15_指名依頼 護衛編その3
昼下がり、緩やかな坂道を二匹の四足歩行のジャクダと呼ばれる動物が引く四輪の荷車に乗って移動していた。
荷車のサイズはかなり大きく、荷物もかなり詰め込まれ、さらに女商人エルー、デュラアーとクアクーラの護衛二人、ディープ、エナ、ノインと計六人乗せていた。歩く速度よりも早く、駆け足気味でジャクダは走る。ディープはジャクダの見た目は、馬のようだなと思っていた。ただ違うのは毛並みが長く、顔つきは細長くなかった。
盗賊などの索敵はノインがおこない、矢などの飛来物に対してはエナが対応する事に割り振られた。ディープは特にすることもなく、荷車に揺られながら外の景色を堪能していた。
(そういえば、エナのスキルについて教えてくれるという話忘れた)
腰に帯剣しているショートソードに触れながら、あの時の会話を思い出していた。剣の刃に闘気を這わせると言っていた事だ。その時は疑問に感じなかったのだが、ディープはその意味を理解していたものの、ノインが的確にそれを見抜いていた事だ。
(他人の闘気を感じる事が出来るって事は、正確に相手の体格すらも把握できるんじゃないか?)
人から発せられている気配というのは熟練の戦士になるほど過敏に感じ取る事ができる。ディープは明らかに相手を殺す気配を纏った闘気を刃に乗せていた。闘気というのは、内なる力を、意思によってある一定の力を外部に放出し指向性を持たせた力である。基本的には不可視であり、濃縮された闘気は空気を歪ませると言われているが、ディープはその境地に至ってはいない。
ディープはそのことから、ノインが相手を正確に把握できる能力を持っている事に驚愕と感嘆するのだった。
(それはさておき、エナのスキルについて聞いておこう)
気持ちに余裕が出来たのもあり、エナにその件を聞こうとした所、ノインが手を上げ、指で方向を示した。
「敵の気配察知、あのカーブのあたり、影に潜ンでる」
その言葉を聞き、女商人エルーはジャクダにゆっくりと止まるように指示し、ノインの方に他に側面や後ろに盗賊がいないか、確かめた。
「それじゃあ、討伐任せた」
「了解」
「ノイン、何人くらい?」
「七人だな」
「チッ、さぁてやるか」
「行くか」
ディープ、エナ、ノインは荷車から降り、街道を先んじて進む。盗賊たちは待ち伏せしてるのがバレたことがわかったのか、ぞろぞろと街道に姿を現す。ちょうど七人、どれも目つきが悪く、着ている服も汚れ、身なりが悪かった。
装備しているものはディープと同じようなショートソードだが、明らかに劣化しているものだった。ディープはするりと剣を抜き、エナとノインと横一列になって盗賊を相対した。
「そういえば、ディープにオレのスキルについて説明するって話したよな」
エナは歩きながら腕を突き出し、手のひらを下に向けていた。その奇妙な仕草にディープは一瞬目を奪われ、迫ってくる盗賊の頃を忘れてしまうのだった。
「心創剣」
音もなく、手のひらから刃が透明な状態から次第にちゃんとした鉄の刃へと代わっていった。地面に伸びきる頃には、剣の柄が現れ、エナはそれを逆手で手にしていた。
「これがオレのスキルだ。心が折れない限り、刃も折れず。心が錆びない限り、刃も錆びず」
盗賊たちはエナが出した剣に一瞬うろたえていた。数では勝っており、迎え撃ちに来たのはディープ、エナ、ノインの三名。対して七人であるため、勝機を感じていた。
だが、エナのスキルによって出された剣が彼らにとって正体不明のスキルであったのもあり、動揺してしまったのだった。
「先に行かせてもらうぜ」
エナはノインとディープに告げると、一足飛びで盗賊たちの眼の前に移動した。
(は、はやっ!)
エナはただゆっくりと歩いている姿勢から、瞬時に盗賊たちの前へと動いたのをディープは目で追えていたものの、その速さに驚いてしまっていた。
(ボクも!)
ディープも遅れながらも盗賊たちを退治するために剣を構え、走った。エナのような瞬発力は出さなく、ノインと歩調を合わせての事だった。
盗賊たちとの距離にして三十メートル、エナがその距離を詰めれたのは彼が履いてる靴だった。遺跡で発掘した靴であり、闘気を込めると装着者の闘気量によって瞬時に移動できる遺物だった。
すでに戦闘が始まり、エナは回転しながら、剣で盗賊たちを切り刻んでいた。乱戦であるため、急所のみを狙って一撃で終わらせる戦い方ではなかった。
「ディープ、急ぐぞ。全てエナに持っていかれると後でうるさいからな」
「わかった」
ディープはエナとは違い装備が遺物の靴ではないが、足に闘気を込め、似たような形で盗賊との距離を縮めた。ノインは正拳突きの構えをとった瞬間に盗賊の一人の脇腹に拳を撃ち込んでいた。ディープよりも早く移動し、一人倒したのだった。
「遅いぜ」
「お前も一人しか倒してないだろ」
ディープは焦りを感じるものの、遅れて盗賊の一人の首元を切り伏せる。運よくエナとノインの方に意識がいっていたからだった。
「フッ、お待たせ」
ごろりと盗賊の首が転がり、残った盗賊五人らが先ほどとは違う殺気を醸し出したのだった。
「遅いぜ、って」
エナの心創剣が左手から瞬時に現れ、盗賊の首を胴体から切り離した。
「まあ、こういう事も出来るんだなぁこれが!」
エナは両手に剣を携えて、ギョッとしていた盗賊の一人の首を刃を交差させ、斬った。
残り四人の盗賊は明らかに手を出してはいけない相手だと悟るのが遅れ、気が付いたら命を落としていたのだった。
ノインの回し蹴りによって、首の骨を折られ死亡した盗賊。
ディープの首を狙った薙ぎ払いをショートソードで受け止めようにもそのまま剣ごと斬られた盗賊。
盗賊二人は同時にエナを仕留めようと攻撃したが刃が伸びた心創剣によって胸を突かれていた。
どさりと地面に死体として倒れる音が重なり、あっという間に処理されたのだった。
「雇って正解だった、エナとノインの評判は知っていたけれど、あのディープという者も強いね。これは報酬の上乗せしていい縁にしないと」
荷車から女商人エルーは、その戦闘の一部始終を見て呟きながら笑顔になっていた。護衛の二人は無表情であたりを警戒しながらも戦闘を気にしていた。
「強いな」
ボソリとデュラアーが呟くと、クアクーラは頷いていた。