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160 青い珊瑚のエトセトラ



「そうですか。やっぱりみんな⋯⋯すみません。僕たちの為にわざわざフィジカまで来ていただいたのに」

「気にすんな⋯⋯と言いてえところだがな。そう思うんならアンタには色々聞かせて貰いてえが」

「そうなのだピオムさん。あることないこと根掘りずっぽり聞かせてもらおーではないかー!」

「ポンスカは永遠に静かにしてなさい」

「ずっとは酷いぞ! 自分そんなに黙ってたら死んじゃうよ!」

「そうなれって言ってるんですけど」

「ははは⋯⋯お若いだけあって、元気な方達ですね」


 姦しいやり取りにそう苦く笑ったのは、先程声をかけてきた男。彼はピオムと名乗った。

 どうも案内したい所があるって話で、今は先導して貰ってるなんだが。

 てっきり喫茶店にでも移るかと思えば、痩せた背中が向かったのは町の外。整備されてるとはいえ、左右を木々に挟まれた道のりだ。港とも違う方角だし、一体どこに連れてくこうつもりだろうか。


「⋯⋯バッテン。分かってるですか」

「あァ? なにをいきなりボソボソと」

「警戒しとけって事ですけどっ。フィジカじゃ騎士は悪く思われてるみたいですし、これがなにかの罠だったらどうするですかっ」

「⋯⋯流石に考え過ぎだろ」


 なかなか素っ頓狂なこと考えてんなこのチャノ助は。

 そうまで警戒心マックスなのは、やはり見知らぬ男が接近してきたからなんだろうか。現にチャノンはフリーゼを盾にしながら、ピオムに距離を取って歩いてる。

 かなり失礼な態度だが、指摘したらうるさそうなんで黙っとこう。すまんなピオムさん。


「すみません。本当は先に説明するべきだったんでしょうが、見てもらった方が早いかなと思って。もう間もなく⋯⋯、────ほら、着きましたよ」

「「「⋯⋯!!」」」


 そして目的地に到着と同時。

 目一杯に飛び込んで来た光景に、俺達は息を呑んだ。


「こいつは⋯⋯!」

「す、すっごいぞ! 海がとっても緑でピカピカなのだ!」

「な、なるほど。見事なエメラルド⋯⋯どうして此処の海だけ⋯⋯?」


 フィジカに辿り着いた時に見たマリンブルーとは違う、エメラルドグリーンに光る海岸線。

 まさに壮麗の一言に尽きる景色だ。写真家なら即座にシャッター切ってることだろう。俺やフリーゼは勿論、捻くれ者のチャノンでさえ、口振りとは裏腹に興奮を隠せてないくらいだ。

 だが一番顕著な反応を見せたのは、意外な人物だった。


《ああ、この色⋯⋯!》

(⋯⋯凶悪?)

《あー! あーあー、そうだよこれこれ、海ってこの色なんだよマスター。うんうん、港の方はなんか地味だなーって思ってたんだぁ》

(⋯⋯そ、そうなのか)


 どうして凶悪がそんな事を。

 いや、そうか。凶悪は一年前、ここでシュラとやり合ったんだっけな。だから知ってたっておかしくはない。

 でも、いつになく嬉しそうっていうか。まるで無くしていた宝物が見つかったような、純真な少女の声色だった。


「おや、ピオムさん。もう今日の収穫分を確認しに来たのかい? まだ全部上がっちゃいないと思うけど」

「あ、いえ。すみません、今お客さんを案内してまして⋯⋯」


 凶悪の意外な一面に気を取られてる内に、ピオムさんがハリのある声をしたおばさんに話しかけられていた。

 というか海に気を取られて気付かなかったけど、こっちの海岸にもちらほらと人が居る。その内何人かが物珍しそうにこちらをうかがっていた。


「お客さん。ああ、王都から来たって騎士の人達⋯⋯思ってたよりずっと若いねえ」

「ピチピチだぞ! でも安心していいのだ! 自分達はめちゃ強部隊だからな!」

「そ、そうかい。期待しとくよ」


 騎士と聞いた途端、少しだけ声のトーンが低くはなった。

 でもなんだろう、少なくとも港の漁師達ほどの隔意は感じない。言葉通り、若い騎士を物珍しがってるって方が近そうだ。

 しかし、この人達は何者なんだろうか。ちらほら船っぽいのは見えるが、港の奴より一回り小さいし。漁師達と装いもちょっと違うし。


「これが私達に見せたかったものですか?」

「はは、そんなところです。そうだ。立ち話もなんですし、すぐ近くに事務所がありますので、そちらでもっと込み入った話もしましょうか」





 エメラルドに光る海模様から、カップで揺れる紅茶色の水面へ。渋めの茶に息を吐きつつ見渡せば、簡素な事務所の室内。対面に座るピオムさんが、咳払い一つ置いて口を開いた。


「それでは改めてまして。フィジカ港で珊瑚の事業を取りしきらせてもらってるピオム・ロングゼリーです。よろしくお願いします」

「むむ、珊瑚といえば! 確かクエストに特産品の青サンゴが減って、わー大変って話だったぞ。食べたのか? 美味しかったのだ?」

「んな訳ねーです。まず食べ物じゃないですし」

「じゃあ何に使うのだ?」

「そりゃ装飾品とかですけど。王都でも少し前に流行ったでしょう。青珊瑚のイヤリングとか」

「うーん。光り物に自分は興味ないのだ」

「⋯⋯そーですね。ポンスカに期待するのが馬鹿なジャンルですねハイハイ」


 早くもフリーゼのポンスカっぷりに慣れたらしい。割とぶっ飛んだ発言にも、

 結構失礼なこと言ってるのにこの対応。


「産業の取り仕切りか。って事は、あんたもこの町の顔役ってことか」

「はは。サングドさんに並ぶにはまだまだな未熟者ですよ。珊瑚だって潜り師の皆さんに捕っていただかないと始まりませんし」

「あえ? ピオムさんはサンゴ獲りしてないのかー?」

「僕、カナヅチなんです。だから漁師にも潜り師にも成れません。フィジカの男に生まれておきながら、お恥ずかしい限りです。だから僕が出来るのは加工の指揮と、後は精々そろばん弾きくらいなもので」


 色々苦労したのか、後ろ手で頭をかきながら縮こまるピオムさん。泳ぎもそうだが、運動も苦手そうな雰囲気だ。

 そういう意味じゃ少しクオリオを思い出すな。弱気なクオリオって感じ。


「もう、謙遜しないでくださいよ。ピオムさんのおかげでサンゴ事業は今やフィジカで一番利益をあげてるじゃないですか」

「い、いや、それはやはり皆さんの努力の賜物というか⋯⋯」

「王都で流行ったのもピオムさんの加工センスありきでしょうに。それに珊瑚の事業は女手でも出来るところが良いですもの。漁師連中も最初は女のやることだって小馬鹿にしてましたけど、今じゃ肩身が狭そうで良い気味です」

「いや、あまりそういう事は言わないようにですね⋯⋯」


 と、横から割って入って来たのは事務員さんだ。口振り的にピオムさんを高く評価してるみたいで、だからこそ彼の謙遜に黙ってられなくなったのか。

 そんで、今のやり取りで腑に落ちたこともある。

 港と違って、こっちは女の人が結構多いんだ。港の漁師達とは雰囲気が違う気がしていたが、珊瑚獲り専業の潜り師ばかりだからだろうな。


「なんだ、派閥争いみてえのでも起きてんのか? まさか、魚やら珊瑚やらの収穫量が減ってんのは⋯⋯」

「い、いえいえいえ! 流石に互いが妨害し合ってるなんて事はないですから! それに同じフィジカの住民ですし、場所だってどちらも拓けた海岸です。見張りだって居ますし、そんな真似すればすぐに見つかりますよ」

「うんうん、海の漢がそんな卑怯な真似などするはずないのだ。もししていたら自分の鉄拳で活を入れてやった所だぞ」

「どーですかね。その油断につけ込めばいくらでもやりようはありそうなもんですけど」

「⋯⋯確かに当初は疑いの声もありました。ですがそんな声は直ぐに無くなりましたよ。ここ最近になって、漁師の方々が数人、行方不明になってしまいましたからね」


 ついドロドロした事情を勘繰っちゃったけど、ピオムさんの必死の否定があって良かった。流石に町民同士の派閥争いとかに首を突っ込むのは面倒だし。


「漁師達も連日、海に捜索に回っているんです。こっちまで来て妨害行為なんてやってる余裕などないんですよ」

「そうか、お疲れなのか。確かにぐったりだったなー」


 納得したように頷くフリーゼ。

 港の漁師と海岸沿いの潜り師。より港の方に活気がなかった理由は、行方不明になってるのが漁師達である事と捜索疲れが原因だったのか。


「それに青珊瑚の数は行方不明者が出た後も、同じペースで減っていました。だから漁師の方々とは無関係で」

「⋯⋯じゃあ、潜り師の誰かがこっそり獲って持ち帰っているのでは? 高値で取り引きされそうですけど」

「考え難いですね。先も言った通り見張りが居ますし。それに僕らが珊瑚を取る時は、色々な配慮の為に極力、未成長の珊瑚は残すように選別しているんです。ですが⋯⋯」

「未成長の珊瑚ごとごっそりいかれてたって訳か?」

「その通りです。私腹を肥やす為とはいえ、珊瑚全体にダメージを与えるような獲り方を選ぶかな、と。」

「甘いですね。自分の為ならば他の一切を省みない人間など、吐いて捨てるほど居ると思いますけどね」


 尚も疑うチャノンだったが、そこに口を挟もうとは思わない。実際、チャノンが懸想する内部犯だって居ないとは限らないんだ。一人ぐらいは用心してくれる方が、かえってありがたい。

 どちらにせよ、その異変が生まれてる原因をどうにかする為の俺達だ。どう動くか、何をするべきか。ピオムさんのおかげで、色々と詰まってた現状が一気に拓けた感じがした。


「ふう⋯⋯こんなところですか。ようやく中身が見えてきはじめましたね。はぁ、こっちに来た途端に話がこんなにも進んだんですけど。まったく、これだから男々してる連中はダメなのです。騎士だからの一点で問答無用に突っぱねて、相手にもしようとしない! 本当に傲慢で頑固で極端で蒙昧で⋯⋯!」

「あう。まーたチャノンの悪い病気が始まったのだ」

「割と言ってることがブーメランなんだが、気付いてねーのかアイツ」

「あ、あの。というか、僕も男なんですが⋯⋯」

「あまり男らしくないから良いじゃないですか」

「がふっ」


 事務員さんえぐいなぁ。支持してる割に結構容赦ない。遠慮のないたくましさともいえるか。

 フィジカの女は強し。心のメモに書いとこう。


「ええと、すみません⋯⋯漁師の方達を、あまり悪しざまに言わないでいただきたいんです。漁師の皆が皆、騎士を毛嫌いしている訳でもないですし」

「む。何故ですか。どうせ貴方だって漁師達に色々と言われてきたんでしょう? 手に取るように分かります」

「だとしてもです。それに、サングドさん達の場合は⋯⋯仕方のない事だと思うんですよ。貴方達にからすれば理不尽な冷遇だと思うでしょうが⋯⋯」

「⋯⋯」


 漁師達を庇おうとするピオムさんを皮切りに、事務所の空気が一層重くなった。見ればピオムさんだけじゃなく、事務員さんまで痛ましそうに沈黙している。

 やっぱりサングドさんや漁師達の騎士嫌いには、やっぱり過去に相当な何かがあったんだろう。


「聞かせてくれねえか。どうしてフィジカの漁師達が、騎士を嫌厭してんのかを」

「⋯⋯分かりました」


 そして彼は語り出した。

 かつてフィジカに刻まれた爪痕の正体を。


「騎士のみなさんは⋯⋯【ユグ教】については、どこまでご存知ですか?」





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