17. 甘い時間
「……アリーチェ」
「……」
チュッと音を立てて、額から唇を離したエドワード様が甘い声で私を呼ぶ。
そして、私達の目が合った。
「そんな顔で見つめられると……もう止まれない」
「え? そんな顔……?」
そして、小さな声でごめん、と言ったエドワード様は私の顎に手をかけると、再び顔を近づけて来る。
(あ……)
そう思う間もなく、エドワード様の唇が私の唇にそっと触れる。
でも、それは本当に一瞬の事ですぐ離れてしまう。
(もっとして……ううん、したい)
私の表情を窺うように見ていたエドワード様が言う。
「もっとして? ってその表情が言っている」
「!」
図星を指された私がますます赤くなる。
「アリーチェ……可愛い。好きだよ」
「!」
そう甘く囁いた後、今度は私の唇に被せるようにして唇を重ねて来た。
「……あ! んっ」
「……」
────
「……アリーチェ……」
「エドワー……様」
何度も何度もキスをされていたせいか、頭の中がデロデロに溶けてしまいそうになる。
「…………ずっと、こうしたかった」
「んっ」
そう小さな声で囁くように言ったエドワード様は唇だけでなく、額、目尻、頬と顔中にチュッチュと触れてくる。
(擽ったい……)
「こうしてたくさん触れて、俺の腕の中に閉じ込めて愛を囁いて…………俺だけのアリーチェだと……」
「エドワード様……」
「ずっとずっと好きだったよ、アリーチェ」
「っ!」
エドワード様がそう言って私を抱き締める。
──なんだかその言葉が記憶喪失前のエドワード様の言葉に思えてしまって胸が震えた。
(ねぇ、エドワード様。あなたは記憶が戻っても同じ事を言ってくれる──?)
そんな不安な気持ちが無いわけではないけれど、今、口にせずにはいられなかった。
「エドワード様……私も……エドワード様の事が……好きなんです……」
前のあなたも今のあなたも。
私にとってはどっちもエドワード様だから。
「アリーチェ……!」
エドワード様はもう一度強く私を抱き締めた後、もう一度顔を近付けて来て……今度は私もそっと瞳を閉じた。
こうして王宮に馬車が着くまでの間、私達は何度もキスを繰り返し抱き締め合っていた。
「……」
「ごめん、アリーチェ! 止められなくて……その……やりすぎました……」
エドワード様が目の前でしゅんっと項垂れている。
─────……
王宮に着いて馬車が止まり声をかけられて、ようやくそこで私はハッと我に返った。
馬車の窓に映る自分は、頬は蒸気し瞳も潤んでる……いかにも何かありましたって顔をしていた。
「エド、エドワード様……私」
「……んー……その顔のアリーチェは色っぽくてそそられる」
なんてこと。まだ、夢見がちな事を言っている!
「わた、私達の目的は王太子殿下に会う事だったはずです……!」
そう。断じてイチャイチャする事が目的だったわけでは……ない。
「……」
「エドワード様! 目を覚まして!!」
ガクガクとエドワード様の肩を揺さぶった。
「……っっ!?」
そこで、ようやくエドワード様も我に返ってくれた。
─────……
しゅんと項垂れたエドワード様。可愛い……とか思ってしまう私は重症だわ。
「いえ。その私も……もっと、と思って……それに、その、離れたくなかったです、し」
「アリーチェ……」
「ですが、だいぶ我を忘れてしまい、乱れが……」
乱れた髪やドレスを見苦しくないよう、どうにか整えながら私はそう口にする。
王太子殿下にお会いするのに、これで大丈夫かしらと不安になる。
「大丈夫……! いつもの可愛いアリーチェにしか見えない」
「……」
絶対おかしなフィルターがかかっていると思われるエドワード様にそう言われた。
これは真に受けてはいけない。
王宮の人に判断してもらうしかないわね……そう思った。
*****
「緊張します……」
「アリーチェは殿下と会ったことは無いの?」
応接間に通され殿下の登場を待ちながらガチガチに固まる私に、エドワード様は訊ねてくる。
「パーティーや夜会で遠目にお見かけする程度です」
「そうなんだ……」
エドワード様が変な顔をしている。何故?
「何か?」
「いや、王太子殿下って俺達とそう年頃は変わらないと聞いた」
「そうですね」
「……ならさ、やっぱり一度は憧れたりするものなのかと……思って」
「何にですか?」
「王子の、妃……になりたい…………って」
「え?」
エドワード様の語尾がだんだん弱くなっていく。
「アリーチェもそう思った事があるのかなぁ……って」
「何を! 私は昔からエドワード様一筋です!!」
私が間髪入れずにそう叫ぶとエドワード様は目を丸くし、その後、頬を赤く染めた。
釣られて私も赤くなる。
「そ、そ、そ、そうなんだ……」
「そ、そ、そ、そうですよ……」
そのまま沈黙。
(恥ずかしい……私ったら、なんて事を叫んでしまったの)
と、自己嫌悪に陥っていたら部屋の扉が開き、声がする。
「ははは、何だお前達。私の前でラブシーンでも見せに来たのか?」
「「!!」」
──ルフェルウス・シュトラール様。王太子殿下の登場だった。
ひっ! と息を呑み慌てて頭を下げるも、王太子殿下は軽く笑いながらあっさり言った。
「堅苦しいのは要らない。顔を上げてくれ」
その言葉を受けて私達はそろそろと顔を上げる。
「久しいな、エドワード。事故にあって怪我を負っていたと聞いたが。まぁ、元気そうだな。そして、隣にいるのが……エドワードの婚約者か?」
「……アリーチェ・オプラスと申します。オプラス伯爵の娘でございます」
「そうか、君が。すまなかったな」
「?」
王太子殿下は突然の謝罪を口にし、何やら意味深な目で私を見る。
「こっちの話だから気にするな。それでエドワード。手紙が届いたのだろう? 進捗の報告か?」
「……その前に殿下。お話しなければならない事があります」
「何だ?」
殿下の表情が怪訝なものに変わる。
エドワード様が私の手を握る。私もそっと握り返した。
「私、エドワード・ニフラムは先日の事故により、過去の記憶、を失っております。よって私が殿下とどういった関係でどんな話をさせて頂いていたのかが分から」
「は? 記憶喪失だと?」
エドワード様の言葉を遮って王太子殿下が驚きの声を上げる。
「急に護衛に指示を出さなくなっていたのは……そういう事だったのか……」
殿下は一人で何かをつぶやき納得している。
「それで婚約者も今日は連れて来たのか……?」
「はい。失礼ながら殿下。以前の私はあなた様に何を頼んでいたのでしょうか?」
その言葉を受けて 王太子殿下がエドワード様をじっと見る。
その後は何故か私の方に視線を変えたので私と目が合った。
(な、なぜ私を見たの……?)
そして、何かを考える素振りを見せた後、ようやく口を開く。
「エドワード・ニフラム。お前は……」