12. 会いたかった人
「エドワード様に会いたいーー!」
「まだ、駄目だ。大人しくしていなさい!」
「お父様の意地悪ー!」
イリーナ様から暴行を受けてから、エドワード様の所に行くだけでなく全ての外出まで禁止になってしまった。
──はっきり言わせてもらうわ。このままでは身体が鈍る!
(エドワード様が無理にでも動きたいと言っていた気持ちが今ならすごーーく分かるわ)
こうして、エドワード様に会えない鬱憤をお父様にぶつけるのが私の日課となりつつあった。
「お父様! ほら、もう、頬の腫れは引いたわ!」
「駄目な理由はそれだけじゃない!」
「……」
もちろん、分かっているわ。
お父様はイリーナ様のケルニウス侯爵家に抗議する事が出来ず泣き寝入りしている状態だから、今、私が不用意に外に出る事を警戒している。
(イリーナ様のあの調子ではまた何をしてくるか分からないものね……)
そう。だって、二度目に叩かれた後……
─────……
「ふんっ! 生意気な事を言ってそんな目で私を睨むからですわ!」
「……」
「さぁ、アリーチェ様、今すぐここで私に誓ってくださいな?」
「……誓う?」
私は叩かれてヒリヒリする頬を押さえながら彼女を見上げる。
さすがに、二度も同じ所を叩かれるとなかなか痛い。
「もちろんですわ! エドワード様とは婚約破棄をする、とね。簡単でしょう?」
うふふ、と笑うイリーナ様の目はとてもじゃないけれど正気には見えなかった。
こんなの頷けるはずがない!
「い……」
「失礼します! お嬢様ーー!! 大丈夫ですか??」
「ちょっ……何なのあなた達! 勝手に侵入して!」
───嫌です!
と言いかけた時、マリサが人を連れて部屋に突入してきてくれたので、結局、誓ってという話はそのまま有耶無耶になってしまった。
そして、そのまま追い出されるように我が家から出て行ったイリーナ様だけど、その目は、決して諦めてなどいなかった。
─────……
(つまり、彼女はエドワード様を諦める気は無いし、きっとまた私にも何かしてくるつもりがあるという事……)
「でも、お父様。エドワード様にもこの件は報告した方がいいでしょう?」
もちろん、そんなのただの口実。何でもいいからエドワード様に会いたい。
この間までは当たり前のように傍にいられたのに!
また苦しんだりしていないか顔を見て確認して……安心したい。
(記憶喪失前に素っ気なくされていた時だってもっと会えていたわよ……って、違うわね。私が押しかけていただけ……)
「いや、その点は心配ない」
「どうして? ニフラム伯爵家も何かされてしまうかもしれないわ」
エドワード様が危険に晒されるのは嫌よ!
絶対、絶対、イリーナ様の頭の中おかしいとしか思えないもの!
「ニフラム伯爵家とはとっくに話をしている。と言うより、先に怪しいと気付いたみたいでこっちが何か言う前に向こうから確認に来た」
「確認に来た……? どういう事です?」
私が首を傾げるとお父様は言った。
「毎日、ニフラム伯爵家の者が我が家にアリーチェが無事かどうか確認に来るんだよ」
「……え?」
「エドワード殿の命令らしい」
「エドワード様……が?」
私を心配して? わざわざ人を寄越しているの? それも毎日?
「そうだ。いつもは使いの者がこっそりお前の無事な姿を確認して帰るだけなんだが……せっかくだ。今日は会っていくか? 多分、そろそろやって来る時間だぞ?」
「…………」
「何だ? アリーチェ。黙り込んだりして。お前らしくな……ってどうした!? 顔が赤いぞ!?」
お父様が私を見てギョッとして慌て出した。
「だ、だ、だ、だって、お父様……! エド、エド、エドエドワード様ががが!」
「エドエドワード!? 落ち着け、アリーチェ! まるで壊れた機械みたいになっている!」
「むむむ無理ですすす」
だって、エドワード様が私を心配してそんな事までしてくれていたなんて……嬉しくて嬉しくて仕方がないんだもの!
「アリーチェ! お前のそんな姿を見たら使者殿が心配してしまうではないか! あぁ、そうこう言っているうちに今日もやって来たみたいだー……」
「!」
お父様に言われて気配を辿ると確かに玄関に人がやって来たのが分かる。
それならば、私はもうこんなに元気なのよ、とエドワード様に伝えてもらわねば!
そう思って未だに火照る頬を押さえながら、どうにか気持ちを落ち着けてシャンと背筋を伸ばした時だった。
「───アリーチェ!」
(…………え?)
部屋の扉方向から聞こえて来た、聞き覚えのある声にびっくりして勢いよく振り向く。
「エドワード様!?」
どういう事? 私の様子を見に来ているのはニフラム伯爵家の使いの者では無かったの??
もしかしてお父様嘘ついていたの!? と、思ったけれど、エドワード様の登場にお父様も口をあんぐり開けているから、どうもこれは予想外の事らしい。
「アリーチェ、会いたかった!」
エドワード様は、私の元に駆け寄ってくると私の手を取って笑顔で言った。
「ようやく、ようやく外出許可が降りたんだ」
「!」
「だから、真っ先にアリーチェに会いたくて飛んで来た!」
「エドワード様……」
久しぶりに見るエドワード様の顔を見て私は思わず涙が出そうになる。
(私も会いたかったの……)
そんな思いが溢れてしまって、私がギュッと抱き着くとエドワード様の慌てた声が頭の上から聞こえた。
「アアアアアリーチェ! どうしたっ!?」
「……」
(すごい名前になってる。ふふ、さっきの私みたい)
そんなエドワード様の動揺している様子に思わず笑がこぼれる。
「エドワード様が元気になられた事が嬉しいのです」
「うん……ありがとう。でもごめん。記憶の方はさっぱりだ」
「それでも……です」
エドワード様の記憶……その点に関しては未だに私の心の中も複雑だから。
「……アリーチェ、顔を見せて?」
「顔ですか?」
エドワード様に思いっきり抱き着いていた私がそっと、顔を上に向ける。
すると、エドワード様の優しい瞳と目が合った。
ドキンッと私の胸が高鳴る。
「アリーチェ……ごめん。本当にごめん」
エドワード様は悲しそうな表情になると、そう言いながらそっと私の左頬に触れる。
──そこはイリーナ様に叩かれた場所。
使いの者を我が家に派遣しているくらいなのだから、私に何があったのか全て知っているのだろう。もしくはお父様から聞いている。
「……俺は君が酷い目にあっていたのに何も出来なかった……それに、そもそもこんな事になったのはー…………むっ!?」
私は自分の人差し指でエドワード様の口を塞ぐ。
「エドワード様のせいじゃないですよ…………多分」
「……多分って」
私の言葉にエドワード様の力が抜けたのが分かる。
「そこはエドワード様の記憶が戻らないと何とも。それでも、エドワード様のせいではないと、私は思っていますから」
「アリーチェ……」
「全てイリーナ様が暴走して勝手にした事です」
「……」
「少し痛かったですが、大丈夫です。ほら、もう腫れてもいないでしょう?」
私がそう微笑んで叩かれた頬を見せると、今にも泣きそうになった顔のエドワード様がギュッと私を抱き締めてくる。
「アリーチェ、アリーチェ、アリーチェ……」
そして苦しそうに……悔しそうに私の名を呼び続けた。
エドワード様の色んな気持ちが温もり伝わって来たので、私もそっと彼を抱き締め返した。
──
「……お、お前達、親の前で堂々とラブシーンを繰り広げるとは……!」
お父様は抱き締め合う私達の後ろでものすごく苦い顔をしていた……らしいと後で知った。
「……えぇと、それでエドワード様は今日は私の顔を見にいらしたのですか?」
エドワード様の抱き締める力が少し緩まったので、腕の中から顔を上げて訊ねる。
「うん、それとケルニウス侯爵令嬢の事で分かっている事をアリーチェに話をしておかないと、と思ってね」
「あ……」
「聞いてくれる?」
そう口にしたエドワード様の表情はとても真剣だった。