空回りしたように、私もエド様の事が好きで好きで好き過ぎるダメな子なんです」
「……アリーチェはダメな子なんかじゃない」
「ふふ」
何だかその言葉が可笑しくて笑ってしまった。
「……なぁ、アリーチェ……俺を許してくれるのか?」
「許す?」
「大事な事は何一つ言わないで……勝手に傷つけて……そしてそのせいで今回酷い目に合わせた俺の事を、だよ」
私は怒っていないのに……エドワード様の中ではその辺はまだ消化しきれないらしい。
「それなら、私に許しを乞うエド様へ要求するのはたった一つです」
「な、何だ!?」
私はエドワード様の首に両腕を回して自分の方へと引き寄せる。
「これからもずっと、どんな時も私を……私だけを愛してください。あなたの過去も未来も……全部私にください」
「へ?」
「私、欲張りなんですよ」
私がそう言うとエドワード様はどこか情けない顔をする。
「それだと、全然罰にならないだろ……俺は記憶を失くしても、アリーチェに惚れ直すくらい愛してるんだから……」
「知っています」
「……くっ!」
「エド様、私もあなたを愛してます」
エドワード様の目が驚きで大きく見開かれる。
「……俺はアリーチェには敵わない」
「ふふ」
今度はそう呟いたエドワード様からのキスが降ってくる。
「アリーチェ……」
「んっ……エド様……」
エドワード様との甘い時間に酔いしれながらも、まだまだ聞くべき事はたくさんあった……と思い出す。
記憶喪失になる前のエドワード様の事、さっき初めて聞いた私の縁談話……
でも、今はもう少しだけこのままで……
エドワード様の腕に抱かれながらそう思った。
*****
「……何から聞きたい?」
「そうですねぇ……って、擽ったいです」
エドワード様がチュッチュと顔中にキスをしてくる。
抱き合った体勢のままだから仕方ないけれど、どうやらエドワード様は私の顔にキスをするのが好きらしい。
「婚約……」
「うん?」
「エド様との婚約の前に来ていたという私の縁談の話が……聞きたいです」
私がそう言うと、ピタリとキスを止めたエドワード様はしかめっ面になった。
「……やっぱり気になる?」
「なりますよ! だってお父様からも何も聞いていませんでしたし!」
だよなぁ……とエドワード様が苦笑いする。
「……別に悪い縁談では無かったらしい。亡くなった奥方がアリーチェに似ていたとかで……どこかでアリーチェを見初めていたって話だったから……」
「……」
失礼ながらあんまり嬉しいとは思えない見初められ方だな、なんて思ってしまう。
それだけ奥様の事を好きだったとも取れるけれど。
「爵位が上だったから……断るのであればそれなりの理由が必要だった。そうでなければオプラス伯爵家からは断れない……あとはアリーチェに話を持っていき、最後の意思確認をするという所で俺が横から入ったんだ」
「強引に?」
「うん。ずっとアリーチェと結婚するのは俺だと思っていたからショックだった。誰より近くにいたし、誰よりもアリーチェを想ってるのは俺だと……」
なのに、まさか申し出のタイミングが重なるなんて……とエドワード様は悲しそうに笑う。
「オプラス伯爵に必死に何度も頼み込んだよ。アリーチェをどうか俺に……って。俺と婚約が成立していれば向こうの申し出は断る事が出来るはずだからもう必死だった」
「お父様は私に何も言わなかったし聞かなかったわ」
なのに、エドワード様が婚約者となっていた。それは、つまり向こうはお断り出来たという事。
……それはお父様に私のエドワード様への気持ちがずっとバレバレだったから?
「そうして、俺は念願叶ってアリーチェを手に入れたのに……大事に……したかった……のに……」
困った事にエドワード様がまた泣きそうな顔になる。
「エド様!!」
「……アリーチェ?」
私はエドワード様の事が好きだったけど特別にはなれないって諦めていた。
幼馴染という位置に満足して、自分からは何もしようとしなかった。そんな私がエドワード様を責められるはずがない!
「もう、謝るのは終わりにしましょう?」
「……」
「誤解や勘違いがありましたけど、今、私達はちゃんとお互いを想い合っていますから」
「……アリーチェが」
エドワード様がまだ、泣きそうな表情のままポツリポツリと話す。
「──そんなに私の事が嫌いなら、婚約破棄して下さい! と俺に言った時……」
「あ……」
あの時の……事故にあう前のエドワード様との最後の会話……
「ついに来てしまった……仕方ないんだ。そう思った。でも、」
「でも?」
「もしも……万が一、アリーチェがケルニウス侯爵令嬢に脅されてて、婚約破棄を口にしていたらどうしよう……そうも思ったんだ。そしたら、居ても立ってもいられなくなって……」
「!!」
──まさか、あの日の事故は。
あの日、エドワード様が急いで向かおうとしていた先は……
「婚約破棄と言われた事に動揺してそのまま帰すのでは無かったと。ちゃんと話を聞くべきだったと……そう思ってアリーチェを追いかけた」
「私を……心配して……?」
エドワード様は静かに頷く。
本当に本当にエドワード様は……私の事ばかり……
「バカですね……」
「うん…………それでも、俺はアリーチェの事が好きなんだ」
「私もバカです」
「どうしてだ?」
「…………そんな、不器用なエド様……エドワード様の事が大好きなんですから」
「アリーチェ……!」
そうして私達は再び抱き締め合う。
そして、どちらからともなく見つめ合うと、そっと、唇を重ね合い、何度も何度も互いの想いを伝え合った。
そんな甘い甘い時間は、痺れを切らした王太子殿下が「変な真似はするなと言っただろ! さすがに長すぎる!!」と、ドンドンと扉を叩いてくるまで続いた。
「……邪魔しないと言ってたのに……」
と拗ねたエドワード様の顔が可愛かったのは秘密にしておこうと思った。