13. おかしな手紙
「それで……エドワード様はどうして私がイリーナ様に何かされていると思ったのですか?」
感動の再会……を終えた私達は腰を落ち着けて話す事になった。
なのに、お父様からの視線がチクチクして痛いのは何故なの……
とりあえず、そんなお父様は無視してエドワード様と話をする。
「アリーチェは、前に俺がケルニウス侯爵家について聞いた事を覚えている?」
「ええ。手紙があったから関係があったかどうか知っているかと聞かれたけれど」
「うん、そうだね」
エドワード様は頷きながら「それで……」と言って、どうやら持参していたらしい手紙の束を机の上に広げた。
「エドワード様。これは……」
「そう、記憶喪失前の俺が彼女とやり取りしていたらしい手紙なんだ……けど」
「けど?」
私に向かってエドワード様は手紙を差し出す。
「えっ!? よ、読んでいいのですか?」
「……読んで貰った方があの女の異常さが分かるかな、と思う」
「……異常さ?」
「……」
私はドキドキしながらその手紙を開封する。
いくら本人が良いといってくれていてもなんだか背徳感がすごい。
「えっと……これが、最初ですか?」
「そうだね」
その手紙に目を通してざっと内容を確認する。
最初なだけあって、何の変哲もない中身はただのお礼の手紙だった。
(街でエドワード様がイリーナ様を暴漢から助けた……と言うのは本当の話なのかも)
「あら? エドワード様」
「どうかした?」
「いえ……この最初の手紙の日付けですけど」
「日付け?」
エドワード様は不思議そうな顔をしている。
記憶が無いからピンと来ないのかもしれない。
「……イリーナ様の言っていたエドワード様から暴漢に助けられた日って、まだ私とエドワード様が婚約する前の出来事だったのですね」
「…………え?」
「私、婚約した後だと思っていました。実はそんなに前の話だったんですね」
「そう、なの?」
「はい。手紙の日付けが間違っていないならそうなりますよ」
「そうだったんだ……」
エドワード様が驚いている。
そうして、私は次の手紙を手に取る。日付の順番で行くと二通目はこれになる。
「あら?」
またしても私が驚きの声を上げたのでエドワード様が「今度は何?」と少し怯えた顔をした。
「すみません、ちょっとこれも意外で驚いてしまいました。最初の手紙から随分と間が空いているんですね。二通目は私と婚約した後です」
「……そうなの? 確かに日にちは随分と空いてるなとは思ったけど……」
つまり、最初の手紙はどう読んでも本当にただのお礼のみで終わっていた。きっと本来はそれで終わるはずだった。
けれど、イリーナ様は、時間を開けてある日突然エドワード様にまた手紙を送って来た。
……そういう事になる。
(それは何故……?)
そんな事を考えながら二通目の手紙を開封し目を通した。
最初の手紙とは随分様子が違う。
──あのお店のフルーツタルトは美味しそうでしたわね。ぜひ、今度は私も食べたいと思っていて───……
「これは……? デートにでも行かれたのでしょうか」
マリサにはあんな事を言ったけれど、やっぱり二人はこっそりデートしていたのかな?
そう思うと少し胸が痛い。
「…………それだけ読めば一見、そう見えるけど、何かがおかしいんだ」
「え?」
そう言ったエドワード様は日付順に並べた次の手紙を手に取る。
「でもね、その後の別の日の手紙が……」
「あれ?」
──ようやく今日は前からエドワード様に食べたいと言っていたあのお店の念願のチーズケーキが食べることが出来まして──……
そう書いてある。またデート?
でも、突然のチーズケーキの登場。食べたいと言っていた美味しそうなフルーツタルトは何処へ……
「話が全く繋がらないんだ。日付だって間が空いてるわけではないのに」
「……」
「こうして順番に全部をちゃんと読んでいくと、こういう矛盾したばかりの内容で、とにかくおかしいんだよ」
「エドワード様……」
そう言われて他の手紙にも目を通す。
雑貨屋で髪留めを買ってもらった話……かと思えば、次の手紙には、先日買ってもらったイヤリングをとても気に入っていて……と書いてある。
やはり日付けを確認しても間が空いているわけではない。
むしろ、ほぼ間を開けずに送り付けて来ている。
(怖っ……)
「確かに……全然、話が繋がらないです」
「だろう?」
エドワード様と私は思わず顔を見合わせる。全く意味が分からなかった。
それより、こんな手紙を送り付ける意味は何?
好きな人にこんな手紙送り付けた所で気味悪がれるだけではないの?
イリーナ様の気持ちがさっぱり分からない。
「……」
それにしても、どこまで本当か分からないこの内容。
内容一つ一つ切り出すだけなら私の好みとイリーナ様の好みは似ている気がする。
あのお店のフルーツタルトもチーズケーキも私は好きで食べた事があるし、雑貨屋も私がよく行くお店だったので驚いた。
(なんて嬉しくない偶然の一致……)
「エドワード様はこれにお返事していたのでしょうか?」
「毎回ではないけど返事は書いていた、とは思うんだけど、そこは正直よく分からない……ごめん」
目の前のエドワード様が落ち込んだのが分かった。
「おかしな手紙を送って来ていた事は分かっていたんだから、この間の訪問もきちんと断るべきだった……ごめん、アリーチェ。やっぱり俺が君を巻き込んだ」
「……」
エドワード様はそう言うけれど、あの日の訪問も断っても、遅かれ早かれ彼女はどうにか理由をつけてやって来たのではないかしら?
それは、もちろん私の所にも、だ。
(何も知らないである日突然突撃されるよりはニフラム伯爵家で会っていた後で良かったと思っているわ)
「ですが、エドワード様が記憶喪失なのは絶対に知られてはいけないですね」
「うん?」
「イリーナ様、その事を知ったらある事ない事をどんどん言ってくる気がします……」
この意味の分からない手紙のように。
だって記憶の無いエドワード様は、きっぱり否定出来ないから。
もし、そんなデタラメを社交界で広められようものなら……ゾッとする。
「手紙の内容について、は……一旦置いておいて、何故イリーナ様は自分がエドワード様に愛されているなどと自信満々に語っていたのでしょう?」
「待ってくれ……アリーチェにそんな事を言っていたのか?」
「はい……」
エドワード様はうぅっと頭を抱えた。
「俺は……何に巻き込まれていたんだろう……」
「エドワード様……」
ますます、がっくりと肩を落として落ち込んでいくエドワード様。
「なぁ、アリーチェ」
「はい」
エドワード様がキュッと私の手を握る。
それだけで胸がドキンッと跳ねた。
「ここのところ、ずっと考えていた。これは推測でしかないけど、もしかしたら俺は………………うっ!」
「エドワード様!?」
何かを言いかけていたエドワード様が突然、頭を抱えて苦しみ出した。
(ま、また!?)
「エドワード殿!」
お父様もエドワード様に駆け寄る。
だけど、エドワード様は頭を抱えて苦しそうに唸るだけ。
慌てて医者を呼び、ニフラム伯爵家に連絡するもエドワード様はただただ苦しそう。
「エドワード様! しっかりして下さい、エドワード様!」
「ゔっ…………チェ」
「エドワード様!」
私はまたしてもひたすらエドワード様を抱き締めている事しか出来なかった。