146 赤銅勲章授与式
騎士物語の大一番。そう聞いてどんなシーンを思い浮かべるか。
お姫様に貴女を護ると誓う時か。巨大な魔物を撃ち払った時か。民衆の歓声の中、凱旋を果たす時か。
ぶっちゃけ全部良い。どれもこれも捨てがたい。
けれど、これまでの功績が認められる勲章授与式。これもやっぱり外せないなって、熱海憧は思うわけ。
「それではこれより、勲章授与式を行う」
で、今まさにその時が訪れたってわけなんですよ。
二度目の『面を上げよ』でようやくレッドカーペットから、豪華絢爛な謁見の間へと視界が移り変わった。
赤一面から多様な色彩になったからか、少し目が痛い。
玉座にタペストリー付きの天蓋に、左右の銀の燭台。他にも枚挙に暇がないくらいだし、特に目を引くのはやっぱり正面の二人だろうか。
「此度、十二座議会において一人の騎士の名が挙がった。其の者、アスガルダムのエーギル・ライブラリにおいて、天秤を宿し星冠獣の暴走を見事鎮め、未曾有の危機を防ぐに至った功有りと」
玉座の傍らに立ち式を取り仕切ってる宰相の爺さんは、服装含めて威厳もたっぷりだ。高級そうな書状を手に広げながら、スラスラと読み進めていく姿も声も、一目で只者じゃないオーラに満ちている。
「論功行賞の末、騎士団長レオンハルト・ジーク、宰相ギムレー・ドヴァリン。そしてアスク・ガーランド国王陛下の認可をもって、勲章を授与する事となった」
そんでもって、その少し離れた隣。相変わらず爽やかフェイスなイケメンこと騎士団長と、なかなか険しい眼つきで俺をガン見してるクオリオの姉ちゃん。少しの無礼も許さないってくらいの圧に、思わず頬が引き攣るよね恐いよね。
でもまぁ、俺の前で片膝付いてるシドウ隊長に比べればマシだけど。
『メリファーよ。くれぐれも。くれぐれも、口の利き方には気をつけよ。作法を怠れば首が飛ぶぞ。むしろ私が飛ばす。良いな、心せよ』
もうね、背中しか見えないのに超おっかない。全然顔見えないのに、背中越しに一挙一動を見張られてる感じするもん。
だから宰相が読み上げてる内容に、迂闊にテンション上げる真似にもいかない。過去一並みの理性で、俺は俺を抑えるのに必死だ。下手すりゃ斬られるし。この話持って来た時とか、そりゃもうすんごい剣幕だったし。
「レギンレイヴ隊、ヒイロ・メリファー⋯⋯前へ」
「──ハッ!」
遂に名前を呼ばれて、ゆっくりと立ち上がり、シドウ隊長を追い越した。その瞬間、背中にかかる圧力がもう凄いこと凄いこと。
けど、ここに来て隊長の圧に気取られる訳にもいかない。
かつてない緊張感に包まれながら、俺は毅然とした態度で玉座の前へと歩んだ。
「陛下」
「う、うむ」
けど、宰相に促され、玉座に座っていた青年が緊張気味に立ち上がるのを見て、俺の肩の力もちょっと緩んでしまった。
そう、このちょっと頼りない感じの金髪碧眼のお兄さんこそ、俺達の王様なのである。いやもうなんだろうね、年が若いってのもあってか、威厳なんて全然ないんですけど。
俺以上に緊張してるのか所作もぎこちないし、見てるこっちが焦るくらいのたどたどしさ。優しい顔立ちもあって、妙に親近感の湧く王様だった。
(おお、この王族カラーなのに庶民的なオーラ。なんか安心するんだけど)
《いかにも庶民的な感想だねマスター。ボクは逆にこんなんでも王様なれるんだーって思ったけどさ》
(手厳しすぎないか凶悪さんや)
《純然たる感想ですぅ。というかさ、王様の肩に乗ってる烏? なにこいつ。ペット? さっきからじーっとマスターを見てきて鬱陶しいね》
(あー⋯⋯確かにめっちゃ見てくるけど。なんだろうな。でも確か烏ってアスガルダムの国鳥らしいし、あやかる意味でも飼ってんじゃね?)
《ふーん。ま、どーでもいいけどさぁ⋯⋯なんか気にいらないなぁ》
王様に対しても、そのペットらしき烏に対しても、好き勝手言えるのは心の中でだけである。
勿論、その内訳を一ミリでもこぼそうもんなら、背後から隻眼の鬼がすっ飛んでくるだろうけど。そういう意味じゃ、不意に頭で響く凶悪の言葉は、いつも以上にヒヤリとさせられるものがあった。
「えっと⋯⋯こほん。ヒイロ・メリファー。この度、そなたが授かるは──三階勲章の第三位、【赤銅】である。若き身にて此の勲章を授かる名誉、決して忘れることのないように」
「──ありがたく」
脳内トークは即座にシャットダウン。ここでやらかす訳にはいかない。
煙が出るほどに隊長に仕込まれた作法で、王様自ら手渡してくれた勲章を受け取り、胸元に飾る。その名の通り、赤胴で出来た勲章だ。
黄金、蒼銀、そして赤銅。騎士に与えられる特別な勲章の、つまり三番目。あのシュラや隊長だって持ってない名誉なのだ。
(へへ、たまんないね)
本隊入りして一年未満の新米に与えられるなんて滅多にない事だとも、隊長から散々聞かされた。そりゃ、ニヤけそうになるのを堪えるのにも必死ですよと。
或いはもっとオーディエンスや歓声があれば、表情筋はダルダルに緩んでいたかもしれない。残念ながらこの謁見の間に居るのはさっき述べた人達と、レギンレイヴの面々と、目立たないよう並んでいる宮仕えの使用人達くらいだった。
妄想してたよりスケールダウンは否めないけど、嬉しい事に変わりない。それに蒼銀、黄金ともなれば授与式の規模も違ってくるだろうし、俺のやる気はますます漲った。
だから後は、いかにボロを出さずにこの授与式を終えるか、だったんだけど。
「待ってくれ」
「ン!?」
「⋯⋯陛下?」
国王様直々の制止の声に、冷や汗がぶわっと噴き出た。
え。嘘。もしかして、俺はなんかやっちまったのかよ。なまじ礼儀作法に疎い分、なにが駄目だったかも分からない。焦りを押し殺すのに必死で、ついギギギと油の切れたブリキ人形みたく振り返る。
すると、さっきまで気弱そうだった印象の王様が、さっき以上に緊張気味に。それでいて少しだけ眼に力を込めて、俺を見つめていた。
「ひとつ、尋ねたい。君の事は細かく話を聞いたんだが⋯⋯君は、属性魔術の適性もなく、生まれも育ちもヘルメル。特別な誰かに師事を受けたこともなかった。これは⋯⋯事実なんだろうか?」
「っ⋯⋯」
「陛下!」
礼儀云々じゃないっぽい。突きつけられたのは、まるで俺が選ばれた者じゃないって要素ばかりだ。さながらお前は主人公じゃないって言われたようで、反射的に握り拳に力が入った。
「その、事実なのだとしたら⋯⋯ここに至るまでの道のりで、君はすごく頑張ったんだと思うんだ。心がくじけそうなくらいな挫折もあったんじゃないかなって。沢山傷付いたりしたんじゃないかなって」
けれど、どうにも見下している感じじゃないんだよな。どこか縋るような目。まるで助けを求めるような。仮にも大陸一の王国の、まして王様なんて立場の人がする様なものじゃない目の色。
「⋯⋯もし、そうなら。君は⋯⋯」
「──陛下っ!」
こんな問いを投げかけた真意が明かされる瞬間を、血色変えて遮ったのは宰相だった。
「お戯れが過ぎますぞ! そのような事を、なにもこのような場で尋ねる必要などありますまい!」
「ぎ、ギムレー⋯⋯」
「己が立場をお考えくだされ。この者は勲章を与えし騎士といえど、身分はあまりに違う。安易は振る舞いはむしろ、この者の立場を危うくする事に繋がりますぞっ」
「うぁ⋯⋯⋯⋯そう、だね⋯⋯⋯⋯すまない、騎士ヒイロ。君にも不躾な真似を⋯⋯」
疑問に囚われてる間に、アスク様はギムレー宰相の苛烈な叱咤にひどく青褪めていた。身を震わせて縮こまる姿に、やっぱり王としての威厳は欠片もない。厳しくも正しい物言いをする宰相の方が、よっぽど上の立場にあるべき人材だって俺でも思うくらいに、王様は気弱だった。
でも、気付いた。
そんな王様が、いつの間にか王座前の小さな階段を降りていたって事に。
一番高い位置に居るべき人が、俺と同じ高さの目線で立っていたってことに。
『⋯⋯もし、そうなら、君は⋯⋯』
だからだろうか。そこから先に繋がる王様の真意が、なんとなく見えた気がしてしまって。
「⋯⋯」
あれだけ敬意を尽くすべき相手だと、遥か上の立場にある人だと。決して"同じ目線で"物を語っても良い相手ではないと、隊長に言われたってのに。
主人公ではないと言われたつもりの建前が、理性を食い破ってしまった。
助けてと言われたような錯覚が、固く結んだ戒めをほどいてしまっていた。
「──いつか、いつかと。なりたい自分になる為に。それだけを求めて、ガキみてえに夢追い掛ける日々⋯⋯でした」




