21. 変わらない気持ち
「……やっぱり現実、だったのか」
繰り返し繰り返し夢に見ては、日に日に鮮明になっていくんだ……だから現実だと思った。と、エドワード様は言う。
「そ、それは……私が……私が勝手に不安になって……」
「違う! 俺がアリーチェを追い詰めてそう口にさせてしまったんだ! アリーチェがそう言いたくなるくらい……“俺”はアリーチェを傷つけたという事なんだろう!?」
「!」
「どんな理由があっても、いくら謝っても……俺がアリーチェを傷付けた事は消えない……」
苦しそうな表情でそう口にするエドワード様に私は何も言葉を返せない。
───婚約破棄。
だって、私は確かにその言葉を口にした。
しかも、それがエドワード様の記憶喪失前の最後の私との会話。
(だから、エドワード様の記憶は思い出す事を拒否している……?)
本当に私達は何をやっていたんだろう。
と、悲しくなったその時だった。
「……婚約破棄、か。全く、お前達はさっきまでラブシーンを繰り広げておいて今度は何の話をしているんだ……」
「「え?」」
王太子殿下が肩を竦め、呆れた目で私達の事を見ていた。
「しかも、たかが一度や二度、“婚約破棄”と言ったから……もしくは言われたからって何だというんだ」
「え?」
「へ?」
私とエドワード様は驚きの声しか出ない。
何だというんだ……って。
婚約破棄って、すごく大きな問題なのに。
そんな唖然とする私達に向かって殿下はさらに衝撃的な事を口にする。
「私はリスティから“婚約破棄しましょう”なんておそらく百回は言われたぞ」
「ひゃく……!?」
驚き過ぎて私の声がひっくり返った。
「もちろん、私の答えは全て“しない”の一択だったがな!」
殿下がどうだ! と言わんばかりの顔でそう言った。
……いえ、それは言い過ぎだし言われ過ぎなのでは? という感想しか浮かばない。
「あぁ、ちなみに、これはふざけていたわけではないぞ。リスティはいつだって大真面目で真剣にそう私に頼み込んで来ていたからな」
「……」
「そんなに私との婚約が嫌なのかと、私だって言われる度に傷ついたし、口にしていたリスティも、そう言いたくなるほど傷ついていた」
そう語る殿下は少し遠い目をしている。
「私が何度説明してもリスティは頑固でな……殿下にはあのピン……男爵令嬢のような方がお似合いだと思います。と言って譲らない」
「殿下……」
「私はリスティを愛しているのに全然伝わらなかった……」
……何かしら。
そんな事を言われてしまうと、たかが一回って気持ちにさせられそうになる。
大した事では無い出来事のような……
いえ、婚約破棄よ? とっても重大な事よ、ね??
「“やっぱりあなたの婚約者でいる事が辛いのです”と言われた後に遠くに逃げられて追いかけて行った事もあるぞ。まぁ、その時はエドワードが助けてくれたのだが……」
そう口にした殿下はエドワード様の方を見たけれど、エドワード様は「覚えていません……」と、首を横に振った。
「いいか? 一回だろうと百回だろうと、確かに互いに言った事も言われた事も消えはしないだろう。しこりも残る。リスティは未だに悔やむように言っているぞ? “どう考えてもあの頃の私はバカだった……”と」
「それで……その話をされる時、殿下はリスティ様に何と言うのですか?」
すごく気になったので訊ねずにはいられない。
「全く気にしていないと笑い飛ばす事にしている。当時は困惑したが、もう、今ならあの時のリスティが口にしていたのは、私が嫌で拒否をしていたからではなく、私への愛情が裏にあったと分かっているからな」
「愛情……」
「お前達だって、互いに傷付け傷付いた気持ちはもうどうしたって消えない。なら、それを嘆くよりもこれからをどうしたい? 互いに好きなんだろう? 過去を嘆くより未来に目を向けたらどうだ?」
「これから……」
「……未来」
互いに小さくそう呟いた私達に向かって殿下は言う。
「もちろん、お互いに何があってそうなったのか。どんな気持ちだったのか等の話をして反省する事は絶対に必要だ……だがそれは、エドワードの記憶が戻らないといけないから今ではないだろう」
「……」
「……」
私とエドワード様が無言のまま見つめ合う。
(記憶喪失前のエドワード様の気持ち……)
「それと、オプラス伯爵令嬢。私が代わりに言うのもあれだが……記憶喪失前のエドワードは絶対に君の事を好きだった。私もそう思っている」
「え?」
「だから、君はエドワードがこの先記憶を取り戻した時、エドワードの事を“私の事を好きで好きで好き過ぎて空回った男”だとでも思って堂々としていればいい」
「……ふっ」
その言葉に思わず吹き出してしまった。
殿下も笑う。
「間違っていないと思うぞ? 現にエドワードは記憶を失った今も君に惹かれた。どうせ一目惚れでもしたんだろう?」
「……うっ!」
「こんなに分かりやすい男がなぁ……素っ気無いとか嘘だろう? まぁ、とにかく必死だったんだろうな」
殿下が呆れた様子でそう言った。
エドワード様は少したじろいだけど、私の方に顔を向き直し、ずっと握っていた手に力を込めながら言った。
「アリーチェ、俺はアリーチェの事が好きだよ」
「はい……」
「この気持ちは、今後俺が記憶を取り戻したとしても絶対に変わらない自信がある」
「……っ」
私の目を真っ直ぐ見てそう語るエドワード様の目はとても真剣だった。
「だからもし、万が一この先、記憶を取り戻した俺が違う事を言い出したその時は、思う存分罵ってくれ」
「は?」
──罵る!?
「それくらい自信があるんだよ。俺の中には今も昔もアリーチェだけなんだって」
「……エドワード様……」
「殿下も証人になってくれるだろうし」
その言葉を受けてチラッと殿下を見たら無言で頷いていた。
「……エドワード様、私も、私も今も昔もあなただけです……」
「アリーチェ……」
微笑んだエドワード様が優しく私の頬を撫でると、そっと私達の顔が近付いて──私達の唇が……
という、とてもいい所で。
「お・前・達!! ここでは自重しろーー! 私だってリスティとー……!!」
「「!!」」
そんな殿下の欲望も混じった声でハッと我に返った。
「……」
「……」
「全く、お前達は!!」
そのまま殿下のお説教はしばらく続いた。
(多分だけど、リスティ様に会いたかっただけだと思う……)
───
そうして殿下のお説教が終える頃にはエドワード様の頭痛も落ち着いたようなので、私達はこのままお暇する事になった。
「エドワード様。本当に、もう大丈夫ですか?」
「うん、もう大丈夫だ」
手を繋いで馬車寄せまで王宮の廊下を歩いている時だった。
「まぁ、エドワード様!!」
ビクッ!
聞き覚えのある嫌なその声に思いっきり肩が跳ねた。
私達の足がピタリと止まる。
この声は間違いない。
──イリーナ様。
「こんな所でお会い出来るなんて嬉しいですわーーって……」
エドワード様の姿が見えた事で嬉しくてはしゃいで飛んで来たのだろう。
けれど、どうやら視界に私は入っていなかったらしい。
なんの因果なのか……こんな所でばったりと鉢合わせてしまった諸悪の根源イリーナ様は、私の姿を認めると、今にも射殺しそうな目つきで私を睨んだ。




