22. ご退場願いたい
「……あら、アリーチェ様もご一緒だったのですね?」
イリーナ様はすぐに睨むのをやめて、あの気持ち悪い笑顔を浮かべてそう言った。
「二人も出かける事があるんですのね、私、知りませんでしたわ。ねぇ、エドワード様?」
イリーナ様はそう口にすると意味ありげな視線をエドワード様に向ける。
ようするに、私はエドワード様とデートをする仲なのよ! というアピールなのだと思われる。
「ケルニウス侯爵令嬢」
「あぁ、またそんな他人行儀な呼び方を酷いですわ、エドワード様……」
「……ケルニウス侯爵令嬢」
エドワード様はイリーナ様の言葉を無視してそのまま呼び続ける。
イリーナ様は不満そうだった。
「……何ですの?」
「俺達は忙しいので、特に用がないならこれで失礼させて貰いたいのだが?」
「……まぁ!」
エドワード様に見えない角度でイリーナ様が私に向かってキッとひと睨みした後、またあの気持ち悪い笑顔を浮かべた。
「んもう、エドワード様ったら相変わらずなんですから……」
そう言ってイリーナ様がエドワード様にすり寄ろうとしたので、私は咄嗟に間に入った。
「イリーナ様」
「…………何かしら?」
イリーナ様の私を見る目が何を言いたいのかは分かる。
邪魔よ、さっさと身を引きなさい。そう言っている。
「エドワード様は私の婚約者なので、馴れ馴れしくするのはやめて貰えませんか?」
「……」
イリーナ様の顔から笑顔が消えた。
「婚約者……ねぇ? そんなの名ばかりの……でしょう?」
「いいえ。そんな事はありません。エドワード様は私を愛してくれています」
私のその言葉にイリーナ様の眉がピクリと反応した。
「……愛? あなたが? エドワード様に愛されていると?」
「はい。ずっと愛されていました」
「……ずっと?」
「そうなんです。エドワード様はただ不器用なだけでした。どうやら、そのせいで勘違いする令嬢もいた……みたいですよ。困ってしまいますよね」
私はふぅっとため息を吐きながらわざとそう言う。
「アリーチェ?」
エドワード様がどうしたんだ?
という顔をしている。
私は思いっ切り目で訴えた。
(お願い。エドワード様! 私の演技に乗って来て?)
「エドワード様。だって、本当の事でしょう? あなたが私を好きすぎて不器用な事をするから……盛大に勘違いしてしまう人が出てしまったのですよ?」
「…………そうか。すまない、アリーチェ……」
そう言ったエドワード様が私を抱き寄せるとそっと額にキスをする。
「!」
(……どうやら、エドワード様も乗ってくれるみたい。良かったわ)
だけど、突然キスなんてするから思わず、ひゃっ!? っという声が出そうになってしまったけれどここは我慢我慢。
一方のエドワード様はそのままチュッチュと嬉しそうに私の顔中にキスをしてくる。
思ったより演技派だ。
(ほ、程々でいいのに……)
「もう、エドワード様ったら……擽ったいです」
「構わないだろう?」
「もう……!」
横目でイリーナ様の顔を見ると、すごく眉がピクピクしていた。
そろそろ、怒り出すかしら?
さっさとご退場願いたいのでそろそろ怒り出して欲しいのだけど。
「ダメですよ、イリーナ様が見ているんですから」
「俺は構わない」
「私が構うのです」
「……うーん。そんな生意気な事を言う口は塞いでしまおうかな」
ノリノリになったエドワード様がとんでもない事を口にした。
(え!? ちょっ……エドワード様!? 今はそこまでは求めていないわよーー?)
「はぁ……そもそも、アリーチェが可愛すぎるのがいけないんだ!」
「はい?」
(?? ……エドワード様がおかしい、気がする)
これ、演技よね?
そして、私の顎に手をかけ上を向かせるとそっと顔を近付けて来る。
(近い! 近いわよ? エドワード様!!)
私はエドワード様の目を見て驚いた。
こ、これはどういう事!?
イリーナ様にわざと見せつける演技をしていたはずなのに、エドワード様の目が本気にしか見えない!
「他の男にもその笑顔で微笑みかけてると思うと俺は嫉妬しすぎておかしくなりそうだ。余計な虫がつく前に、もっとアリーチェは俺のだと周りに知らしめ……」
ほら! 何やら更におかしな事を言い出した。
「エ、エド……」
「アリーチェ──」
「ちょっと!! 何しているんですのよぉぉぉーー!!」
エドワード様の近付いてきた唇が私の唇に触れる寸前でイリーナ様が悲鳴をあげるかのように叫んだ。
「ど、ど、どうしてあなた達が普通の恋人同士みたいな事をしてるんですの!?」
「恋人なんだからこれは普通だろう?」
エドワード様が間髪入れずにそう返す。
物凄く不機嫌だった。
(まさか、キスを邪魔されたから……? さっきも出来なかったし……)
「こ、恋人ですって!? 何を言って………………ふふ、あぁ、そうね。まったくエドワード様ったら私を試しているんですか? …………分かっているくせに」
「……」
──分かっているくせに。
イリーナ様はこの言葉でエドワード様を脅している。
──忘れないで下さいね。私を蔑ろにするとどうなるのか、を。ふふ……
あの日、エドワード様がイリーナ様に何かを言われて倒れた日。
イリーナ様はエドワード様の耳元でそう囁いたのだと聞いたばかりだった。
私を監視していると思われる手紙。
単なる脅しだと思っていたのに私が怪我をした。
エドワード様はこの時、イリーナ様の本気を知ったのだと思う。
(だから、エドワード様は私と距離をおこうと……)
「分かっている? なんの事だかさっぱりなんだが?」
「!? な、何ですって……!! エドワード様! あなた私の言う事を聞か…………ひっ!」
エドワード様がイリーナ様を睨んだ。
その目はまるで氷のように冷たい。
「そろそろ、君には大人しくしてもらいたい所だな」
「エドワード様! 何を言っているんですのよ! 私は……」
イリーナ様は負けじとエドワード様に向かって声を荒らげたその時、
「……さっきから騒がしいけど、これはどういう事かな? ケルニウス侯爵令嬢」
そんなよく通る声がその場に響いた。
その声の持ち主はもちろん……
「……っ! 王太子……殿下!? 何故……ここ、に?」
王太子殿下の登場にイリーナ様の顔色は一気に悪くなった。