28. 話さなくてはいけない事
真っ白な顔で連行されて行くイリーナ様。
私はそんな彼女を見ながら、どうしても言っておきたい事があった。
「イリーナ様」
私に声をかけられたイリーナ様は、ピクリと反応を示した。
「最後にあなたに一言だけ」
「……」
「あなたの言うエド様……エドワード様への想いは”愛”なんかじゃない。私は愛だと認めない」
だって、どうしても私には分からない。
エドワード様の事を好きだと言いながら、何故彼の苦しむ事ばかりしたのか。
私はどうしてもそれが許せない。
(歪んでるけど、そういう愛の形もある……と人は言うかもしれないけれど)
そんなの私は絶対に認めない。
私は好きな人が苦しむ姿なんて見たくない。
もし苦しんでいるのなら、支えたい。
「!」
イリーナ様は驚いたのか一瞬目を大きく開いたけれど、何も言う事は無かった。
(まともに顔を合わせるのもきっと、これが最後……)
この先のイリーナ様は、拘束され尋問され罪を問われる。
……平民として。
もう彼女を守ってくれる人はいない。
エドワード様が取り纏めた侯爵令嬢時代にやらかしたこれまでの件と今回の件、それらを元に処分が下される。それは決して甘いものではすまないはず。
「……アリーチェ」
「エド様! 大丈夫ですか!?」
手当てを終えたエドワード様が戻って来た。
「また、そんな顔をして……大丈夫だって。血は出ていたけど見た目ほど酷い傷ではなかったよ」
「……ありがとう、ございます」
「言っただろ? 俺はアリーチェが無事ならいいんだって」
エドワード様は無事な方の腕を私の腰に回すとそっと抱き寄せる。
トクントクンとエドワード様の心臓の音が聞こえてきた。
(確かにこれは安心する……)
私はそっと目を瞑る。
そうして私達はしばらくそのまま静かに寄り添っていた。
──
「殿下の所に挨拶に行かないと」
「そうですね」
しばらくしてエドワード様が小さくそう呟いた。私も同意する。
挨拶……と言うより謝罪。
私達の問題を殿下の大事なパーティーに持ち込んでしまった……間違いなくリスティ様にも嫌な思いをさせてしまったはずだ。
「どこまでも勘違いと思い込みが混ぜこぜになって突き抜けていった女だったな」
殿下の第一声はそんな言葉だった。
そんな女は”あの時の女”だけだと思ってた、と殿下は笑う。
(……どんな人だったの、その横恋慕したという男爵令嬢だった人……)
そう思わずにはいられない。
「それでエドワード、怪我は?」
「切られた所から血は出ていましたが傷は深くはありませんでした。もう血も止まっています」
「それは良かった」
殿下は安心したように笑った。
「……申し訳ございませんでした」
「ん? 何がだ」
「おめでたいはずの殿下とリスティ様の結婚パーティーがこんな事になってしまいました」
エドワード様が頭を下げる。私も倣って一緒に頭を下げる。
「……まぁ、開始前の事ではあったからな……令嬢を勘当する事にしたとは言え、責任はケルニウス侯爵家にある。責任を問うならまずはそっちだ」
「はい、ありがとうございます」
「その代わり……エドワード」
「はい」
殿下の言葉にエドワード様は顔を上げる。
「お前には今、オプラス伯爵令嬢……アリーチェ嬢と話さなくてはならない事がたくさんあるのだろう?」
「!」
その言葉にエドワード様の肩がビクッと跳ねた。
「……やっぱりな。部屋を一室貸してやる。邪魔は入れさせないから二人だけでゆっくり話してこい」
「……はい」
「と言っても部屋の前に護衛はつけるからな。それと婚姻前だ。変な真似はするなよ?」
「……しません!!」
殿下は、どうだかな……と笑っていた。
リスティ様はそんな調子でエドワード様をからかう殿下の事を、全くあなたは……と言った目で見つめていた。
───
そうして、私とエドワード様は二人っきりで改めて話をする事になった。
「……」
「……」
与えられた部屋に入り、とりあえずソファーに腰を下ろす。
エドワード様ほ向かい合わせではなく私の隣に座ったので妙に密着度が高い気がする。
(ドキドキする……でも、聞かなくちゃ)
だってエドワード様はきっと記憶が──……
「エド様」
「!」
私はエドワード様の顔を覗き込むように見つめ、そっと彼の頬に手を触れる。
「──いつから、です?」
「……!」
「いつ、記憶が戻っていましたか?」
「……」
エドワード様が深いため息を吐いてから、私の肩に頭を乗せる。
そして、微かに身体を震わせながら小さな声で答えてくれた。
「馬車が脱輪した時……」
「……」
「あの時、一度に色んな記憶が甦って来て……少し混乱した」
「……どうして黙っていたのですか?」
私のこの言葉にエドワード様はビクッと大きく肩を揺らした。
ここ最近でエドワード様がどういう人なのかは痛いくらい分かっていたので、どうして黙っていたのかも分かってる。分かっているけれど……
「…………ごめん、ただただ怖かった」
「!」
こういう時のエドワード様は正直でまっすぐだ。
適当にこの場は誤魔化しておいて、理由なんて後からいくらでも並べられそうなのに。
「怖かった?」
「アリーチェに嫌われること……それだけの事を俺は、した。そもそも今回の事は……俺がたくさん間違えたから起きた事だ……」
今、自分が馬鹿だったと嘆くエドワード様の中では色々な思いが渦巻いている。後悔、反省、罪悪感……
でも、私が知りたいのは……一番知りたいのはたった一つよ!
私はエドワード様の両頬を掴んで無理やり顔を上に向かせて目を合わせる。
エドワード様の瞳は揺れていた。なんて不安そうな瞳をしているの……
「エド様」
「……」
「私の事、好きですか?」
「……好き。大好きだ」
「……いつから、好きですか?」
「ずっと。いつからかは分からない。気付いたら……好きだった」
「……」
なんて分かりにくい人なの。そんなの微塵も感じなかった!
「エド様……私、あなたの記憶が戻ったらしたい事があったのです」
「……何だろうか?」
「ふふ、一発殴らせて下さい」
「!?」
私がとびっきりの笑顔を見せて言ったその言葉にエドワード様が、ぎょっとした顔を見せる。
ふふ、驚いているわ。まぁ、そうよね。
「わ、分かった……それで、アリーチェの気が済むなら一発とは言わず何度でも殴ってくれ!」
「あら……」
随分と気前のいい事で。
「それでは目を瞑って下さいな」
「……」
エドワード様が静かに目を瞑る。
わー、睫毛が長いのね……などとどうでもいい感想を抱いてしまう。
「では……エド様、行きますよ!」
「……!」
そう声をかけた私は、エドワード様の頬に向かって拳を振り上げて──……