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11. 暴走令嬢について考えてみた

 


「うぅ……痛いー……」


 私は頬に貼られた湿布を交換の為にペリペリと剥がしながら情けない声をあげる。


「……お嬢様、大丈夫ですか?」

「ありがとう、大丈夫よ」


 メイドのマリサが心配してくれる。

 マリサは昨日、部屋で大騒ぎになった私とイリーナ様の異変を聞き取って、真っ先に人を呼び乗り込んで来てくれた。


(まぁ、あれだけ騒げば外には丸聞こえよね)


「マリサが、来てくれて助かったわ」

「お嬢様……」

「そうでなかったら、もっと叩かれていたはずよ」


 二度叩かれただけでもこんなに痛いのだから、それ以上は勘弁して欲しい。

 そんな事を考えていたらマリサがフルフルと身体を震わせ悔しそうに唇を噛み締めている。


「……お嬢様、私は納得いきません」

「マリサ?」

「どうして、ケルニウス侯爵家(あの女)に抗議が出来ないのですか!?」

「……」


 それは我が家が伯爵家で格下だからよ……

 密室の出来事でもあったのではっきりと証言出来る人もいない。訴えた所で此方が負けて痛い目を見るのは明らか。


 “残念だがこちらから訴える事は……出来ない”


 イリーナ様を何とか追い出した後、お父様は悔しそうな顔をして私にそう言った。

 その事に驚きは無い。イリーナ様はそうなる事を全て分かった上で訪ねて来て、あんな振る舞いをしたのでしょうから。

 せこいわー……


「……そんな事より。伯爵家に行けなくなってしまってエドワード様、心配しているかしら」


 以前の彼ならともかく今のエドワード様は、私が伯爵家に行けないという連絡を聞いて凄く心配してくれそう……いえ、しちゃいそう?

 

(自分が無理させたからかも……なんて変な方向に思い込まないと良いのだけど)


「そんな事って、お嬢様! お嬢様はあの女に叩かれているんですよ!? 頬だってこんなに腫らして」

「そうね……叩かれてしまったこの顔のせいで腫れが引くまではエドワード様には会いに行けなくなってしまったわ。本当に迷惑よね」

「え!? いえ、そうではなくて…………って、ダメだわ。あぁ、もう! 昔からですけど、相変わらずお嬢様の頭の中はエドワード様の事しか考えていない……!」

「何を言っているの?」


 マリサがハァハァと息を切らしてガックリと肩を落としている。


「だって、私みたいにすぐ治る怪我よりもエドワード様の事の方が心配なんだもの。頭痛だってまた起きてしまっていたらと思うと落ち着かなくて、今すぐ部屋を飛び出して伯爵家に向かってしまいたい気分よ」


 私のその言葉にマリサは呆れた目を向ける。


「……それですが。お嬢様はエドワード様の浮気を疑っていないのですか?」

「浮気?」


 私が首を傾げるとマリサの声に熱が入る。


「昨日、少し話が聞こえてしまいました……あの女は婚約後にエドワード様が急にお嬢様に対して素っ気なくなったのは自分と恋人になったからだと言っていましたよね?」

「……」

「エドワード様が浮気をした……そのせいで乗り込まれてこんな事になったのでは?」


 少しと言う割にはガッツリ聞いている気がするのだけど。


「マリサ。それは違うわ。それから、エドワード様の事を悪く言わないで」


 私は少しきつめの声を出しつつ、首を横に振る。


「ど、どうしてですか? どうして、そんなにエドワード様の事を信じられるのですか?」

「そうね、浮気……私も確かにその勘違いはしたわ」

「……!」


 マリサが、ほらやっぱり! という顔をする。

 でも、私は再び首を横に振る。


「でも、違うのよ」

「……違う?」

「もちろん、エドワード様から以外の言葉は信じたくないっていうのが一番の理由だけれど……」

「けれど、何ですか?」


 私は静かに微笑む。


「だってイリーナ様が言っていたんだもの。エドワード様は“相変わらず素っ気ない”って」

「は、い??」


 マリサにはこの意味が分からないらしい。

 

「だっておかしいじゃない? 本当にイリーナ様がエドワード様の恋人だったなら、なぜ、エドワード様は恋人であるイリーナ様に対してまで素っ気なくする必要があるの?」

「え?」

「本来のエドワード様の性格を考えれば、恋人にする態度ではないと思うのよ」

「本来の性格……」


 マリサの表情を見る限りどうもしっくり来ないみたい。


「マリサはエドワード様の事をそこまでよく知らないから、ピンと来ないかもしれないけれど……本来のエドワード様って凄く優しく笑う人なのよ。あのね? 甘く甘く見つめて微笑んでくれるの。もうドキドキが止まらないんだから!」

「お、お嬢様。話がズレ……いえ。そ、それは……惚気……ですか?」

「惚気?」


 マリサったら、何でそんな呆れた目で私を見るのよ。

 惚気ではないわよ。事実よ事実!

 記憶喪失になって、婚約者である女性を大切にしようとするエドワード様の本来の姿を語っているだけなのに!

 

「いえ、でもそれなら婚約者であるお嬢様の目を気にして、わざとあの女に素っ気ない態度を取って誤魔化していたっていう事も……」

「もしそれなら、疑われないように逆に私に対しては今まで通りかもしくは優しくするでしょう? 私への態度が変わった事は謎のままとなるわ」


 つまり、イリーナ様への態度は私の思うエドワード様の特別な人に向けた態度とは違う。


「私がエドワード様の本命の相手の有無や浮気を疑うなら、その相手は、彼が“特別に優しくする人”よ」

「優しくする人……」


 私は頷く。


「イリーナ様が“あなたに向ける顔とは違って私には甘く優しい顔をしてくれるのですわ”なんて口にしていたら私も違う! とは言えなかったかもしれないわね」

「お嬢様……」

「だから、その他の話はともかく、彼女の言っている恋人同士と言うのは少なくとも嘘なのよ。実際証拠も何も無く、口だけだったしね。おそらく私にショックを与えて身を引かせようとしたのでしょうけど……甘いわ」

「……」

「本当に私を傷付け追い詰めたいのなら、エドワード様とやり取りしていたという手紙でも持って来て、“ここに愛の言葉が書いてありますわ!”くらいはしなくちゃ。多分書かれた物は無いと思うけどね」

「……」

「プレゼントの話もそうね。本当に貰った物があるなら、むしろあの時、私に見せびらかしたっていいはずなのに! 実際貰った物なんてないんじゃないかしら?」

「……」

「デートもそうよ。いくら、行先が街とはいえ、こっそり出掛けたってどこかでバレて噂の一つや二つ広がるものよ。でも、そんな噂聞いたことが無い。誰もその事で私を貶めようとしないのだから、そういう事でしょう?」

「……」

「そもそも、私に手を上げたのも、反論されて嘘だって見破られてどうにもならなくなったからでしょうし!」

「……」

「はぁ……全く! 幼馴染と、長年の片思いを舐めないで欲しいわ」

「お……お嬢様……」

「どうしたの? マリサ。 顔色が悪いわ?」


 なぜ、そんなに顔を引き攣らせているの?

 もしかして私、一人で喋り過ぎたかしら??


「いえ、お嬢様って逞しかったんだなぁと……」

「えぇ、どこが? 普通でしょう? 本当に逞しい人に失礼だと思うわよ」


 私がそう答えたら、マリサはため息を吐きながら、

「だから、いくら好きだとしてもあんな態度のエドワード様の婚約者をめげずにやって来れたのですね……」

 と、呟いていた。




  この時、マリサと部屋でそんなやり取りをしていた私は、ニフラム伯爵家の人間がエドワード様の命を受けて訪ねて来ていた事を知らない。


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