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154 スタンドアローン・コンバット


 まさしく青天の霹靂だった。

 前触れもなく現れた黒い風が、一面の緑を食い破っていく。そんな表現が比喩にならないくらい、正面から来る群れの勢いは凄まじかった。


「魔獣!? まさかこんなところで!」

「⋯⋯ざっと、三十五、六匹。全部同じ猪の見た目⋯⋯」

「ほほーう、猪か。んむ、確かにこんなに良い天気、お引越し日和とも言えるのだ」

「なに呑気に語ってやがりますか! このままだと正面衝突海の藻屑コースですけど!」

「チャノンはおバカだなぁ。ここは海じゃなくて原っぱなのだ」

「やっかましいんですけどポンスカァ!」


 うーんこの。脱力感満載なやり取りですよ。

 絵面だけなら中々に危機的状況だけど、スヴェイズ隊のペースは揺らいでない。

 その余裕っぷりは、伊達に本隊属の騎士じゃないってところか。頼もしいじゃない。これは負けてられないなと、凶悪片手に口角を上げた。


「はっ。いきなり団体様がご登場とは、幸先が良いじゃねえかよ」

「あれだけの数に随分と余裕ですね。やはり野蛮な男なんですけど」

「ふふふ。向かい風には両手広げて立ち向かう。それでこそ我がライバルなのだ、ヒイロ!」


 相変わらず冷めたチャノンはともかく、フリーゼも触発されたのか、意気揚々と燃えている。


「はぁ、予定外の遭遇戦だけど、見過ごせる規模でもないからね、うん。総員傾聴! 隊長判断で魔獣群の討滅を決定します! ナナちゃん以外は直ちに戦闘準備!」

「⋯⋯ナナは?」

「馬車を隔離した後に合流!」

「⋯⋯了解」


 遠慮がちで苦労性で胃痛役。青空に響き渡る号令は、今までの印象を拭い去る程にしっかり隊長をやっている。

 そんな面も見せて貰ったからだろう。つい高まったテンションに駆られて、俺は馬車から勢い良く飛び立った。


「クハハ、上等! そんじゃあ、一番槍は貰ったぜ!」

「あっ、ちょ、ヒイロ君!?」


 途端に凛々しさを崩した背後に、つい詫びたくなったけれども。しかし一度踏んだアクセルは、なかなかに離せないもので。

 呼応する様に、向こうの群れの先頭が飛び出してきた事もあったからだろう。俺の足もぐんと加速し、そして。


【bmooooo!!!】

「いくぜっ」


 迫り来る真っ黒い猪の牙と、振りかぶった凶悪が衝突する。人と魔獣、牙と鉄塊。

 一番槍同士の衝突の行く方は。


「オラァァァ!!!」

【g,ohnnn!?!?】


 当然、主人公たる俺が制しましたとも。

 蒼穹に断末魔と黒い灰が立ち昇る。開戦の狼煙をぶち上げたと、小さな満足感を噛みしめる。


【guooo!!!】

【bmoooo!!】


 けども残心は崩さない。先頭を潰されて少し怯んだ素振りは見せたものの、猪達は一層果敢に俺目掛けて突っ込んで来る。

 獣の大軍の突進は、さながら黒色の大地そのものが迫って来るほどの大迫力だったけども。


「──はいさぁぁぁぁぁあ!!」

「!」


 エメラルドの雷が俺の真横を通り過ぎ、黒い地面を蹴散らした。

 いやもっと適切に表現するなら。フリーゼの飛び蹴りが、魔獣達をズギャーンとブッ飛ばした。


「ふーははは! ヒイロばっかに良いカッコさせないぞ! 抜け駆けされて、お黙りあそばせる自分じゃあないのだ! 行くぞう、とおぉりゃあー!」

【gmooo!?】

【bmm,oo?!】

《あらら、マスター並に目立ちたがり屋さんだねえ。にしても殴って蹴って、野蛮な戦い方だこと。これだから無駄に胸が膨らんでる劣等種は困りものだよねえマスター?》

(さっきの一撃、なんて見事ライダーキックだ! まさかこっちの世界でお目にかかれるとは。フリーゼ、アイツ天才かッ!!)

《⋯⋯⋯⋯ぁー。こっちもこっちで知性が足りなかったかぁ》


 見せ場を奪われた立場ながら、気分はスタンディングオベーションである。

 だってライダーキックですよ。ヒーローを志すものならば必修科目の必殺技を、俺よりも先にやる奴が居るとは。悔しい反面、嬉しくもある。

 ま、ちょっと脚の曲げ具合が甘かったけど。俺じゃなきゃあ見逃しちゃうね。


「うおお! 漢道ィィ!」

【bmmooo!?】

「⋯⋯つうか、あの女。どういうフィジカルしてやがる」

《うーん、まさに千切っては投げって感じ。意味わかんないくらいの馬鹿力だね》


 漢になりたいと宣うフリーゼの戦いぶりは、ライダーキックの感動以外にも目を見張る点はあった。

 戦闘スタイルは女性ながら完全な徒手空拳だし、技術面はそこまで卓越している訳じゃない。

 でも打撃を食らった猪の魔獣は、アメコミ漫画みたいに吹っ飛んでる。それだけでフリーゼの肉体には、とんでもないレベルの剛力が発揮されてる証拠になる。

 身も蓋もない言い方をすれば、ライダーキックはただの飛び蹴り。それであんな馬鹿みたいな威力が出せてる時点で、そのフィジカルが一線を画している何よりの証だった。


「驚きましたか?」

「チャノすけか。アレは驚くな、っつう方が無理あんだろ」

「バッテンの気持ちは分かりますけどね。ポンスカの戦いを初めて見る輩は、誰しもそんな顔になります。ま、ポンスカに色目を使っていた騎士の男共は、揃って自信喪失する輩が多いみたいなので、私としては是非とも全野郎共に見せてやりたい光景ですけど」


 いつの間にか直ぐ傍までチャノン。実に意地の悪い企みに、俺は頬を引き攣らせた。フリーゼは見た目も良いしいわば超名門のお嬢様だから、お近付きになりたい男も多いんだろう。

 でもアレを見れば、ねえ。凹む気持ちが分からんでもない。腕相撲とかしたら即負けだろうし。

 思わずううむと唸る俺だったが、それで戦場の時が止まってくれる訳でもなく。その隙を突かんとばかりに、魔獣の一匹が俺達の方へと迫って来ていたが。


「フッ」

【gmooo!?】


 いつの間にかその眉間に白く光る矢が突き刺さり、猪は即座に黒い加欠の塵と化した。隣を見やればハープの様な小弓を片手に、残心の構えを作るチャノンの姿。

 まさに正確無比の早業。弓に関しちゃ心得はないけど、それでもかなりの技量だと確信出来る腕前だった。


「テメェ。弓使いか」

「他の何かに見えるなら、もれなく目が節穴ですけど」

「生憎、眼は良いんだよ。その証拠に、一瞬矢が見えたが、光ってやがった。魔素を矢にして射ってんのか」

「⋯⋯くっ。随分凝視してくれたみたいですね。野獣の様な眼光で⋯⋯」

「合ってるからって直ぐそっちに走んなよ」

「ええそうですよ、魔素を矢にしてるだけですけど。なんですか地味とでも言いたいんですか? 派手な属性魔術でも期待してましたか?」

「どういう開き治り方してんだテメェは」

「ああもう、此処は戦場ですよ、口より先に手を動かせってんですけど! あと、なるべく戦うならなるべく私に背を向けやがれですけど!」

「背中射つ気満々じゃねえか」


 とんでもない捨て台詞を吐きながら、チャノンはチャノンでフリーゼとは別の方面に向かっていった。藪をつついた覚えもないのに蛇の子供にシャーッと鳴かれた様で、溜め息が出そうだ。

 しかしそんな最中、去り行くチャノンの背中に目が惹かれた。


「⋯⋯アイツ、いつの間に翼なんざ生やしやがった?」

《⋯⋯いやまあ、さっきからなんか生えてたけど。うーん、なんだろうねアレ。まさかアレで飛んだりしちゃうのかな?》


 いつの間にかチャノンの背中から、ダウジングマシンのロッドみたいな金属が伸びて、そこを根元に薄い膜が広がっている物体が生えていた。まるでSFやスチームパンクの世界に出てくるような機械仕掛けの翼みたいで、この世界の情景からは酷く浮いて見えた。

 もちろん直接身体から生えている訳じゃなく、多分両肩に装着しているんだろうけど、あんな装備は騎士団内でも目にした事もない。

 凶悪の言葉につい期待しちゃったけども、パタパタと走り去る後ろ姿からは、そんな気配はちっともなかった。

 魔術もファンタジーもあるけれど、人が鳥になるにはまだ、あの青空は高いらしい。


「ああ、今日も今日とて隊列がバラバラだよぉ⋯⋯」


 遂には翼とかじゃなく、最先端を行き過ぎた一種のお洒落では、とまで羽ばたく俺の考察を止めてくれたのは、戦場とは思えないくらいしょぼくれた呟きだった。


「ハイリ隊長か。遅ぇぞ」

「皆が早すぎるの! ヒイロ君もいの一番に突っ込んで! おかげでフォーメーションの指示も出せなかったじゃない⋯⋯まぁ、出したところで、なんだけど」

「あァ? どういう意味だそりゃ」

「だって、ほら⋯⋯」


 何やら含んだ物言いのまま促された先では、相変わらず猪をぶっ飛ばしてるフリーゼと、まだムスッとしながらもチャノンが一匹一矢で淡々と仕留めている。

 その活躍っぷりは見事なもので、俺としてもこのまま指咥えてる訳にはいかないなって思うくらいなんだけども。


「私たち、部隊なんだけどなぁ⋯⋯」

「⋯⋯あァ」

《うーん。確かに、チームワークの欠片もないねえ。ボクが言うのもなんだけどさ》


 ハイリ隊長の嘆きの意味は、我ながら直ぐに察せられた。

 なんせ俺がシドウ隊長に日頃口酸っぱく指摘されているのが、連携の意識だったからだ。

 俺達は一個の部隊。つまりはチームなのである。だから前衛は後衛にも気を配るべきだし、後衛は前衛のフォローを潤滑に行わなければならない。それが部隊としての戦い方の基本なのだと、最近は特に叩き込まれている。


(⋯⋯シドウ隊長が見たら、でっかい雷落ちるんだろうなぁ)


 なのにフリーゼもチャノンも、それぞれが独立して戦っちゃってるのだ。互いのフォローがどうこう以前に、前衛も後衛もない。凶悪の指摘通り、これじゃ部隊って呼ぶのも怪しいぐらいだった。

 そりゃあハイリ隊長からすれば、悩みのタネだろう。どんよりと曇る姿に、ちょっと同情した。


「愚痴りてえなら後だ。今はやるべき事があんだろ」

「⋯⋯ふう。そうだね。まずは目の前の難事を片付けてから、だよね。ありがとうヒイロ君」

「フン」

「⋯⋯⋯⋯愚痴を聞いてくれるって、好感度高い? ワイルドっぽい男の子に? これやっぱり脈有りでは? 波来てる? 乗っちゃうか、私!?」

「溺死しろマジで」


 そういうとこやぞ。ホント。号令かけてる時に抱いた尊敬の念は、再び転覆して水の泡である。

 いやほんと、今回の任務大丈夫かなこれ。いやんいやんと身をくねらせるハイリ隊長の姿に、外れクジを引かされたって懸念が、いよいよ現実味を帯びて来たのだった。



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