15. 深まる謎
──私の行動記録?
「え、ちょっと……お父様、それって私が……」
どうしよう。身体が震えている。
もしかして私、ずっとイリーナ様に見張られていた?
そんなの怖い……
(でも、あの挨拶した時の態度が演技で無ければイリーナ様は私の顔を知らなそうだったわ)
そうなると、誰か人を雇った……もしくは自分の家の使用人を使っていた?
普通に考えて侯爵令嬢本人がずっと張り付いて監視し続けるとは考えづらい。
そうして、手に入れた私の情報を手紙にしたためてエドワード様へと送り付けていた……?
イリーナ様は何故そんな事をしたの?
そして、そんな手紙を受け取っていたエドワード様は──……?
「ケルニウス侯爵令嬢が今回、わざわざ我が家を訪ねて来てお前に暴行した事を考えると……」
お父様がそこで言葉を詰まらせる。
こういう事をしでかしていても不思議では無い……と言いたいらしい。
「……エドワード様は私がイリーナ様……ケルニウス侯爵家から見張られている事を知っていた?」
私の言葉を受けてお父様が悲しそうな顔をした。
「知っていた、と言うよりもむしろエドワード殿も……」
お父様がそこまで言いかけたあと、コンコンと扉が叩かれる。
どうやらニフラム伯爵が我が家に着いたみたいだった。
出迎えるためにこの話は中断となった。
「エドワードが迷惑をかけて本当に申し訳ない。やはりまだ外に出すべきでは無かった」
伯爵様が眠っているエドワード様を見ながら私達に頭を下げる。
「だが、エドワードは何度も何度も言うんだ。アリーチェ嬢の事が心配だ。嫌な予感がする。そして、きっとこのままでは済まないと」
「!」
「毎日の報告を受けていてもどこか落ち着かなかったんだろう。どうしてもアリーチェ嬢の顔を直接見て安心したかったらしい」
「エドワード様……」
「それで念願叶って会えてようやく顔を見る事が出来たのにまた倒れるとか。こいつは何をやっているんだ……」
伯爵様はエドワード様に呆れていた。
そういえば、先程の話はあくまでも推測でしかない話だけれど伯爵様にもしておいた方がいいのでは?
そう思ってお父様の方を見るとお父様は静かに頷いた。
「伯爵様、あの……」
「ところで、実はエドワードが家を飛び出して行ってからあいつ宛にこんな手紙が我が家に届いたのだが」
「?」
ちょうど発言が被ってしまったけれど、どういう事かしらと思って伯爵様が手に持っていた手紙に目を向ける。そして、私は自分の目を疑った。
「え? は、伯爵様……それは。その手紙の印章は……!」
「そうなんだ。差出人は、ルフェルウス・シュトラール」
「そ、そのお名前……」
私は声を震わす。伯爵様もどうしたらいいのかと……困ったように肩を竦めた。
「そう。我が国の王太子殿下からエドワード宛の手紙なんだよ」
「!?」
(エドワード様ーー!? あなた王太子殿下に何をしたのーー!? すやすや寝てないで目を覚まして説明してーー!)
目の前がくらくらした。
これは次から次へと何が起きているのだろうと思う事しか出来なかった。
「エドワードは記憶喪失だし、さらに今はまた倒れてしまった。何ともタイミングが悪すぎる」
「この手紙が殿下からの呼び出しだったらどうしましょう? 無視するわけにもいきませんよね?」
「そこなんだよ」
「……」
私、お父様、伯爵様の三人は顔を見合わせる。
これは、エドワード様には申し訳ないけれど開封してしまう……しかないの?
そう思った時だった。
「……ゴホッ……アリー……チェ?」
「エドワード様!!」
エドワード様が反応した。また、私の名前を呼んでいる!
私は慌てて握っていた手を強く握りしめる。
大丈夫かしら? また、記憶が混乱していないかしら?
「俺、頭痛が…………もしかしてまた、倒れた?」
「えぇ、そうです」
意識はしっかりしている。
どうやら今度は夢現状態ではなさそう。でも、苦しそうだ。
「そうか……そうだよな。アリーチェ、ごめん」
「どうして謝るんですか?」
「アリーチェに会いたくて強引に押しかけた結果、人様の家で倒れるとか迷惑だし情けなさすぎる」
「……」
エドワード様のこの頭痛は、エドワード様の意思でどうにかなるものでもないからそんな風には思わないのに。
むしろ、苦しんでいる姿を見るのが辛いわ。
(それに会いに来てくれて嬉しかったし……)
「エドワード様。その、記憶は……?」
「……ごめん」
あれだけ苦しんでも記憶はそう簡単には戻ってはくれないらしい。
この先もまだ彼を苦しめようと言うの?
(でも、一番不安なのはエドワード様なのだから)
私はそう思い直してそっと微笑みを向ける。
「エドワード様、そんな顔をしないで下さい」
「でも……」
私は握っていた手を離しエドワード様の両頬に手を添える。
「エドワード様が私の笑顔を好きと言ってくれたように、私もエドワード様の笑顔が好きなんですから。だから笑ってくださいな」
「アリーチェ……」
エドワード様がまた、あのふにゃっとした顔で微笑んだ。
その笑顔が見れて嬉しくなって私も微笑み返した。
「お・前・達!! イチャつきたいのは分かるが、今は先にどうにかしないといけない事や話が沢山だ! イチャつくのは後にしろ
「父上……?」
「は、伯爵様……」
私たちのやり取りに痺れを切らした伯爵様が間に入ってくる。
私のお父様はその後ろでなぜかとーーっても苦い物を食べたような顔をしていた。
「エドワード! お前宛に手紙が届いている! 差出人はルフェルウス・シュトラール様だ! 誰か分かるか!?」
「……?」
エドワード様の顔中に誰だ? と書いてある。
「王太子殿下だ! どうやらお前は殿下と何やら連絡を取り合う関係だったらしい。どういう事だ!」
「は? 王太子殿下? そんな事を言われても記憶に無い!」
「知っとるわ! だが、とにかくお前に手紙が届いたのは事実だ。ここで開封していいか?」
「……どうぞ」
「よし!」
そうして、無事にエドワード様が目覚めたので、王太子殿下からの手紙を開封した……のだけど。
「これは?」
「どういう事だろう?」
殿下からの手紙は、
『最近、状況の報告が無いから不思議に思っていたが事故にあったと聞いて驚いた』
『お前に頼まれた事はこちらで、何とかなりそうだ。これで借りは返せるだろうか』
『引き続き護衛はそのままにしておく。好きに使ってくれて構わない』
『怪我が治ったらまた王宮に訪ねて来い』
といった内容だった。
「エドワード様、あなた王太子殿下に何を頼んだのです?」
「いや……何だろう?」
エドワード様が困った顔をする。
それに、借りとか護衛とか……どういう事? 本当にどういう関係?
そして、ずっと何かを考え込んでいたエドワード様は長い沈黙の後に小さな声で言った。
「もしかしたらだけど、助けを……俺は殿下に助けを求めたのかもしれない」
「え?」
助けを求める!? それも、王太子殿下に!?
そう口にしたエドワード様の顔は、もちろん冗談を言っているような顔ではなく真剣だった。