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149 グレート・オブ・アホの娘

「あ、ご、ごめんなさいお邪魔して! ええっと、レギンレイヴ隊の皆さんですよね? 申し遅れました、私はハイリ・ナインブレア。同じブリュンヒルデに属するスヴェイズ隊の隊長やってます、よろしくお願いしますっ」


 綺麗な眉を八の字にしながらも、痛み入っちゃうくらいに丁寧なご挨拶。いやまあそこはいいんだけど。


「隊長?」

「はい、そうです。君はヒイロ・メリファー殿だよね? ごめんなさい、うちの隊のフリーゼがご迷惑をかけてしまって。本当にすいませんでしたっ」

「あァ? いや、別にそこまで⋯⋯」


 隊長って名乗ってたよなこの人。フリーゼもさっきそう呼んでたし。でもめっちゃ低姿勢だし、ペコペコと頭下げるし。ほんとに隊長なのこの人。

 なんとも苦労人っぽいというか、色々と幸薄そうというか。うちの隊長とは色んな意味で、ハイリさんは真っ反対な人だった。


「頭を上げられよ、ハイリ殿。そう腰を折られては、こやつも戸惑う」

「は、はい。えっと、お久しぶりですねシドウ殿。教導官から本隊に復帰したとお聞きしていましたが、流石の活躍ぶりですね」

「なに。部下の功績であり私の力ではない。少々手綱が握り辛くはある連中だがな」


 そんでウチの堅物隊長ですよ。同僚相手に会話してる姿は珍しいけど、やっぱ一目置かれてる感じなんだな。貫禄がちげーや。さらっと小言向けられた気もするけど。


「そちらのスヴェイズ隊も⋯⋯うむ。話題に事欠かない、壮健ぶりであると聞く。うむ」

「お、お恥ずかしい限りです」

「あえ? たいちょー、何を恥ずかしがる事があるのだ? 自分達もバリバリ絶好調だぞ?」

「そういう所だよ、もうっ」


 そういえば、こうして別の隊の同僚と接する機会はあんまなかったな。ブリュンヒルデ本隊属は花形だし、そこに属するって事は、並以上の騎士だって証明にもなるくらいだ。

 同僚の評判については俺としても気になる所だったんだが⋯⋯あのシドウ隊長が言葉を選んでる、だと⋯⋯?

 ポカンとしてるフリーゼに、涙目になって抗議するハイリ隊長。見た感じ、もしかして一癖ある系な部隊なのか?


「うう、今日も胃が痛い⋯⋯」

「ハイリ殿。隊の長は体調管理も職務。気負いすぎるのも問題となるだろう。時には休暇を取って、体を労るのも良いと思うが」

「あ、気遣ってくれてる、シドウ殿優しい⋯⋯え、待って、私の体を気にしてくれるって、これひょっとしてそういうこと?⋯⋯私、独り身脱却チャンス⋯⋯?」

「うむ。程々に労え。程々にな、うむ」

「⋯⋯ああ、うん。どうも、変わった隊みたいだな」

「ええ、そうみたいね」

「うーん、あの隊長さんの苦労気質。ちょっとクオっちみたいだね」

「心外だ、僕に妄想癖はないっ」


 しみじみとクオリオに同調するシュラだったけど、急に頬染めてボソボソ言い出したハイリさんからして、やっぱ一癖ある隊っぽいね。あとシャムさんや、苦労気質って言いながら俺を見るのはやめようね。事実陳列罪だぞ。


「あと、フリリンとヒイロンもなんかおんなじタイプっぽいよねー」

「うぬ? フリリンてのは自分のことか?」

「そーそー。可愛いくない? 可愛いよね!」

「可愛くないのだっ。なんか髪の毛と鼻がなくなっちゃいそうで嫌だぞ! あと自分は髪の毛バッテンになんかなってないのだ!」

「んなっ、ウチのセンスが分からないなんて! じゃあもうフリーヌだよフリーヌ! 髪がイヌっぽいし!」

「なんだとこのシャム猫女ー!」

「猫女は余計だー!」

「お、落ち着いてフリーゼさん。姉さんも、初対面相手に失礼なこと言っちゃダメっ」


 こっちもこっちでなんか言い合いしだしたよ。同じ天真爛漫な気性同士だから仲良くなるかと思ったが、どうも馬が合わないらしい。いや、同じ気性同士だからこそ逆に反発しちゃうパターンかなこれ。

 あとさらっと流されたけど、俺とフリーゼが同タイプってどういう意味だよ。


「んむ。そうか。シャム猫女は気に入らないが、そっちのヒイロとは確かに同じ道を志してる共通点がある事は事実なのだ」

「あァ? 共通点だと?」

「そうだ! 風の噂で聞いたぞ、ヒイロはこの国一番の騎士を目指していると! そして自分の夢も同じなのだ! つまり、自分とヒイロは同じ道を歩む同志にしてライバルなのだっ!」

「──ククク。なるほど。だからこそ俺に宣戦布告をかましたって訳か」

「にゅふふ、そのとーり! うん、なんだか気分が乗ってきたのだ! さっきはたいちょ、もとい邪魔が入ったし⋯⋯もいっかい、宣戦布告と行くのだ!」

「仕切り直しか⋯⋯面白ェ、良いぜ。かかって来やがれ!」


 まさか改めての宣戦布告とは。ふむふむなるほど、やはり気分が乗っかるとついはしゃぐタイプか。うん、俺もだ。シャムが言ってた意味がよっく分かった。

 ならば、受けて立たねば男が廃る。さあどんと来い、とウェルカム態勢を作った所で、ふと思った。

 あれ。そういやさっきの宣戦布告で、なんか気になること言ってたような⋯⋯?


「改めて名乗ろう! 自分はフリーゼ・ディモンシュ! スヴェイズ隊のリーダーにして、天下怒涛の超新星! 完全無欠のフィジカルで、並み居る敵を薙ぎ倒し⋯⋯やがてアスガルダムで一番の騎士となり!! そして自分は御父様の言いつけ通りぃ────(オトコ)の中の(オトコ)になるのだぁぁぁぁ!」

「「「「⋯⋯⋯⋯」」」」

「あえ? まーた反応悪いなもう、どしたのみんな? 大丈夫そ?」

「あぁ、また⋯⋯うぐ、胃が⋯⋯」


 あー。そうそうそれそれ。さっきの宣戦布告で、そこだけ意味分かんなかったんだよね。思い出した。ハッキリすっきりリフレインだ。

 いや違うそうじゃない。この国一番の騎士になりたいは分かる。でもオトコになりたいってなに。御父様の言いつけ? は? え、娘を息子にしたい特殊性癖とかじゃないよな?

 と、ともかく謎を解明せねば。そのために我々調査隊はアマゾンの奥地──もとい、目の前の迷宮思考の女騎士に、詳しい話を聞く事にした。


「なァおい、さっきも言ってたが⋯⋯オトコに成りてえってのはどういう⋯⋯」

「む。違うぞ。ただのオトコじゃない。漢の中の漢だ! 自分にはディモンシュ家に生まれた者としての責務があるからなー!」

「ディモンシュ⋯⋯ん? ちょ、ちょっと待て。待つんだ。そのディモンシュっていうのはひょっとして、代々優秀な騎士を輩出し、王家からの信頼も熱く、その功績で『十二座』の一席を担っているあの"ディモンシュ家"の事か!?」

「うむ、いかにも。説明ご苦労なのだメガネくん。くるしゅーないぞ」


 うっそだろおい。十二座なのかよお前。国営にも関わってる重要なポジションだろ十二座って。

 目の前でご立派過ぎる胸をえへんと張ってるこの女の子が、エリートの一門でありますと。どうしよう、ちょっとアスガルダムの未来が不安になったんだけど。


「あの、フリーゼさんが十二座なのは分かりましたけど⋯⋯それでどうして、漢の中の漢を目指す事に?」

「む? それは自分がオトコになりたいからだな!」

「え、えっと⋯⋯?」

「あえ、知らないのか? オトコとはてっぺんを目指す生き物なんだぞ? だから自分もこの国で一番になり、漢の中の漢になって御父様を喜ばせるのだ!」

「あ、あううう⋯⋯???」


 やべえ全然意味がわからねえ。多分フリーゼなりの理屈があるんだろうが、説明下手なせいかいまいち要領を得られない。

 リャムなんかもう大きな目をぐるぐると回してるぐらいだし。


《クソァ! んなばかでっっかいのぶら下げといて! なーにーがっ男になりたいってのさ! ふざけんな縮め萎め減って垂れろバカバカブァーカァァ!》

(Oh⋯⋯)


 そんでね、さっきから凶悪がブチ切れてる。男になりたいと豪語するフリーゼの、ビックサイズが心底許せないらしい。

 おかげで内も外も、どっちもカオスなんですが。

 頼む、誰でも良い。この混沌を治めてくれ。

 そう願う俺の祈りが届いたのか。ずっしり重い溜め息を吐きながら、ハイリ隊長が口を開いてくれた。


「えーと、ディモンシュ家は代々騎士を輩出してきた名家だって、さっきクオリオくんが説明してくれましたが⋯⋯それは本当です。ただ、今代のご当主様が就かれて以降、どうも男児に恵まれなかったようで」

「男児?」

「はい。現在はフリーゼちゃんが長女で、次女、三女、四女と続くのですが⋯⋯ディモンシュ家は代々男性が当主に就いていた事もあって、後継も男が望ましい。そうご当主様は考えられたんでしょうが⋯⋯」

「男が生まれなかったって事ね?」

「ええ。で、ご当主様は相当悩んだようで⋯⋯苦肉の策として、フリーゼちゃんを『男』として育てようと考えたみたいで。フリーゼちゃんは幼い頃から男として振る舞うよう、教育されてきたんです」


 ははーん、なるほど。二次元の男装女子キャラにありがちな事情があったって事ね。フリーゼの一人称が「自分」ってのも、そういう理由かと。

 そう当人を流し見て、いや待てと思考が一旦止まる。

 フリーゼ、全然男装じゃなくね。むしろ肌露出高くね。そう思ったのは俺だけじゃないらしく、レギンレイヴは揃って首を傾げた。


「ですがそのフリーゼちゃんには、ちょっと色々難しかったというか、隠し事が大の苦手みたいで。周りの目も気にならないタイプなのが噛み合わなさ過ぎた、というか。肌を晒す格好に抵抗がないどころか、動きやすいから好んでるみたいですし⋯⋯」

「「「あー」」」

「「「なるほど」」」

「ご当主様も最初こそ厳しく言い付けていたらしいのですが、全然男らしく振る舞える気配がなくって。今ではすっかり諦めたとか」

「⋯⋯折れさせたってのか。フリーゼ、すげえなテメェ」

「うぬ? なんだ急に褒めて。でもそれほどでもあるぞ。くるしゅーないぞ」


 つまり、男として教育しようとしたが、あまりにもアホの娘過ぎて手の施しようがなかったって事かい。すげえよフリーゼ。一周回ってすげえ。


「ただフリーゼちゃん自身はこの通り、その言いつけだけは今も守ろうとしてはいるみたいなんですよ」

「⋯⋯先ほど、御父様の言い付けとも言っていたのはそれか。けれど、それでどうして漢の中の漢を目指すという思考になるんでしょうか?」

「その、小さな頃に『オトコ』とは何かについて、フリーゼちゃんなりに勉強しようと思ったみたいで。そこでたまたま手に取ったのが『漢達の挽歌』というエッダ(御伽噺)集でして⋯⋯」

「ほう、アレであるか。漢とは常に頂を、最強を目指すべしと謳う男達が拳と拳で高め合う、男の聖典ともいうべき熱きエッダだな」

「あー、あの頭悪そうで汗くさそーなエッダかー」

「⋯⋯シャム。貴様は後でアスガルダム外周を三十走だ」

「んみゃ!?」


 とばっちり食らったシャムの悲鳴は、一旦聞き流しつつ。

 しかしハイリさんの説明で、やっと全貌が掴めてきた。

 そう、つまり⋯⋯


「つまり、最強になれば『漢の中の漢』と同じ。そうすれば自分は御父様の望む『オトコ』になれるとゆーことなのだ! どうだ参ったか!」


 フリーゼはとびっきりのアホの娘だ。


「⋯⋯あァ、うん。今日のところは俺の負けでいい」

「ほんとか! わぁーい!」


 けれど、父親の願いを叶えようと最強を目指すという目標自体は、フリーゼの善良さを物語らせる。

 結論。

 俺の新たなライバルとして名乗り出た、このフリーゼ・ディモンシュという少女は──アホだけど、良いやつである。


 故にその衝撃的な初対面は、俺の黒星で幕を閉じることにしたのだった。





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