150 レスクヴァンよりの使者
勲章とは即ち、表彰された栄光の証である。
観客は極少数だったとはいえ、王様直々に名誉を戴いたともなれば説得力が違ってくる。
それは、俺に更なる自信を促した。ただ街を歩くだけでも、ついつい自信満々に肩で風を切っちゃうくらいには。
学園の嫌われ悪童が、気付けば赤銅勲章持ちの騎士だ。この大躍進ぶりよ。ふふふ、やはり主人公はちげーぜ。
そんで立場が変われば見られ方も変わってくる。
最近じゃあ若くして勲章を得た俺に、声をかけてくれたり、敬意を払ってくれる人達も増えてきた。騎士剣の手入れにたまに通う鍛冶屋でも「俺も鼻が高い」と喜んでくれるし、同じ騎士の中でも尊敬の念を持って接してくれる人達も少なくない。
ま、露骨に面白くないって顔してる輩もちらほら居るけど。栄進を重ねりゃ嫌でもついてくる税金みたいなもんだし、気にしてない。未だに【紅い凶悪】呼びで恐がられてる事も全然あるけど、一旦気にしない。一旦ね。
ポジティブが服着て歩いてると称された事もある俺は、案の定ポジティブ思考に浸っていた訳だ。
ひょっとしたらファンとか出来ちゃったりして。
なんて、凶悪が聞けば鼻で笑いそうな妄想をするほどに、自分でも思うくらい浮かれていた頃合いに。
その妄想は、唐突に現実となった。
「お初にお目にかかりますね。私、レスクヴァン家に仕えている『メイド長』のノンネ・タールピンと申しますです。本日はレギンレイヴ隊のシドウ隊長殿、並びにヒイロ・メリファー殿に会合の場を設けていただき、誠にありがとうございますね」
懇切丁寧な口調でそう告げながら深々とお辞儀する少女に、俺は思わず隣の隊長を見やった。すると隊長も俺を見てた。どうやら思った事は同じらしい。
「メイド"長"だと⋯⋯?」
そう、なんせ現れたのはメイド服を纏っているものの、少女なのである。
背丈はリャムよりもちっちゃい。ピンク色のおさげヘアに大きな鳶色の目もあいまって、少女どころか幼女とも呼べかねない。
言葉こそ凄く丁寧なものの若干緊張しているのか、ちょっと舌足らずで声色も上擦ってるし。
そんな微笑ましさを感じさせる娘が、メイド長を名乗ってるんだ。多少面食らったって仕方ないだろう。
「御懸念はもちろん理解できますね。私みたいな大きな鞄をえっちらおっちら持ち運ぶようなチミっ子に、十二座を戴く貴族のお家のメイド長など勤まるのかとおっしゃりたいお気持ち。ええ、ごもっともですね」
「あァ? いや、そこまでは言ってねえが⋯⋯」
「ですが私は正真正銘、レスクヴァン家ご当主様よりメイド長の職を預かった身分でございますね。お疑いならば然るべき手続きでもって事実確認をしていただけますれば。ね」
「⋯⋯いや失礼した。貴殿がレスクヴァン家からの使者である事は、スコルグのクエスト管理部門から伺っている故。不躾な態度を取ってしまった事、謝罪致す。ヒイロ」
「あ、あァ。失礼な真似して、すまなかった」
「あっ⋯⋯いえ、お気になさらず。先も申しました様に、お気持ちは分かりますからね。私が貴方がたの立場であっても、きっと首を傾げてしまうでしょうからね」
「配慮、痛み入る」
つい明け透けな反応をしてしまったが、ノンネが身分を偽っていない事は事前に分かっていた。じゃなければ、エインヘル騎士団本部の客間を会合の場として利用なんか出来ないだろう。ノンネの立場は他ならぬ騎士団が保証済みといっていい。
「お、おほん。それでは早速、本題に入りたいと思いますです。といっても、事前に概要については把握されている、と見ていますが」
「⋯⋯うむ。では、再度口上で確認致す。レスクヴァン家が申し入れされていたクエストの解決に我が隊の『ヒイロ・メリファー』を指名する⋯⋯という事で、相違ないであろうか?」
「その通りでありますね」
じゃあそもそも、なんで俺と隊長がこうしてこのメイド長と会合してるのか、なんだけど。
どうもレスクヴァン家が、俺宛てにクエスト要請したいって事らしい。
そう。レギンレイヴ宛てにではなく、俺個人に。
「再度確認させて貰うが、レギンレイヴ隊にではなく此奴、ヒイロ・メリファーのみを指名した意図とはなんであろうか」
「ええと、勘違いしないでいただきたいのですが、ヒイロ様以外のレギンレイヴ隊の実力を疑っているという事ではないのですね。というのも、実は今回のクエスト、元々別の部隊が受諾する事が決まっていた事なのですね」
「うむ、そちらも承知している。だが、それを歪めた理由とはなんだろうか」
「はい。そこなのですが⋯⋯我が主、レスクヴァン家の現当主『リゼモーネ・レスクヴァン』殿が、そちらのヒイロ様に、その、いたく興味を抱いておられるご様子でしてね。是非ともヒイロ様にクエストを受けて頂きたい、と考えておられているのですね」
「興味と来たか。ククク、人気者は辛いなオイ」
「浮かれるな馬鹿者」
端的に言えば、俺に「ファン」が出来たって事らしい。
出来たらいいなって妄想してたら、ガチで出来たよ。いやまあ、うん、やっぱ主人公ともなればファンの一人や二人は出来て当然よ。想定の範囲内だ。主人公は浮かれない。
あ、嘘です。
この話を事前に隊長から聞いた時、死ぬほどはしゃぎました。だって指名ですよ指名。レスクヴァンって言ったら、これまた最近縁が出来たばかりの十二座の一席だし。
超VIPから注目されてるって言われたら、そりゃはしゃぐよね。
「しかし、リゼモーネ殿といえば前当主が逝去され、その後釜として、若くして現当主に就かれた御方。よもや、そのような御人がメリファーに注目されていたとは」
「ちゃんと理由はあるのですね。前当主様が亡くなられた原因は、そちらもご存知だと思うのですが?」
「む。そうか。前当主殿を殺めたのは⋯⋯」
「はい。そちらのヒイロ様は、同隊の騎士様と協力して【御父上の仇】を見事、追い払ったと聞きますね。その事がリゼモーネ様のお心に留まった様ですね」
「⋯⋯得心した」
ゼツか。なんであんな場所でアイツらと遭遇したのか不思議でならなかったけど、レスクヴァン当主の暗殺が目的だったと知った時は唖然としたな。
正真正銘の危険人物達。今でも思い出す度に体温が下がるくらいだけど、あの時の遭遇戦が、まさか件の新当主さんの気を惹く事になるとは。やっぱり何事もどう転ぶかなんて分からないもんだ。
ま、ノンネのいう「見事」って部分は正直微妙なとこだけど。なんなら追い払ったのはシュラだし。そこら辺も当然把握してるんだろうけど、それでも俺に限ったのにはなんか理由でもあるのか。
それともやっぱり主人公だからとかかね。やはり主人公補正、主人公補正は全てを解決する。
「もう一つ懸念がある。先程、このクエストは元々別の部隊が受諾する事が決まっていたと述べられたが?」
「はい。それが今回、レギンレイヴ隊ではなく、ヒイロ様に指名をさせていただいた理由にも繋がりますね」
「ほう。というと?」
「本来であれば、受諾先にレギンレイヴ隊を指名を変更すれば良かったのですね。マナーはよろしくない事は承知の上ですが、そういう事も前例が無い訳ではないと聞きましたし。ただ、今回は元の受諾先の隊には、ですね⋯⋯」
「うむ」
「実はその部隊の隊員に、リゼモーネ様と同じ十二座の次期当主候補様がいらっしゃいましてね。このまま指名変更すれば、あちらとの関係悪化に繋がりかねません。ですが、ヒイロ様にクエストを受けていただきたい気持ちも強いのですね」
あ、全然全て解決出来てなかった。確かに指名変更された側は気持ち良いはずもないし、十二座の対立ってなれば余計まずい。
「ならばいっそ、どちらにも受諾していただきましょう、というのがリゼモーネ様のお考えなのですね」
「なるほど。それで、メリファーのみを指名すると」
「そうなのですね。つまり、ヒイロ・メリファー様。レスクヴァン家より貴方様に、改めてご依頼致します」
せっかくのオファーだけども、無視出来ない規模の不和を招くぐらいなら。もう辞退するしかない、と俺は考えたんだけども。
どうやらレスクヴァン家は、この問題を解決する策があるらしく。その中々に力技な手法をメイド長の口から聞いた俺は、まだ見ぬファンガールに『あ、結構強引なタイプなんすね』と強烈な印象を抱いたのであった。
「──ヒイロ様には、レスクヴァンが元より依頼先としていた『スヴェイズ隊』に一時的に出向していただき、今回のクエストを遂行していただきたいのですねっ」
◆
「ふう。流石に騎士様相手は緊張しましたね⋯⋯」
「お。うるせえのが帰って来やがったか」
「ああっ、ショーク! まーた燕尾服を着崩してやがりますね! ダメダメですダメですね、ショークにはレスクヴァン家に仕える者としての自覚がぜんっぜん足りてませんねっ!」
「あーあー、うるっせえなぁ。戻ったんならさっさとリゼモーネ様に報告してこいチビメイド」
「うぐぐ。いくら恩があるからって、何故こんなのを側仕えに雇ったんですかリゼモーネ様ぁ。気まぐれにも程がありますね⋯⋯」
「てめえだってリゼモーネ様に抜擢された身だろうが、人のこと言えねーだろ。なぁ『新人メイド長』さんよぉ? 今日の会合、ちゃんと受諾させられたんだろうなぁ?」
「ほんと減らず口ですねこの『執事』は。ご心配なく、向こう様には了承を得られましたとも」
「そうかよ。ならちゃっちゃと報告して来やがれ。執務室で首をながぁくしてお待ちだぜ?」
「言われなくたって行きますねっ! もう、ちゃんと仕事するんですよ! ね!」
「へいへい」
「そーかい。あのデク野郎め。最近調子付きやがったみたいだが⋯⋯ケッ。精々、クエストでヘマこきやがることを祈ってんぜ」




