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152 前途多難のよーいスタート


「ハァ。本日も晴天と来ましたか。私の心模様と真っ反対でムカつきますけど。世界にはもう少し、空気読むこと覚えて欲しいんですけど」

「大きく出やがるな。世界の中心かテメェ」

「私が神様ならば、男という種は漏れなく取り除きますけど?」

「人類史にピリオド打つとか邪神かよ」


 今にも澄み渡る青空を曇天に変えそうな愚痴っぷりに、一周回って感心しそうなくらいだった。

 騎士は生き方じゃなく社会身分。そんな身も蓋もない現実が目の前では、チャノンも従う他なかったんだろう。

 顔合わせの翌日は、集合場所の国門前に欠けることなく集まっていた。


「で、フィジカって港町が任務地だったか?」 

「うん。どうも最近、フィジカの近海の様子がおかしいって事らしくって。穫れる魚の数がうんと少なくなって、特産品の青いサンゴもどんどん減ってるみたい。しかも漁師さんの中には漁から帰ってこない人もいるらしくって、だからその詳しい調査と行方不明者の捜索が、今回のクエストの概要ってところかな」


 俺がぼやいた疑問に答えたのは、馬車の手配を終えたハイリ隊長だった。実に丁寧で分かりやすい回答だったけど、不穏な中身に思わず眉が寄ってしまう。

 特に、漁師の行方不明って辺り。


「行方不明ねえ。またそのパターンにぶち当たるか」

「んむ? どゆことなのだ?」

「コルギ村ってとこで似たような事件があったって話だ。そっちも中々に厄介な案件だったぜ。まぁ、解決したのはこの俺だがな」

「むむっ。そうなのか、やるなヒイロ! ライバルとして、自分も負けてられないのだっ」


 俺の言葉を素直に受け取って、フリーゼは対抗心をメラメラと燃やしている。

 うーむ。まだ出会って日が浅いけど、この単純さには癒されるね。チャノンから受けた言葉の棘が、ポロポロと抜け落ちていってるよ。

 ま、気が緩むまではいかないけど。なんせ前回のコルギ村での一件も相当に危うかったし。今回の行方不明の件も、裏に魔獣の影が潜んでるかもしれない。だから俺もつい身構えちゃいるんだけど。


(フィジカ、か)


 けれども、それ以上にひっかかるのはフィジカの名前だ。

 多分俺の記憶が正しければ、そこは確か⋯⋯


(⋯⋯凶悪。一応聞くけど、今回の件について心当たりってある?)

《んー? さぁ、どうだったかなー? なんせ『一年以上前の事』だしぃ、ボクすっかり忘れちゃった》


 あえて惚ける様な感じは、すっかり偽悪的な相棒の専売特許と化している。港町フィジカ。そこで暴れていた凶悪を、シュラが倒したのが一年以上前の事だったはず。

 もしかしたら何か知ってるかもと思ったけど、やっぱり素直に教えてくれないらしい。それか単に知ってる素振りでからかってるだけか。


(無いなら無いで良いんだって。変に含ませるなよ、趣味悪いなぁ)

《だってボクは凶悪だもん。もしかしたら今回の件ってやつが、実はボクの仕業だったりするかもー?》

(ないない)

《おや言い切るねえ。根拠は?》

(犯人は「自分が犯人だったらどうする」なんて聞かないでしょ。悪いやつほどそういうもんだよ)

《⋯⋯あはっ。マスターってば、良くご存知で》


 まあ、これでも信頼してるからだけど。

 そう素直に伝えないのは、ちょっとした意趣返しも込めて。凶悪の捻くれっぷりに、俺も少しは影響されてるのかもしれないな。


「準備、出来た⋯⋯」

「あ、ナナイザちゃん。ありがとう、今日もよろしくね」

「ん」


 一拍置いて現れたのは、馬車引く馬の手綱を握るナナイザだった。


「ホントにナナイザが御者やんのか」

「本当は隊長職が御者役をやる事が多いけど、私はちょっと下手っぴで⋯⋯だからいつもナナイザちゃんにお願いしてるの」

「んむ。ナナイザの運転はとっても上手で快適なのだ。たいちょーの運転もスリル満点で楽しいから、自分は好きだけど」

「ソイツは、なかなかにヘビィそうだな」

「うう、お恥ずかしい⋯⋯」


 なるほど。ハイリ隊長の馬車にシュラが乗ったら、もれなく大惨事なんだろうって事はよっく分かった。出来れば俺も遠慮しときたい。


「⋯⋯よしよし」

(へえ⋯⋯)


 けども、単に得意だからってだけでもないらしい。

 あれだけ放ってた威圧感も、馬の鼻を撫でている時には引っ込んでる。馬と触れ合うのが好きなんだろうか。手際も馴れた感じがするし、世話の経験とかもあるのかもしれない。

 その証拠に、ナナイザを見つめる馬の目は、どこか彼女に信頼を寄せているようだった。


「さてと、それじゃあ出発だね。準備はいい?」

「ふふふ、久々の遠出なのだ。自分、ワクワクしてきたのだ!」

「あ、あのねフリーゼちゃん、遊びに行く訳じゃないからね?」

「心配いらないぞ。このとおり、お弁当のサンドイッチもあるのだ。メイドが沢山持たせてくれたから、お腹がすいたら自分に言うのだ!」

「お弁当って、ピクニックじゃないんだから⋯⋯」


 あまりにフリーダムなフリーゼに、ハイリ隊長はがっくしと肩を落とした。なるほど、この若い隊長さんが胃薬を手放せない訳だ。

 この奔放っぷりには、シドウ隊長でさえも匙を投げるんじゃなかろうか。フリーゼに比べりゃ俺なんか全然優等生の枠だよ。あ、でも後でサンドイッチひとつ貰っとこ。十二座製のって超美味そうだし。


「ハァ。男と同じ馬車に同乗だなんて、なんて恐ろしい。嫌です嫌です、いつ化けの皮を剥がして襲ってくるかも分からないのに⋯⋯嗚呼、敬愛せし騎士団長補佐様、どうか哀れなチャノンの清らかなる幸運を。そしてバッテンに降り掛かる不運をお与えください」

「あァ? テメェ、リーヴァのこと崇拝でもしてんのか?」

「はぁん!?!? 待ちなさいバッテン、リーヴァ様をなに呼び捨てで今! 赤の他人の分際で馴れ馴れしくぅ! 勲章持ちだからって自惚れやがってまーすーか!? ブチ転がしますけどォ!?」

「赤の他人って訳でもねえけど。弟のクオリオとは同じ隊でダチだし、リーヴァには何度か世話になったしなァ」

「は? う、嘘です、私のリーヴァ様がこんなチンピラ面のバッテントッポイに⋯⋯の、脳が壊れるんですけどぉぉ!!!」


 あんたが一番化けの皮が剥がれとるがな。

 フリーゼのマイペースに緩んでた空気が途端、バイオレンスに早変わりだ。

 リーヴァを心底慕ってるみたいだけど、ちょっと行き過ぎな感じがしませんかね。鬼の形相で頭を抱えるチャノンの異変に、冷や汗が止まらない。


「わー! 待ってチャノンちゃん、いきなり弓なんか取り出さないで! 任務中だよ!? 思いっきり周りの目があるよ!?」

「うるさいんですけど! 私にはこのバッテンを即刻亡き者にするという最優先任務があるんですけど!」

「なんだなんだ?!」

「騎士同士で喧嘩か?」

「こらそこ! 国門前で騒ぎを起こさないで!」

「はぁ。まーた『巨人の足音』絡みの騒ぎか。勘弁してくれよ⋯⋯」

 

 遂にはハープの様な小弓を取り出す錯乱っぷりに、にわかに辺りが騒然としだした。必死にハイリ隊長が羽交い締めで止めるも、狂犬みたいな唸り声で俺を威嚇するチャノン。

 これ、先日のオペレーションでリーヴァに世話になった件とか話したら、ガチで殺されるんじゃなかろうか。

 うん。取りあえず、チャノンの前ではリーヴァの名前を迂闊に出さないようにしよう。そう心に強く誓った俺だった。



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