050 凶悪
《んー。寝てる間に、なにさこの状況。というかキミだれ?なんでボクを握ってて平気なの?》
(⋯⋯え、なに。なんだこの声。どっから聞こえてんの⋯⋯?)
《ちょっと、もしもーし。なにキョロキョロしてるのさ。此処だよ此処。さっきからおにいさんがにぎにぎしてるのがボクだよ》
(にぎにぎって⋯⋯は?ひょっとして、この鉄パイプか!?!? いやいやいやそんな馬鹿な喋る鉄パイプってなんだよそのパワーワード意味わっかんねー!)
拝啓女神様へ。正直、急展開過ぎてついていけません。
たまたま足元に転がってた鉄パイプ掴んだら、鉄パイプが喋りだすってどういうことなの。どういう偶然よこれ。
《うわわ、うっさいなぁ。あんまり大声出さないでよ、ボク寝起きなんだってば》
(す、すまん⋯⋯じゃなくって!え、なに、お前って妖精か何か?それともなんかのレアアイテムとかそういう系?そんなもんがあるなんてクオリオ教えてくれなかったけど!?)
プリプリと不満を俺の脳内にぶち撒ける鉄パイプさん。本当なにもんですかあなたさまは。
いや、もしかしたら聞き逃してきた数々の薀蓄の中にも、こういう類に言及してたのかも知れんけど。
にしても喋る鉄パイプって。なんだかミスマッチ感が凄いよね。
(つか⋯⋯さっきから俺、言葉発してないじゃん。なのになんでこいつは──)
《聞き取れるのかって? そりゃそうだよ、ボクと意思疎通するのに言葉なんて要らないし》
(テレパシーってことか?なにそれ格好良い)
《へへーん、でしょでしょ⋯⋯って、うわわ、ちょっとっ、前!前見てよ前!》
「────!」
「あァ? 前だと⋯⋯ッッ、ぶねェッ!」
ってそうじゃん。今まさに修羅場の真っ最中じゃん!
頬を掠めたシュラの剣を横目に見ながら、流れる冷や汗と血をぬぐう。
いやいきなり奇天烈なアイテムをお目にかかったもんだから、完全に意識をもってかれちまってたよ。あっぶねえとこだった。
《⋯⋯⋯⋯ふーーーーーん。なんだかボク、とっても面白い状況に巻き込まれちゃってるみたいだね》
(いやいやどこが!?俺が言うのもなんだけど、ちっとも笑えない状況だろ!?)
《そう?ボクからしたら抱腹絶倒モノのシチュエーションだけど》
(なんでだよ!精神異常者かなにかかよお前は!)
《あはははは。じゃあ楽しむついでに、ちょっと力を貸したげよっかな。何故かおにいさんはボクを握っても平気みたいだし》
(え。平気ってなんの事⋯⋯ってちょっと待て、力を貸してくれるってマジか?!今ご覧の通り超絶ピンチなんだけど、この状況なんとかしてくれんの?!)
《んーー。それはおにいさん次第かなー?》
なんということでしょう。偶然拾った鉄パイプさんが力を貸してくれるらしい。
いやほんとなぜだよ。こいつは何なのかとか、なんでこんな廃墟に在るのかとか、なんで協力的なのかとか。
なぜなに尽くしだ。さっぱり分からん。
けど、すがれるもんなら藁にでもすがりたいくらいに切迫詰まった現状だ。なんだか都合が良すぎる気もするけど、都合を得意げに振り回してこそ主人公ってもんだろう。
主人公補正万歳。
⋯⋯それに、だ。
「あたしが、護るのよ⋯⋯今度こそ、院長を、みんなを⋯⋯!」
「⋯⋯」(シュラ⋯⋯)
取り憑かれたように対峙するシュラのうめきに、下唇を噛んだ。
思い返せば皮肉にも程がある。シュラ。一目見た時から並外れた存在感を持っていた、俺がライバルだと見定めた女。
選抜試験の際にきっと戦う事になると予想していた。けれど先送りにされた宿命の戦いが、まさかこんな形で迎えることになるなんて。
(⋯⋯あー。鉄パイプさん)
《えー、なにその不細工な呼び方。ボクには"凶悪"って素敵な名前があるんだけど?》
(凶悪って。名前にパンチ利きすぎだって⋯⋯まあいいか。じゃあ凶悪。俺は、ヒイロ⋯⋯ヒイロ・メリファーだ。頼む、俺に力を貸してくれ!)
《まっかせてよー》
それに、昂ぶる気持ちもあったんだ。
ピンチを迎えて新たな力を手にするこのシチュエーション。
これっていわゆる、パワーアップイベントじゃん。
まさに『山場』にして『見せ場』。ここで気張らなきゃ意味がない。
そうだろ、ヒイロ。
そうだよなぁ、俺の生きてきた十八年間!
「我が腕に赤き力の帯を──【アースメギン】!」
投げかけた自分への激励のままに唱えれば、両腕に赤いタトゥーが刻まれる。
迸る力の昂りと、ある仮説の証明に成功した事実に、俺はにやりとほくそ笑んだ。
(いよっし、ビンゴだ! やっぱりあいつの黒魔術、歌うたびに状態異常が更新されるみたいだな!)
シュラが沈黙状態じゃなくなった理由。もしかしたら「歌」による状態異常は自動的に更新されるんじゃないかって予想したんだけどビンゴだったっぽい。
ひょっとしたら洗脳の歌は一人しか対象を取れないとか、もっと別の要因があるのかも知れないけど。
まだこの世界の知識に乏しい俺じゃ、現時点で真相究明なんて無理だ。
(使えるならなんでもいい。こまけえことは気にすんな、だ。集中しろよ、俺!)
大事なのはロジックじゃない。今この目に映る現実だ。気になるなら欧都に帰った時にでもクオリオに聞けばいい。
そう。俺達は帰るんだ。
勝って、シュラを取り戻して、揃って欧都に凱旋する。
それでなくっちゃ⋯⋯誰も俺をヒーローとは呼べないよな。
「さァ、行くぜ凶悪! 反撃の狼煙ィ、ぶち上げンぞ!」
《あいあいさー》
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