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25. パーティーへ




「これでよし、と!」


私は鏡の前で、ドレス、メイク、髪型……と入念にチェックを行う。

問題は無さそうだ。


(エドワード様と一緒に社交界に出るなんていつ以来かしら?)


今日は王太子殿下の結婚パーティーの日。

久しぶりにエドワード様のエスコートを受けて参加するパーティーとなる。


もともと私は昔から夜会やパーティーへの参加回数は多くない。エドワード様と婚約してからも、すぐにあの態度になってしまったので二人揃って参加する機会はあまり無かった。


「……社交界では不仲説が流れてるのよねぇ。まぁ、間違ってなかったけれど。でも、今のエドワード様を見たら皆、驚いてしまうわね」


ふふふ、と思わず笑ってしまう。

今のエドワード様は、あの素っ気無くて冷たかった日々が嘘のように甘々な人になってしまった。

記憶喪失になって、昔の優しかった頃のエドワード様に戻ったとばかり思っていたけれど、あんなに甘い顔をするエドワード様の事は昔も知らなかった。

その理由は──


「今のエドワード様は……私の事が……好きだから」


ボンッ

自分で口にして自分で赤くなる。

エドワード様に抱き締められていると感じる温もりはとても暖かくて幸せで、キスをされると心臓がドキドキしてバクバクする。そして、甘く蕩けるような微笑みを向けられると胸がキュンとする。


「……分かってはいたけれど、重症だわ。記憶喪失前のエドワード様の事を私の事が好きで好きで好き過ぎて空回った男なんて言ってみたけど、他人のこと言えない」


──それに未だに、記憶喪失前のエドワード様が私の事を好きだったというのも半信半疑だったりする。


「私を見る目に熱なんて感じた事は無かったのに……不思議だわ」


でも、私への想いがあったからこそ、あんな不器用な事をしてまで必死に私を守ろうとしてくれた事も今は分かっている。


「それでも記憶が戻ったら一発くらいは殴ってもいいかしらね……? ふふ、なんてね!」


そんな事を言いながら支度を終えてエドワード様を迎えに行く準備を始めた。




「エドワード様!」

「アリーチェ!」


ニフラム伯爵家に着くと支度を終えていたエドワード様が笑顔で私を迎えてくれた。

そして、まじまじと私を見つめると甘く微笑んで言った。


「いつも可愛いけど、今日はすごく可愛い」

「……っ! ありがとう、ございます」

「……? アリーチェ、もしかして照れてる?」

「だ、だって!」


顔を合わせて 一番最初にエドワード様の口から出る言葉が“可愛い”だなんて!

これを照れずにどうしろと言うの!?


「……照れるアリーチェも可愛い……」

「……!」


玄関先でモジモジする私達を見た伯爵様は「お前達は今日もこれか……」と呟き、やれやれという顔をしていた。



──



「エドワード様、大丈夫です?」

「……」


全ての準備を終えて、さぁ、王宮に出発よ!

と、いう所なのだけど馬車を前にしてエドワード様の顔が強ばる。


(身体が事故の時の恐怖を覚えている……といったところかしら?)


「アリーチェ……」

「エドワード様、ごめんなさい。ムキムキになれていないのであなたを抱える事が出来ません」

「うん……それは……構わないかな。そうではなくて手を」

「手、ですか?」


私が手を差し出すとエドワード様がぎゅっと握る。


「抱えなくていいから、俺の手をずっと握って離さないでいてくれると……嬉しい」


(当然よ! だって私はその為に伯爵家(ここ)に来たのだから)


本来はエドワード様がエスコートする私を我が家に迎えに来るものだけど、私は自分がエドワード様を迎えに行く! そう決めていた。


「もちろんです!」


私が笑顔で答えたら、エドワード様も優しく笑ってくれたので一緒に馬車へと乗り込んだ。


「……」

「……」


馬車に乗り込んだ後、エドワード様は無言だった。

私の腰に手を回し肩に頭をもたれかけたまま、微動だにしない。

だけど、それから少し経って、ようやくエドワード様が口を開く。


「情けないよな」

「え?」

「……事故から随分と時間は経っている……はずなのに」


私にはエドワード様の気持ちは分からないけれど、こういう事はそんな簡単に消せる事ではないと思う。

私はエドワード様の頭をそっと撫でた。


「アリーチェ……?」

「情けなくなんかないです。むしろエドワード様が弱い所を隠さずに見せてくれる事が嬉しいです。それに……」

「……それに?」


エドワード様の瞳が不安で揺れている。安心してもらいたくて私は微笑んだ。


「私を心の支えにしてくれているのでしょう? 私はそれがたまらなく嬉しい」

「アリーチェ!」

「きゃっ!?」


名前を強く呼ばれたと同時に体勢を変えられ、何故か私はエドワード様の膝の上。

お互いが正面で抱き合っているような体勢にさせられた。

私の腰に腕を回したエドワード様は、私の胸に顔を埋める。


「…………ありがとう、アリーチェ」


私もエドワード様の頭を抱えて、苦しくならない程度に抱き締め返した。

エドワード様は私の心音を聞くと、とにかく安心するのだと言う。


(大きな子供みたい)


だから、私はたくさんたくさんエドワード様を抱きしめてあげよう! そう決めた。



──



「あぁ、来たな」

「本日はおめでとうございます」

「ありがとう」


私達がお祝いの言葉を述べると殿下は嬉しそうに笑った。


(まさか、パーティーの開始前にお会い出来るなんて!)


あの日、殿下がわざわざ私達に手渡しに来た特別な招待状というのは、その言葉の通り特別で、パーティーの前に王太子殿下と妃殿下になられたリスティ様と直接会えるという特権つきだった。


「初めまして、リスティ……シュトラールですわ」

「アリーチェ・オプラスと申します。本日はおめでとうございます」


王太子妃になられたリスティ様と挨拶を交わす。

名前を名乗る時に一瞬、考え込んだのは名前が変わったばかりで慣れていないからかもしれない。


「ありがとう。あなたがエドワード様の婚約者の方ね! ずっとお会いしたかったわ」


リスティ様が嬉しそうに微笑んだ。


(綺麗……いえ、美人!! サラサラの銀糸の髪に透き通る様な透明感のある肌! 一見、冷たく見える顔立ちなのに笑うと可愛い! 殿下が夢中になるのも分かるわ……)


「……? どうかされました??」


私が驚きと興奮で固まっていたので、リスティ様が不思議そうに首を傾げる。

あぁぁ、大変! 変な誤解をさせてしま……


「リスティの美しさに驚いていただけだろう」

「ルー様?」


王太子殿下がリスティ様の肩に手を回し、自分の元に引き寄せながらそう言った。

私はコクコクと頷く。


「ほらな。何度も言っているだろう? 君は美しい。そして可愛い」

「ですが……」


殿下の言葉にリスティ様はどこか納得がいっていない様子。


「私の妃は相変わらず分からず屋だな。そんな所も可愛くて仕方がないが」

「そんな事は……もう! ルー様。エドワード様とアリーチェ様が見ていますわよ!」

「あぁ、そうだったな。忘れかけていた」


──なんと、忘れかけられていた!

そして、殿下はどうやらルー様と呼ばれている!!


「エドワード様。愛称で呼ばれている殿下って何だか可愛らしく見えてしまいますね」

「……」


微笑ましい光景を繰り広げる殿下達を見ながら隣にいるエドワード様にそう話しかけると、エドワード様は何やら真剣に考え込んでいた。


「エドワード様? 何か重大な事でもありましたか?」

「え? いや、違っ……そうではなくて!」

「なくて?」


私が訊ねるとエドワード様は少しオロオロした顔で言う。


「……俺も……アリーチェに愛称で呼ばれたい……なんて、思ってしまった……」

「え!」


そんな返しが来るとは思わず固まってしまった。

エドワード様も言ってしまった……なんて顔をしている。


(こ、これは望まれている! えぇい!)


「エ、エド……様?」

「!」


私がおそるおそるそう口にするとエドワード様の顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。


「じ、自分で強請った事とは言え……アリーチェから、そう、呼ばれる日が…………来るなんて…………」


そして、感激し始めた。なんて大袈裟なの!


(でも、嬉しい。私の言葉でエドワード様が一喜一憂している)


「アリーチェ……アリー? リーチェ? リー? チェ……?」


続いて、私の愛称を考え出したエドワード様が何やら迷走しだしたので、私は慌てて止める。


「アリーチェでいいですよ! 私はエ、エド様……に“アリーチェ”と呼ばれるのが好きですから」

「そ、そうか……なら、アリーチェ」

「はい、エド様」

「……アリーチェ」

「エド様?」


終わらない名前の応酬はしばらく続いた。


二組のカップルの甘い空気のせいで暫くの間、誰も控え室に近寄れなかったと後に聞かされた。



──



「さぁ、エド様! いよいよ会場入りです!」


会場入口の扉の前で私は気合いを入れる。


「アリーチェ、そんなに気負わなくても」

「いいえ、どんな視線を向けられるかはもう分かっていますから」

「…………ごめん」


不仲説の流れている私達。

会場の人達は様々な視線を送ってくる事だろう。


(大丈夫! 堂々と胸を張って過ごすんだから!)


「謝らないで下さいな。行きましょう! エド様」

「あぁ」


エドワード様の手を取り私達は会場へと入った。



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