159 エラー・ノスタルジック
「んじゃ、手当たり次第聞き込みすっか」
「はいさ! 目が合ったの片っ端から行くぞー!」
「ポンスカと同類な目立ちたがりの癖に、意外と地味な手を使いやがるんですね」
「フッ、何事も派手ならいいってもんでもねえ。メリハリを意識してこそ、しっかり御立ち台に上がれるってもんだ」
「はいはい、どーでもいいですけどー」
俺に同調してくれたチャノンではあったが、それで距離感まで変わる訳もない。つれない反応は相変わらずの平常運転だ。
それに比べてフリーゼはほんとに素直でいいねー。お兄さん助かる。でもやる気アピールのスクワットはしなくてもいいぞ。お兄さん困る。
さて、気合充分なフリーゼはともかく、やる事はやはりただの聞き込みだ。あんまり群がるより、一対一の方が向こうも話しやすいかもしれない。
ということで効率アップも兼ねて、俺は港方面の漁師達に。フリーゼは町中、チャノンも町中(女性限定)に担当を決めて、聞き込みを開始した訳だが。
「あんた、さっき港で騒いでた騎士さんか。お上からの遣いで来たんで?」
「おう。実は今この街で起きてる問題について調べてるところだ。良けりゃ少し話を⋯⋯」
「あー、そういうのは顔役に聞いてくれ」
「サングドにならもう会った。だが門前払いみてえなもんだったぜ。だから──」
「⋯⋯そうかい。なら俺も話せる事はないぜ。悪く思わないでくれ」
「なっ、おい待て!」
ご覧の通り、港方面はどうも旗色が悪かった。
言い方に些細な違いはあれど、漁師達の反応は概ねこんな感じに悪い。
(⋯⋯船着場に居た漁師はさっきので全滅か。参ったな)
《ふーん。あの頑固おじさんが言ってた通り、みんな騎士なんかに協力しなーいって感じ?》
(⋯⋯うーん)
成果の上がらない現状に、凶悪もサングドさんの言葉を思い出したんだろう。でも、誰も彼もが敵意を向けて来るって訳でもなかったんだよな。
勿論、良い顔をされた方が圧倒的に少ない。でもそうじゃない一部の漁師は、むしろ俺達に協力してサングドさんに睨まれる事自体を恐がってる様子だった。
(こうなりゃ一度町に戻ってみるか。ひょっとしたらフリーゼ達が何か掴んでるかもしれないし)
収穫無しは寂しいが、このまま此処に居てもやれる事は少ない。だったら一度合流しようと決意して、ぼうっと眺めていた港の海原から視線を外す。
《──あれ。色、こんなだったっけ⋯⋯》
(凶悪? どうかしたのか?)
《⋯⋯えっ。うん。えーと、なんだか、海の色がボクの知ってる色と違うなぁって》
(海の色?)
けれど響いた凶悪の呟きに足が止まった。
色が違う、って。どういうことだろう。
もう一度海の方へと視線を向けてみるも、やっぱりおかしいところはない。
晴れた日の深いコバルトブルー。波間が揺れる青一面は、俺の知ってる海の色だ。
凶悪にしては歯切れの悪い言い方もあいまって、傾げた首が余計に傾きそうだった。
(⋯⋯別におかしなとこは無いけどな。むしろ綺麗なくらい青いけど)
《⋯⋯んー》
(凶悪?)
《んーん。なんでもない。ほらほらマスター、なにぼーっと突っ立ってんのさ。早く二人に成果なしの役立たずさんでしたーって言いに行かなきゃ》
(急に辛辣だなおい)
《だってボクだもーん》
引っかかりを気にするのを辞めたのか。凶悪が、ネジを巻き直した様に調子を取り戻す。
聞き慣れた小生意気さ。変わらない減らず口。
数秒前が"らしくなかった"だけに、凶悪が取り戻した『いつも』の調子にほっとした心地にさせた。
《⋯⋯》
でも。
朧げな気配。沈黙で覆い隠した寂しさのようなもの。
口も性格も悪い相棒がはじめて見せた顔もまた、ちゃんとこいつの一面なんだとしたら。
らしくない、で片付けるべきじゃあないよな。
(⋯⋯)
やっぱり、もうちょっと踏み込むべきかもしれない。謎に満ちたこの相棒のことを、少しずつでも知っていきたい。
言葉にせず、心の中でも音にせず。
けれど確かにその意思を固めながら、俺はゆっくりと潮香る海へ背を向けた。
◆
「⋯⋯で、痺れを切らし掛けたところで私がこのポンスカの首根っこを掴んでなんとか離れたって訳です。ほんとにもう聞き込みどころじゃねーって感じですけど!」
「むーっ、そんなことないのだ。きっと後少しで心を開いて、自分にあれこれそれを教えてくれる感じだったのだ!」
「夢なら寝てから見やがれですけど! まったく、私はポンスカのお守りをしに宿を出たんじゃないってんですよ⋯⋯聞いてますかバッテン!」
(ものの見事に全滅かあ)
《うーんこのダメダメ部隊⋯⋯》
なんの成果も得られませんでしたと。
こっちはどうやらフリーゼがパワー系過ぎたのが敗因らしい。答えを渋った相手に教えて教えてと飛び付いたりしたとか。おかげでチャノンもフリーゼの静止にかかりっきりで、聞き込みどころじゃなかったんだとか。
見事なほどの惨敗っぷり。凶悪が呆れてるが、俺にも刺さるから笑えねえ。
「はぁ。もう面倒です。いっそあの爺さんを締め上げて、諸々聞き出しちゃいますか?」
「あえー? あれだけ自分に落ち着けって言っておいてチャノンが一番過激では? 大丈夫そ?」
「うるさいですよポンスカ。そもそも私達はこの町を助ける為に来たはずなのに、こんな初歩的な段階で苦労してる事自体がおかしいんですけど! なんで少し尋ね事しようとしただけで、露骨に嫌な顔されたり走り去っていったり! 本当にここの漁師やらが行方不明になってるんですか!? だとしたら危機感無さ過ぎると思うんですけど!」
「それか⋯⋯たとえやべー状況だとしても、騎士の手だけは借りたくねえってなっちまってるかだな」
「⋯⋯どんだけ意固地なんですか、バカバカしい。それで行方不明者が増え続けたら本末転倒なんですけど」
吠えるごとに言葉の棘がぐんぐんと鋭くなるチャノンだが、決して間違った事は言っていなかった。
原因が分からない以上、被害も止まらないだろう。
このままでは行方不明者が増え続ける可能性の方が高いのだ。そうなったら、やがて行き着く先は一つだ。
「それで滅んだら、どうしようもないじゃないですか⋯⋯」
(⋯⋯チャノン?)
同じ結論を出したチャノンだったが、彼女の囁く声色は意外な程に弱々しかった。
別に冷血な奴だと決め付けていた訳じゃないけど、てっきり怒りに任せた物言いになってもおかしくなさそうだったのに。
思わず視線を向ければ、ハッとした後に苦々しく顔を歪めて、そっぽを向く。そんなチャノンの様子に思わず気を取られてしまったからだろう。
いつの間にか近付いて来た人影に、気付くのが少し遅れた。
「すみません⋯⋯少し、いいでしょうか?」
「あァ?」
「む?」
「!」
声をかけてきたのは、ひとりの痩せた男だった。
肌こそ港町の住人らしく焼けているけど、漁師というには少し頼りない印象を覚える線の細さ。
けれど同時にこの人は、現状に窮する俺達に垂らされた白く光る蜘蛛の糸でもあった。
「すみません、騎士のみなさん。わざわざお越し下さったのに、苦労をかけてしまって⋯⋯それで、もしよければ、場所を変えてお話をしませんか。みなさんが知りたがってる事情も、少しは教えられるかと思います」




