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066 今はいつかの誰かとして

「どうしてなんだ」


 自覚はあった。今のこの状況を招いたのは、巡り巡って俺のせいでもあるって。


「どうしてお前が、そっち側に立っているんだよ」

「あァ?」

「背いて、楯突いて、刃向かって。違うだろ。そうじゃなかったはずだろ。お前はいつでも僕の後ろにいて、僕に黙って従う。それがお前だった!それが正しい在り方なんだよ!間違っているんだ、今のお前は!」


 拒んで、遠ざけて、溝が出来て。

 そのまま放置してたツケだ。ヒイロの今までを精算しなかった、俺の自業自得でもあるんだろう。


「言いたいことはそんだけか?」

「!」

「甘ったれんなよ。テメェのやってる間違いには目ェ曇らせたまんまで、なにを正しさを説いてやがる」

「間違いなものか!そうだ、お前をおかしくしたのはそこの魔女だろ?だから僕は正す為に行動したまでだ!曇ってなんかいない!」

「馬鹿野郎が。俺がテメェと決別したのは、テメェのやり方を認められなくなったからだ。シュラが原因な訳ねぇだろ」

「ぼ、僕のせいだって言うのか!」

「っっ──テメェと俺のせいだっつってんだ!」


 

 だから、お前のせいだって言われても否定は出来ない。

 でも。だからこそ今のお前を許してやれるかよ。



「だから、ここでケリをつけてやる。どうしようもねえろくでなしだった、俺の今までになァ!」

「ふ⋯⋯ふざけるなぁぁぁぁ!!!!」


 絶叫と共に切りかかってきたルズレーを、真正面から凶悪で受け止める。感情を剥き出しにした、見たこともない形相だった。

 だが、そんなもんにビビってなんかいられるか。


「ふざけてんのは、テメェの方だ馬鹿やろォォォォ!!!!」


 ああ、それにさ。俺だって頭に来てんだよ。

 今までそんな機会もなかった。だからほんとに知らなかったよ。

 ボロボロになったシュラの姿を見て、はじめて知ったんだ。


 "仲間"が痛めつけられると、こんなにも腹が立つんだって。





◆ ◆ ◆




(じょ、冗談じゃねえぞ!ヒイロはともかく、あのクソやべえ教官が敵に回ってるってのかよ!)


 ショークは焦っていた。

 旗色の悪さから息を潜めていた彼は、シドウの恐ろしさをまざまざと見せつけていた。


「この無礼者!貴様という男はどうして我らを目の敵にするのであるか!」

「汚職、贈賄、恐喝、不正。貴様らが為す事のいずれもが裁かれるべき事ばかりだからだ」

「お、おのれ。な、ならばいっそ貴様も我ら貴族派に加えようではないか!どうだ、貴様ほどの武人ならば相応の褒美を約束するぞ!?」

「────(だっ)!!」

「ひいいいい!?」


 シュラが倒した二人と、ショークとルズレーとパウエルを除いた六人は、混乱の最中に彼によって一気に叩かれていたのだ。

 試験の時とは明らかに違う気迫。まさに剣鬼。パウエルが降されるのも時間の問題だろう。


(無理だ。あの貴族とじゃモノが違う。このままじゃ全員とっ捕まんのがオチだ)


 ならば取るべき選択肢は一つだった。

 このままルズレーと共倒れなどあり得ない。早々に見切りをつけた小悪党は、息を潜めたまま出口へと忍び足で向かう。


「逃げるつもりかい?」

「!?」


 しかし、暗き思考を見通すからこそ明晰なのだ。

 撤退を企てたショークの前に立ち塞がったのは、クオリオであった。


「て、テメェ⋯⋯いつの間に!」

「ヒイロほどじゃないけど、僕も僕で、君とルズレーには借りがあるんでね」

「く、クソッ!昔の恨みを引きずりやがって、女々しい奴が!」

「⋯⋯性格が悪い自覚はあるさ。だからこそ、同じような腐った奴には嫌悪感が湧いて仕方ないね」


 眼鏡の奥で尖るのは、かつてヒイロに向けたような憎悪ではなかった。心の底からの軽蔑だった。


「このヒョロガリ眼鏡が。大体テメェは、なんでアイツの味方をしてやがる!」

「ん?」

「テメェをからかったのはアイツも同じだろうが!」

「⋯⋯ああ、そうだね」


 ショークの指摘に、クオリオは同意する。

 確かに自分は当初、ヒイロを強く拒絶した。踏み入ってくるなと厚い壁を敷いていた。


「でもヒイロは謝ったんだよ。地に額まで擦ってさ。挙げ句、僕の無理難題の為に泥だらけになって。恨むには女々しいくらい昔の話なのに。そこまでしたんだ、あの馬鹿は」


 けれどあの馬鹿野郎はこっちの心境などお構いなしで、壁をぶち破ったのだ。


「だけどまあ、僕みたいな偏屈家には、あれくらいの馬鹿の方が居心地が良いんだ。ひょっとしたら、友達って呼んでも良いのかも知れない」


 多分⋯⋯許す、許さないじゃない。

 観念したのだ。こういう馬鹿にはなに言ったって無駄だろうから。(わだかま)る気持ちに見切りをつけて、自分も馬鹿になることにして。

 それからの日々が、楽しくて仕方なかったから。


「なあ、ショーク・シャテイヤ」


 だから、クオリオは想う。

 もう少しこの日々を続けたい。それでも暗雲が覆うならば、緑の魔術師らしく吹き晴らしてみせようと。



「僕が⋯⋯"友達"の味方をして、いったい何が悪いんだ!」   



 緑閃光が、流星の如く夜を駆けた。





◆ ◆ ◆




「なんでだっ!」


 軌道は幼く、受け止めずとも避けられるような直線だった。


「どうしてこうなる?!」


 けれど受け止めた剣戟は、重心だけでなく、心ごとぶつかるような厚みがあった。


「なんで勝てない!なんで逆らう!なんで裏切る!どうしてお前は、僕と戦ってるんだよ!」


 (わめ)き散らして、ルズレーはひたすらに剣を振る。

 錯乱してる訳じゃない。本心なんだ。全部剥き出しなんだ。

 まるで思い通りにいかない事に泣き叫ぶ子供だった。

 ヒイロ・メリファーとルズレー・セネガル。

 俺の知らない物語が確かにあったことの証明のように、ルズレーは訴える。

 俺が奪ってしまった未来を、むざむざと突き付けている。


 でもな。

 なんでだなんて、こっちの台詞だよ。

 どうしてって、俺が言いたいよ。

 おまえ、ちゃんと強いじゃんか。素質あるじゃんか。

 しっかり鍛えて磨けば、立派の騎士にだってなれるかも知れないのに。

 どうして、あんなやり方しか選ばなかったんだ。


「変わったからだ」

「嘘だ。変われるもんか。そんな簡単に!」

「簡単じゃねえよ。だが出来ねぇことでもないだろ」

「で、出来るはずないだろ、今更⋯⋯!」

「ハッ。変われた奴が目の前に居ンだろうが!やる前から否定してんじゃねえ!」

「⋯⋯うるさい!うるさいっうるさいっうるさいっ!!」


 俺だって苦労した。村や学園だって白い目で見られたし、今も騎士寮じゃ俺の事を毛嫌う奴だっている。どの面下げて騎士になったって言う人だって居た。

 でも、少しずつ俺を認めてくれてる人達だって居るんだ。気軽に挨拶を交わせる仲になれた奴だって。

 なにも、俺だから出来た事じゃないはずだ。


「お前が僕を、否定するなぁぁ!!!」


 だから。


「テメェだって変われんだ。それを分かれよ、ダチ公」

「か、は──」


 今は、熱海憧でも、騎士ヒイロとしてでもなくて。

 ヒイロ・メリファーとして、ルズレーに拳を叩き込む。

 呻きながらも俺の肩へともたれたお前に、囁く。


「一足先を走ってやる。付いて来てェなら、好きにしな」


 変わろうとするのに、遅いなんてことはないはずだって。


「ヒイ、ロ⋯⋯僕は⋯⋯⋯⋯、────」


 意識を闇に落とす間際、何を言いかけたのかは分からない

 けれどもあの歪んだ形相は、今は穏やかに眠りについて。



 そんなルズレーの顔を、淡い月の光が照らしていた。



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