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26. 暴走令嬢、再び



会場へと入るとチラチラと多方面から視線を感じた。



──ニフラム伯爵伯爵令息とオプラス伯爵令嬢だぞ!

──二人揃ってるのは珍しい。

──まさに、あの流行りの“婚約破棄”しそうなカップルなのに。まだ続いていた!

──そう言えば、ニフラム伯爵令息は事故にあったとか。


(やっぱり皆、好き勝手な事を言っているわね)


もちろん、今更傷ついたりはしないけれど。


「アリーチェ」

「エド様? どうしましたか?」


エドワード様の顔が全身が私に申し訳ないと言っている。


「……エド様。今、こうして皆さんが驚いているという事はそれだけ、私達が不仲に見えていたからです」

「あぁ……」

「つまり、イリーナ様も同じ事を思っていたわけですよね?」

「おそらく」


私はここで一旦ふぅ、と息を吐き、落ち込んだ様子のエドワード様の両頬に手を添えてぐいっと私の方へと向かせる。


「いいですか? もし、この不仲説が無かったら私はとっくにイリーナ様に消されていたはずです」

「……っ」


エドワード様が息を呑んだ。

当時のエドワード様が誰が見ても分かるくらいに私を大事にしていたら、イリーナ様の性格的に私なんて即排除されていたはず。

不仲だと思っていたからこそ、“自分の方が愛されている”という謎の思い込みによるアピールを私にしながら優越感を抱いていたのだと思う。


「エド様は間違っていません。だから、いいのです」

「アリーチェ……」


エドワード様がふわりと私を抱き締める。

同時に会場がざわめいた。

周囲が驚くのも仕方ない。不仲なはずの二人が堂々と抱き合っているのだから。


「……ごめん、そしてありがとう。俺はもう間違えない」

「エド様?」


何だかその言い方が妙に引っ掛かったので、胸の中から顔を上げてエドワード様を見上げた。


「アリーチェ、俺は……」


エドワード様が何かを言いかけたその時、遮るようにしてその声が会場内に響いた。


「何故、あなたがそこで“私の”エドワード様とベタベタしているんですの!」

「「!?」」


(この声……)


どうしてここに? そう思った。

まだ、謹慎中でしょう? こんな所に来れるはずがないのに。

エドワード様の私を抱き締める腕にもぐっと力が入った。


「もしかしたら……とは思ったが本当に来るんだな」

「え?」


エドワード様のその言葉に驚いた私が聞き返すと、エドワード様は小さな声で言った。


「殿下が言っていた、前に殿下に横恋慕していた男爵令嬢の話があっただろ?」

「え? ええ……」

「あの時の令嬢もそうだった。招待されていないはずのパーティーに乗り込んで来た。まぁ、あっちは変装して他人のフリして紛れ込んでいたんだが、こっちはな……」


そこまで言ってエドワード様は乱入者……イリーナ様を睨んだ。


「おそらく、ケルニウス侯爵の名と権力を使ったのだろうが……よく父親が許したな。いや、勝手に名前を使った可能性も……」

「……勝手に?」

「殿下も実は危惧していた。謹慎を解いていないのにもし、何らかの形で会場に現れたその時はその場でケルニウス侯爵令嬢を追い詰めるしか無いのだろうな、と。せっかくの結婚パーティーなのになぁ」


あの方はとことんついていない、とエドワード様が苦笑する。

そろそろ、入場開始するはずだった殿下とリスティ様は今頃、扉の前で頭を抱えているかもしれない。


「何をコソコソと話しているんですの? エドワード様を誘惑でもしているおつもり?」


イリーナ様は苛立ちを隠そうともせず、私を睨みながらそう口にした。どこをどうしたら私が誘惑しているように見えるのかと聞いてみたい。どうせまもとな答えが返っては来ないので聞きはしないけれど。


──久しぶりにケルニウス侯爵令嬢を見た。

──しっ! 噂では何かやらかして謹慎してた……とか。

──なら、その謹慎は解けたということ? 何をしたのかしらね。

──それより、“私のエドワード様”って何だ?


パッタリと社交界に顔を出さなくなっていたイリーナ様の事は、何となく噂になっていたみたいだった。


「誘惑だなんて……私は婚約者(エドワード様)と語らいをしていただけですよ?」

「それが誘惑でしょう! 何をそんなに密着する必要があるんですの! 離れなさいな!」

「嫌です。失礼ですがイリーナ様こそ何の権限があって私にそんな事を? 先日言いましたよね? エドワード様は、」

「そんなの信じられるわけないでしょう!!」


そう叫んだイリーナ様は、こちらに近付きながら私を睨む。


「エドワード様と私は、彼が私を助けてくれた時に互いに恋に落ちたのですわ! なのに……アリーチェ様! あなたが私達の間に入って無理やり彼と婚約して私達を引き裂いた!」

「……」

「そんなの許せるはずないでしょう?」


そう口にするイリーナ様の顔は醜く歪んでいる。

こんな公の場でなんて事を……彼女の中ではもう私達しか見えていないのかもしれない。


「どんな女かと調べてみれば、爵位も私より下、見た目も中身も平凡。全てが私に劣っていましたわ。お父様さえ認めてくれていれば簡単に奪えましたのにっ!」


ケルニウス侯爵が認めなかったという事に、今はとにかく感謝しかない。

ただ、欲を言うなら今すぐ彼女を止めて欲しいと心から思う。会場にいるのかしら?


「ですから、私、エドワード様にもその女がいかに平凡でつまらなく、エドワード様に相応しくない人間か教えてあげようと思いましたの。そして、その女が調子に乗るようなら、いつでも私の力で消せますから安心して下さいませね、とお伝えする意味を込めてとにかく手紙を送り続けましたわ」

「……」


それが、あの私の行動を追った記録……そしてやはりいつでも私を消す気満々だった。


「その後も少々、脅すような事をエドワード様には言いましたけど私達の幸せの為ですもの。許される行為ですわ!」


そう言ってふふ……と笑うイリーナ様の頭の中は完全に狂ってるとしか思えない。


「そうこうするうちに二人の不仲説が流れたので、ようやく目が覚めたのね! と思い、私が手を下さなくてもそのうち婚約は破棄されるだろうと思い、今か今かと待っていましたのに!! エドワード様、酷いですわ!!」

「酷いのはお前の頭の中だ!」


エドワード様は冷たい声で縋り付こうとしてきたイリーナ様の手を振り払った。


「思い込みだけである事無い事を吹き込み……俺とアリーチェの仲を引っ掻き回した」

「ですから、それはエドワード様は私の事を好きだったのに、アリーチェ様が無理やり婚約者の座を奪……」

「違う! 無理やりアリーチェの婚約者の座に着いたのは俺だ! 俺の方だ!! 俺がアリーチェの婚約者になりたいと願って頼み込んだんだ!」


──ん? 何の話?


「あの、エド様? それはどういう……?」

「……」


私と目が合ったエドワード様はバツが悪そうな顔をする。


「俺は……アリーチェの事がずっと好きだった……でも、正式な婚約を願い出ようとしていた矢先、アリーチェに縁談の話が来ている事を耳にした」

「へ?」


縁談の話? 聞いてませんけど!?

私が目を丸くして驚いているのを見たエドワード様は「知らなかったんだな」と、苦笑いする。


「とある家の後妻となる話で……オプラス伯爵家からは断れない爵位の家からの話だった……」

「後妻!?」

「そこに俺が横から無理やり入り込んだんだよ」

「……!」


そんな経緯は全く聞いていない。

言われてみれば、確かに急な話ではあったけれど、幼馴染で年齢も家格も釣り合っていたからの婚約だとばかり……


「そうして手にいれたはずのアリーチェを俺は……」


エドワード様が、ぎゅっと私を抱き締める。なんだか色々な想いが詰まっていそうな抱き締め方だった。


「エド様……」


と、私も抱き締め返した所でふと思った。

何故、エドワード様は私も知らなかったそんな事を今、語っているの?

それに、殿下の話していた過去のパーティーの事だって……


(まさか……)


「エ、エド様、もしかして……」

「……」


エドワード様から少し身体を離してその顔を見ようとしたその時だった。


パリンッとグラスが割れる音がした。

何事かと思って音のした方を見ると、イリーナ様が近くのテーブルにあったグラスを床に落としてわざと割っていた。

そして、その場にしゃがみ込むとそのグラスの破片の一部を手に取る。


「何が……何がずっと好きだった、よ! そんなの嘘ですわ!! エドワード様は私のよ! 邪魔者のあんたなんかこうして傷付いてしまえばいい!」


そう声を震わせながら、割れたグラスの破片を握り締めたイリーナ様の右手は私の顔を狙って飛んで来た。


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