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155 いつメンのありがたみを知るRPG


 二度ある事は三度ある、ってよく言うじゃん。なら一度あった事の二度目はもっとあるって事でもある。

 ついさっき発露した凛々しさをちょろさで落としたばかりのハイリ隊長の戦いぶりは、再びその凛々しさを思い出させる程に鮮やかだった。


「やあっ!」


 牙を尖らせ猛進する猪をひらりと躱し、側面を穿つ。その挙動の滑らかさかは、見てるだけで鳥肌が立ちそうなほどだ。

 ハイリ隊長が握るレイピア。部隊長にのみ与えられる騎士剣らしく、当人の要望に沿った剣を職人が仕上げた一級品だ。俺達が使ってるものよりも上物なのは間違いない。

 けど一級品を活かすのなら、相応の技量が必要だろう。そしてハイリ隊長は見事に使いこなしている。

 最低限の回避と最小限の刺突はまさしく蝶のように舞い、蜂のように刺すってやつか。技術の光る戦い方だ。


【bmooo!!】


 魔獣達も一対一の連続じゃあ無駄に数を減らすだけって察したんだろう。四頭が一斉に、それぞれ別方面からハイリ隊長に突進を仕掛けた。しかし。


「『沈め、沈め、水底に。熱を咎めて奪って静めて。仄暗き永久(とわ)をこれから共に』」


 迫る危機を前に逃げる事なく、ハイリ隊長は詠唱しながらひらりと蝶の様に舞い踊る。すると薄っすらと青く光る水の帯が、ハイリ隊長の周囲に現出しはじめた。


「『ルサールカの束縛』」


 詠唱完了と同時にくっきりと現出したのは、複数の水の腕だった。ハイリ隊長を中心に、さながら花弁の様に水腕が咲いて、青く発光しながら揺らめいている。儚く、どこか綺麗だとも思える光景だった。

 けれど魔獣が見惚れるはずもなく、むしろ引き裂いてやるとばかりに牙を光らせ、目前まで迫っていた。


【guga!? g,ggg,,,】


 だけど牙が届く直前、水腕の一つが鞭の様にしなり、瞬く間に魔獣の体躯を拘束する。しかも苦悶の声をあげてる魔獣の様子からして、水腕は蛇みたく締め上げているらしい。

 水腕の腕力も見た目以上にヤバいのか、苦悶の声は時を置かずに断末魔と変わり、身体は黒い灰と成り果てる。その末路を一瞥もしないまま、ハイリ隊長は次々に水腕で魔獣を葬っていった。


(⋯⋯ハイリ隊長のスタイルは、いわゆる魔法剣士ってやつなのか)


 魔法剣士。巧みな剣術と派手な魔法の二刀流が売りのジョブは、RPGには欠かせない人気職の一つだ。

 ただ実際は剣技と魔法のステータスは両立が難しく、大体は玄人向きだったりするもんで。ゲームでさえそうなら、現実はもっと難しくなるのも当然だろう。

 だからこそ剣技と魔術、どちらにも冴え渡るハイリ隊長の実力には、素直に感服せざるを得ない。


(ほんっと知れば知るほど印象が反復横跳びする人だよなぁ⋯⋯結構エグい魔術使ってるみたいだし)

《あはっ、案外そういう所を心に飼ってるんじゃないのぉ?

うっかり惚れられたりしたら、後が大変かもねえ。脈アリさん?》

(そういうのはもうゼツで間に合ってるから⋯⋯)


 凶悪さんやめてー。あの猪みたいに絞め殺される未来が、何故か過ぎっちゃったじゃん。いや、ないない。なんかちょっと陰ある感じがヤンデレ似合いそうだよねとか。ないない。無いったら。


「っ、とォ!」

【b,oo,oo,,,】


 なんて割と失礼な事を考えながら、こっちにも迫っていた魔獣に一撃を叩き込む。チームワークに難ありとはいえ、個々の実力は間違いない。そんなスヴェイズ隊の面々につい目を奪われちゃったが、今度はこっちがあいつらの目を釘付けにしてやらねば。そう気合を入れた時だった。


【bmooooo!!!!】

「あァ?」


 ただ突進を仕掛けてばかりじゃ敵わないと悟ったんだろうか。黒猪達がピタリと静止したかと思えば、咆哮をした後にその場から垂直に飛び上がり、真下の地面に頭突きをかまし出した。

 一体何をしようっていうのか。目的不明の異様な光景に面食らったのは俺だけじゃなく、視界の隅で小首を傾げるフリーゼが目に入る。

 どうやら他の面子と相対していた猪共も、一斉に同じ事をしたんだろう。喰らいはしなかった突進だが、威力は相当なものらしい。次から次へと繰り返されれば土煙が巻き起こり、大地が抉れていく。


「ぐっ、うるっせえなァ⋯⋯!」


 まさしく巨人の足音のお株を奪う騒がしさに、まさかこの騒音攻撃が作戦かと思ったんだけれども。

 煙が晴れた後に広がる光景を見れば、その憶測が間違いだったとすぐに気付けた。


【Armed!】

【Armed!】

【【【Armed-Rock!!】】】

「ンだとォ!? コイツら、えぐった地面を身に纏って⋯⋯鎧にしやがったってのか?!」

《ふーん。どーやらこの猪達の黒魔術らしいね。猪突猛進だけが能じゃないってさ》


 猪達の目的は、突進で叩き割った土岩を鎧みたく武装する事だったらしい。凶悪いわく、これがこいつらの黒魔術なんだそうだが、これじゃまるで白魔術のスヴァリンだ。


「んむむ、魔獣まで武装する時代が来たのだ⋯⋯しっかしこれは自分の拳に対する挑戦とみたぞっ! 宜しいっ、ならば受けて立つのだ!」

「チッ。眉間まで土岩で覆われましたか。猪の癖に急所隠しだなんて、超絶めんどくさいんですけどっ」

「鎧纏いの黒猪⋯⋯この特徴の魔獣、どこかで聞いたような⋯⋯?」


 フリーゼの雄々しさは大したもんだが、敵は明らかに防御性を増している。特に、的確に眉間を射抜く事で近付かれる前に倒していたチャノンからすれば、向かい風に吹かれた心境だろう。


「⋯⋯カカッ。お誂え向きってヤツじゃねえの」


 けれど、俺にとってはこの状況、向かい風どころか追い風に感じた。まさに、俺の力を披露するには持って来いの好機としか思えない。

 何故ならば。

 起死回生とばかりに猪共が切ったカードは、むしろ俺と凶悪の十八番(得意技)だったのだから。


「残念だったな猪共! ソイツはむしろ、この俺様の土俵の上だぜ! 凶悪ッ⋯⋯ブーストォ!」

《はいはーい、もってけどろぼー!》

「ハッハァ! 特別大サービスの三点セットだ、喜びやがれよスヴェイズのメスども! 行くぜぇ⋯⋯『アースメギン』『スヴァリン』『ヘルスコル』ッッ!!」

「「「!」」」


 鎧纏っての防御力上昇。おっけーおっけー、なかなかのお手前で。

 ならばこっちは攻撃力と俊敏性までセットで付けた、奥様にっこりの大出血の大盤振る舞いで行こうじゃないかっ。


「あ、あええー! なんかカッチーンでムッチーンでシュババババーだー! なんだこれー! すごいぞー!」

「これは、白魔術? こっちの補助とか、顔に似合わない事してくれやがりますね⋯⋯でも、なんですかこの体の感じは。普通の効果量とはとても思えないんですけど⋯⋯!?」

「さ、サポート魔術? そんな、誰かに補助して貰うなんていつぶりだろう、うう、沁みるよう⋯⋯でもこれって、ヒイロ君からの遠回しのアピールでは? お前の全てを手助けしてやるよっていう年下男子からのアプローチなのでは!?」


 流石にポテンシャルが高い連中なだけあって、俺の白魔術の特別を実感するのも早かった。フリーゼなんかはカッ飛んだ語彙力ご披露してらっしゃるぐらいだし。

 ハイリ隊長は⋯⋯うん。見なかった事にしよう。ルサールカの拒絶の水腕も、なんか見えない何かを抱き締めるようなムービングしてましたけど。いいや気にするな。主人公も時には見て見ぬふりが上手。気にするな俺。


「⋯⋯無色は無色でも、特別な無色という訳ですか⋯⋯これ見よがしに、見せ付けてくれやがりますね」

「?」


 ただ、チャノンからの視線は鋭さが増した気がする。男嫌いなあいつからは好感を持たれにくいにしても、この刺すような気配は、なんか敵意に近くないか。思わず振り向くも、ぷいっとそっぽを向かれる始末だ。

 うーん。気になるけども、一旦置いておこう。考え事するんなら、まずは目先の事を片付けてからだ。


「この俺様からの大盤振る舞いだ、ヘマすんじゃねーぞテメェら!」

「はっはっはー! 今の自分はもっともーっと止まらないぞー! うおお、おっとこ道ィィィ!!」

「ふん。男なんかに補助されるのは癪ですが、このまま大きい顔されるのはもっと癪。なら、バッテンより一匹でも多く狩ってやりますよっ!」

「ふふ、結構リーダーシップあるなぁ。はぁ、私もあんな風に引っ張れれば⋯⋯はぁぁ⋯⋯」


 てな具合に仕上げの火付けも無事拍車がかかった。魔獣側の強化を更に上回る強化を施せば、もはや大勢は決したも同然。平原を埋めるほどに大量に居た猪達も、いよいよ数えられるぐらいに減ってきた。

 さあ締めくくりだと、凶悪片手に息巻いた俺とスヴェイズ隊だったんだけども。


「『齧れ、齧れ、呪羅暴食』」

「?」


 どこからともなく届いた詠唱に、俺達の踵は縫い止められた。


「『月が廻りし六度目は今、万及ぶ象の踵が呼び覚ます。()み呑み齧るは大地鳴動』」

「んむむ? なんだか嫌な予感がするぞ?」

「ちょっ、この呪文、上級の⋯⋯冗談じゃないんですけど!?」

「ま、ままままずいっ! 総員退避! 退避ー!」

「あァ? テメェら、一体どうし──」


 一体何事と隣を見れば、明らかに只事じゃない様子のスヴェイズ隊の面々。まさに泰山鳴動した際の鼠みたいに青ざめ後退する彼女らにつられて、俺も反射的に後ろへ下がるが、なにがなにやら。


(あ⋯⋯)


 ただ、虫の知らせというべきか。その時、俺の脳裏にはすっかり抜け落ちていた顔がスッと過ぎった。

 そういえばナナイザって、今なにしてたっけ──


「『クムバカルナの到来』」


 そんな疑問は果たして、目の前の平原に急速に広がっていく『黄色』の魔法陣によって吹っ飛んだ。

 いやもっと正確にいうなら、詠唱完了と同時に魔法陣から屹立した幾つもの巨大な岩の拳が、魔法陣内に残された猪達を宙高くへとぶっ飛ばした光景によって、頭ん中が真っ白になったっていうか。

 巨大な拳。まるで巨人の腕。そんなもんに真下からかち上げられれば、ただじゃ済まない。実際もろに食らってる魔獣達は、空の藻屑となってしまってる訳で。

 断末魔すら聞こえなかったのが、少しばかり憐れみを誘ったくらいである。

 いやね。ていうかね。

 ガチで目の前だったんだけど。


(掠りそうだったぞ⋯⋯おいこれ、あと一歩下がってなかったら⋯⋯)


 うん。後退があとちょっとでも遅れてたら、もれなく俺も巨人パンチで遊覧飛行コースだったねこれは。

 いやーはっはっは。命拾いしたぜ。主人公補正あって良かったぁ。

 いやいや待て待て、違うでしょ。ちょっとお話しましょうか。ねえ、そこの。俺達の更に後方で一仕事終えた顔してる長身レディさん。ちょっと顔貸せやおい。


「⋯⋯⋯⋯殲滅完了。これでよし」

「良い訳あるか殺す気かァ!」

「自分ちょっとかすったぞ! ちびったぞぉ!」

「こんのピーヒョロ、広範囲魔術なら唱える前に状況見やがれってんですけどぉお!!!」

「ああ、もう、胃が潰れるぅ⋯⋯」


 拝啓女神様へ。

 さらっと味方の魔術に巻き込まれかけましたけど、俺は元気です。

 でもちょっと胃の辺りがキュルキュルしてきたので、処方箋代わりに貰ってきてください。保険証は棚の二段目に入ってますんで。かしこ。







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