14_指名依頼 護衛編その2
夕方になり、ディープ、エナ、ノインは待ち合わせの一番大きな飯屋に向かう。エナはその飯屋を知っていたのか、道に迷わずその飯屋に到着する。
中に入ると鼻孔を刺激する肉と香辛料の香りが充満しており、ディープはその嗅ぎ慣れない香りに一瞬だけ顔をしかめるものの、好奇心を刺激されていた。
店内は活気があり、誰もが笑顔で談笑しながら料理を楽しんでいた。
エナが店員と待ち合わせをしていることを話すと奥の仕切られた場所に案内され、ちょっとした個室に通された。個室といってもそれなりの広さがあり、その中央に大きな楕円形のテーブルに十人ほど座れる椅子が設置されていた。
フードを被った素性がわからない者が一人、冒険者ギルドで話しかけてきた大男のデュラアーと大女のクアクーラが両脇に座っていた。
「依頼を請けてくれてありがとう、さぁさぁ、座ってくれ」
(声からすると女性、か)
「それじゃ、失礼させてもらうよ」
エナが対面に座り、左にノイン、右にディープと腰掛ける。
ディープはなぜフードを被ったままなのか、気になっていた。大きめのフードで頭をすっぽりと隠しており、口元から下が見える程度だった。
「一応適当に料理は頼んである。あ、ここは奢るから安心してね。
するとすぐに料理が運ばれ、テーブルの上に並べられていった。まるで来る時間すらも予測していたかのようなタイミングだった。
出された料理はアレーサ半島ではよく食されているものだった。薄焼きパン、肉の串焼き各種、薄切り肉、野菜に肉詰めされたもの、野菜を真四角に切られたサラダといったものが並べられていた。どれもディープにとっては馴染みのない見た目のものであったが、ゲテモノという類のものではなく安心していた。
「さぁて――」
「その前に、依頼内容を確認したい」
エナが料理に目もくれずに発した。ピリッとした空気が一帯を包み込んだが、相手は頷き、先ほどとは違う雰囲気と口調で依頼内容を話した。
「依頼内容を説明する。この町から貿易待合所キングスペイまで盗賊が襲ってきたら対処してほしい。すでに知っていると思うがこの二人は護衛を依頼している。君たちは盗賊の対処を優先した依頼だ。長くて三日程度だ、途中キャンプ地を経由してだ」
フードを外し、顔を見せる。ピンとした耳が露わになる。
「報酬はクレジット後払い、盗賊討伐有無に関わらず一人二万出す」
(エルフか…‥)
ディープはその耳の特徴からエルフだと把握したのだった。耳は斜め上に尖っており、見た目と年齢は当てにならないと思っていた。
「エルー・カッツヒだ。カッツ&ヒットの紹介に属している。改めてよろしく」
その女商人は笑顔をエナに向け、エナはそれに納得したのか頷いた。
「誰かと思えば商会の若きエースと呼ばれてるエルーさんかぁ、それにしたってどうして?」
エナは依頼をどうして自分たちに指名したのか、質問した。
「最近、何かときな臭い事が起きている、っていうそれだけの理由だよ。それだけ」
「きな臭い、ね。商人がそう言うンなら、何かしら憶測はもう立ててそうだな」
ニコニコとそのエルフの女商人はするだけで肯定も否定もしなかった。
「それより冷める前に食べよう、あ、細かいマナーとかはそのあたりは気にせずって事で」
「年長者から先に、とか?」
エナが意地が悪く突っかかった。
このアレーサ半島では、食事の際に年長者から最初に料理に口を付けた後に、周りが食べるという文化がある。そのため、エルフという精霊種は長命であるため、見た目と年齢が違い長生きなのだ。
「エナくん、君は中々そういう事を言うんだね。あ、肉とか切るのにナイフ使う?」
エルフの女商人エルーは置いてあった肉を切り取るナイフを持ち、エナに手渡そうとする。ピリリとした空気が流れ、左右の護衛のデュラアーとクアクーラは腕を組み、ため息をついていた。
「えぇ、それ受け取ったら決闘しなきゃいけないから、遠慮しておくよ」
この地方では、ナイフを手渡しで受け取ると決闘をうけるという意味合いを持っていた。ディープはそのことを知らず、この二人のやり取りが関係が長いのか知り合い同士にあるジョークだと思っていた。
「よし、冗談はこのあたりにして食べよう」
「エナ、お前は食った後でオレの訓練に付き合ってもらうぞ」
「ゲッ、いや冗談って流してくれだろ?」
「それとこれは別だ」
女商人のエルーはクククッと笑いながら、薄焼きパンを手に取り、ちぎって口に入れ肉串焼きを頬張った。すると護衛の二人も料理を口にしていった。
「あ、そうだ。出発は明日だ。キャンプ地での食料とかはこっちで用意してある。その代わり、料金分はしっかり働いてくれよ」
ディープは頷くとエナもノインも頷く。そして出された料理を楽しむのだった。
最初こそは香りと見慣れない見た目の料理であった為、躊躇したディープだった。取り皿やフォークなどがあり、それらを用いて食すことが目の前の女商人エルーからわかったのだった。薄焼きパンだけは手づかみでとり、適当にちぎって口に運ぶものだと知り、同じように食した。
(まるでピザの耳のような触感だな……うん、この肉は香辛料が効いていて美味いな)
元いた世界の食事と類似した食感を思い出しながら、各料理を楽しんでいた。だが、さすがに香辛料が効いている為、喉がやたら乾くのだった。
(何か飲み物をッ)
喉が焼ける、とまではいかないが口の中が渇いていっていた。目に入ったのはお茶であり、すぐさま喉に流し込んだ。
「まあまあ、慌てずとも料理はたんまりあるからね」
「なんだ? そんなに食いしん坊だったか?」
女商人エルーとエナにからかわれるものの、片手で制し、頭を下げるディープ。その反応にへぇと感嘆の声を上げ、エナは片眉を上げるといった仕草をした。
みっともない真似をした事に場を濁らせた謝罪をした仕草が教養があると情報を与えたからだ。
(この飲み物は紅茶だったのか)
意図せず出てしまった仕草によって、ディープが冒険者らしからぬ存在であることが伝わったのだった。護衛二人はそれを見ながらも黙々と食事を続けていた。
「美味だったもので、つい口に運び過ぎてしまいました。ノイン、そっちにある紅茶のポッドをとってもらえるか?」
「ン? ああ、ティーのおかわりか、ほらよ」
ディープが口にした紅茶という言葉はノインにはティーと聞こえていた。その後も料理を楽しみ、解散となり各々宿屋にいき、明日に備えた。エナとノインは宿屋の裏手で格闘訓練をしていたのだった。
「おい、ノイン。何も明かり無しでやるのは――おい、ちょ!」
「目が見えないから関係ねぇな。お前もうちょっと言動どうにかしろ、よっ!」
ディープは宿屋の一室から二人の訓練を見ながら、料理の味を思い出すのだった。
(美味かったな……)