19. 王太子殿下との関係
エドワード様に借りがある。
言われてみれば、手紙にもそんな事が書いてあったと思い出す。
「エドワードは、私を助けてくれたんだ。そして壊れかけていた私とリスティの仲もそれで修復されたんだ」
「え? 助け……? 修復……ですか? エドワード様が?」
それってどういう事かしら?
私が驚きの顔を向けると王太子殿下は静かに笑った。
「知っていると思うけどリスティは私の婚約者だ」
「存じております」
王太子殿下が婚約されたのは今から三年くらい前だったと記憶している。
お相手は公爵令嬢でもあるリスティ様。
エドワード様は私に王子のお妃になりたくなかったのかと聞いて来たけれど、殿下の婚約者となるのはリスティ様以外はいないだろうと言うのが、昔からずっと世間で噂されてきた事。
そうして、当然のようにリスティ様が選ばれたわけだけれど。
けれど、その二人の婚約の裏にエドワード様が何かしら関わっていた? それはさすがに初耳だった。
「……? 俺は殿下達に何をした、のでしょうか?」
エドワード様も自分の事だからなのかやはり気になるようで、おそるおそる訊ねる。
殿下は苦笑しながらも教えてくれた。
「当時、リスティと私の間に横恋慕して来た爵位の低い男爵令嬢がいたんだ。私は相手にしていなかったが、リスティはそのせいで、とんでもない誤解をして身を引こうとした」
「……」
──これはまた、何やら物語にありそうな話……
「あぁ、確かに本屋に並んでいそうな話だな。しかも、だ。その男爵令嬢は単なる私の妃の座を狙っただけでなく、私の側近達も誘惑しどんどん籠絡していったんだ……」
「え!」
──何それ!
そして、殿下の側近はダメな人揃いなの?? 何であっさり籠絡されてるのよ!
嫌だわ。この国の未来が心配……
「あぁ、本当その通りだ。どいつもこいつも腑抜けになっていて本当に困ったよ。だが、そこは安心してくれ。あっさり籠絡された奴らは既に側近の任を解いて、それぞれ処分が与えられている」
「!」
──それは良かったわ!
と、喜んだ所で、あれ? と思った。
……ところで何故さっきから殿下は私の思考を……?
何故か上手く会話が出来ていた気がする。
「アリーチェ、アリーチェ」
エドワード様が困った顔をして私を呼ぶ。
深刻そうな顔をしていたので、また、頭痛でも起きてしまったの? と心配したら……
「さっきから心の声が全部口から漏れている」
「……」
心の声……つまり?
私はそろりと王太子殿下に視線を移す。殿下はとてもいい笑顔で頷いていた。
「……! ひっ! 申し訳ございません!!」
「いや、別に構わない。本当の事だからな。とにかく、だ。それで、色々あって誤解したリスティは身を引くとか言い出したわけなんだが……」
殿下は当時の苦悩を思い出したのか悲しい目をする。
「殿下は、リスティ様の事をお好きだったのでしょうか?」
「あぁ。ずっと好きで妃にするのは彼女しかいない! そう思って来たが?」
「いえ……そうでしたか」
どうやら王太子殿下は婚約者にベタ惚れらしい。
「そんな迷惑だった男爵令嬢を断罪するきっかけをくれたのがエドワードだ」
「はい?」
エドワード様?? あなた一体何を……
「エドワードは私の側近ではないが、その男爵令嬢は見目のいい令息にはあらかた声をかけていたようで、エドワードも声をかけられた事のある男の一人だった」
「……エドワード様がですか?」
(確かにかっこいいわよ!)
「あぁ。エドワード自身がそう言っていたからな。それでエドワードは、男爵令嬢を断罪する為に証拠という証拠をかき集めて私の元にやって来た。ついでに、リスティの説得にも当たってくれていたな」
そこまで!? いや、本当に。エドワード様……あなたって人は。
チラッとエドワード様の方を見ると、本人も聞かされた自分の行動に困惑していた。
(何やってんだ、俺! とか思っていそうな顔をしている)
「ちなみに、この時の騒動の全てが片付いた後、何でそこまでしてくれたのかと聞いたところ、エドワードはあっさり言ったんだ」
ゴクリ。
私は緊張して次の言葉を待った。
「──あの男爵令嬢がまとわりついて来てとにかく邪魔だったから。そう言うんだよ」
「……邪魔」
「自分の大事な人に誤解されたら困るから、今の内にさっさと排除する事にしただけだ、と言うんだ」
「……大事な人?」
私が首を傾げると、王太子殿下は私とエドワード様の顔を交互に見てため息をついた。
「……コホンッ。そういうわけで。まぁ、自分の為でもあったようだが、邪魔な女を追い払ってくれてリスティも説得してくれたエドワードに私は感謝したわけだ」
「なるほど……」
「なので、今後何か困ったことがあればいつでも頼って来いと言っていたんだ」
「そうだったのですね」
「そして、今回。エドワードは本当にやって来た。“今更ですが……”と言ってな」
(こんな昔の約束に縋らなくてはならないくらいエドワード様は追い詰められていたという事……?)
ぶるっと自分の身体が震えた。
「……殿下、ありがとうございます」
「なぜ、オプラス伯爵令嬢がお礼を言う?」
「エドワード様の力になって下さり……彼の私を守りたいという気持ちに手を貸してくださったからです」
私は自分が知らない所で巻き込まれ、知らない所でエドワード様に守られていた。
(エドワード様……)
これはもう……エドワード様には記憶が戻ったら何がなんでもこれまでの事をしっかり話してもらわないと!
私はそう決意して、そんな目をエドワード様に向けたらエドワード様と目が合った。
「アリーチェ……」
「エドワード様……」
見つめ合い、互いの名前を呼び合っていたら王太子殿下に「おい! 二人の世界を作るな! それは後でやれ!!」と怒られる。
「……全く。放っておくとどこまでもラブシーンを繰り広げそうな二人だな……それで、エドワードの二つ目の頼み事なんだが」
そうだった!
エドワード様の殿下への頼み事は二つ。
(何を頼んだのかしら?)
私はドキドキしながら殿下の次の言葉を待った。