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019 この物語の主人公は。


 変な男。

 口の中で転がした批評を(かじ)れば、なんとも言えない苦味が増して、シュラは眉を潜めた。 

 へん。おかしい。奇妙。珍獣。

 目の前の男との、今日一日の中で積み重なった印象の顛末は、そんな似たりよったりで良く分からない所に落ち着いてしまった。


(良く分かんないヤツね)


 初めは失礼な奴だと思った。

 頭一つ分の高さからまじまじと見下ろして、目付きが悪い、という失礼千万な一言から始まったのだ。

 手鏡を持ち歩いていれば叩き付けてやりたかった。身嗜(みだしな)みに頓着しない自分の性格を、初めて後悔したくらいだ。

 好印象など持ちようもない。類は友を呼ぶとも言うし、連れ合いらしき失礼千億な貴族と取り巻きを見れば、覚える価値もないと思った。


『俺は本気で騎士になりに来てる』


 だからこそあの言葉の真剣味が、シュラには意外だった。

 ほんの少し興味心を(くすぐ)られてしまった。つい、らしくもなく悪びれもした。

 けど口だけなら何とでも言える。

 それこそ身飾る鎧ばかりが立派で、中身の欲深い騎士は多い。秘めたる決意と共に辺境から王都に訪れて以降、そういった堕落した誇りをいくつも見ては失望してきたシュラである。

 彼の名前は受け取りながらも、過度な期待はしなかった。


『テメェ、に──勝つまでは⋯⋯終わらねぇッ!』


 そして、あの激闘だ。

 圧倒的強者に対し折れず退かず、意識を手放す最後まで喰らいつこうとする牙狼の如き執念。

 痛ましさを増す度に歯を剥き、絶望的な状況下でも絶やさない勝利への灯火。薄緑色の目を赤鉄に燃やすヒイロを見るたび、シュラは肌が粟立つのを自覚した。


(こいつは。ヒイロは⋯⋯違うのかもしれない)


 富こそ力とする貴族とも。

 潤う為なら平然と媚びへつらう騎士とも。

 騎士という身分保証の為だけに団の門を潜ろうとする平民とも。

 違うのかもしれない。揺るがぬ決意を思わせる目を持った男は、シュラの知る限りでは初めてだったから。


「⋯⋯一つ、聞いてみるけど」

「なんだ」

「どうしてあんたは八百長に乗らなかったのよ。正しくはないけど、利口ではあるじゃない。その選択の方がずっと楽で、確実だった。そうでしょ?」

「ふん。決まってんだろ」


 柄にもないことを聞いてる自覚はあった。

 それでも確かめたいと思った。この男が苦難を選んだ理由を。


「俺は、誰よりも強くなる為に此処に来た。卑怯者になる為じゃねぇ」

「⋯⋯ふーん。誰よりも、ね。あれだけやられといて、良く言えたわね。馬鹿なの?」

「ハッ。そォよ、馬鹿よ。賢くなって結構。嗤われながら指差されんのは慣れてんだ。だが、俺は強くなると決めた。決めたなら、後はやるだけだ。地に這いつくばろうが泥啜ろうが、やってやるってんだよ」

「⋯⋯暑苦しい奴」

「るっせぇ。聞いてきたのはてめぇだろうが、冷血女」


 誰よりも強くなる為に。

 そんな純粋で幼稚じみて、けれど真っ直ぐな答えが返って来るとまでシュラは思わなかった。

 強くなる為なら苦難も厭わない。かといってただ強さを求めるだけじゃなく、語られない奥底に秘めた『何か』がある事くらい、シュラにも察せた。

 

(強くなる、か。そう。あんたも同じって訳ね)


 噛みしめるように、少女は目を閉じた。

 誰よりも強くと謳うヒイロの目の光は、全てを喪ったあの日をシュラに思い出させた。

 


「口だけじゃなきゃいいけどね」

「上等だ。いつかてめぇもこましてやっから覚悟しとけ」

「⋯⋯精々頑張んなさい」

「ケッ、えらそーにしやがって」


 たった半日。顔を合わせた数は片手で足りる。

 でも強烈な男だ。ヒイロ・メリファー。

 笑い方を忘れかけていた少女は、ほんの少しだけ口角を挙げて、同じ心を持つ男に背を向けた。

 意図した生意気な物言いに対するヒイロの抗議も、今は取り合わないで良い。

 きっとまた会うだろうから。

 今度は同じ、騎士として。


(またね、ヒイロ・メリファー)


 終ぞ呼ぶ事はしなかった彼の名を、胸の中で転がす。

 医務室から廊下に出れば、回廊窓から風が吹き、彼女の長い髪を撫でた。

 外では沈み行く太陽が、地平に溶けて雲を焦がす。

 空は、世界は。呑み込むような紅蓮に灼かれていた。








◆ ◆










「あの、副官」

「どうしましたか、ノルン様」

「あのですね。早とちりした反省の意味をこめて、憧さんを送ってしまった世界の原作をこうしてプレイしてる訳じゃないですか?」

「なんという説明口調。しかし、なにを改まって言って⋯⋯もしや、もうクリア出来たんですか?」

「出来る訳ないですよ! だってプレイし始めてまだ二時間程度ですもの。やっと序章が終わったくらいで」

「はぁ。では何用で?」

「いえ、その⋯⋯今のところ、名高いなんて言われるほど鬱な感じがしないなぁって」

「それはまだ序章だからでしょう。それに、主人公の過去は中々に重いものではありませんか?」

「確かにそうですけど、でも過去って言っても匂わせ程度で、描写もまだそんなにですし。思ったよりは重くないのかなぁって⋯⋯や、やっぱりこの後ドンドン辛くなって来るんですか?」

「そうですね。ネタバレはプレイの楽しみを奪いかねませんが⋯⋯第1章から重苦しいイベントが続くそうですよ」

「罰なんですから楽しみも何も無いじゃないですか⋯⋯あぁ、もう、やってやりますよ!」

「その意気です、ノルン様。責任を以って送り出した以上、貴女には是非ともエンディングを迎えていただかねばなりませんからね。

 そう、この⋯⋯!

 プレイストーム5ソフト!CERO「D」17歳以上対象!

「なんでこんなシナリオ作った、言え!」

「歯応えのある難易度。歯が抜け落ちるストーリー」

「拝啓神様へ。鬱展開が癖になった僕をお許し下さい」

「初回限定特典は胃薬だったら良かった」

「大団円ハッピーエンド実装はまだですか⋯⋯」

「本当に、本当に⋯⋯やってくれやがりました」

 というプレイヤー達の阿鼻叫喚抱腹絶倒地獄絵図な感想を多く集め、発売から十年経った今でもカルト的人気を博す鬱ゲーと名高き名作!

 剣と魔法と絶望のコマンド式RPG!

 【灼炎のシュラ─灰、左様倣─】を!」






「なんで宣伝風なんですかぁ! あの! 本当は私の心が痛むのを楽しんでるだけですよね副官!?」

「そんな事ありますん」

「それどっちなんですか!? うわぁぁん!」






 第一章 完結

お読み頂きありがとうございました。これにて第一章完結となります。最後にこっそり鬱ネタ仕込んだけど、分かる人はいるのだろうか⋯⋯




この小説を読んで、「面白そう」「続きが気になる」と少しでも感じましたら、是非ブックマークと下記の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです!

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