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142 ヒイロの印象向上委員会『Ⅰ』


 ライブラ()の月に入り、アスガルダムを闊歩する人々の装いにも変化が訪れていた。衣に厚みが増す頃、ヒイロの騎士道は順風満帆であった。

 師を得て、葛藤にもひと区切り。殺しの才といえど闘いの才である事には変わらない。才能という土台に技術を培い始めたヒイロは徐々に実力を伸ばし、精力的に任務に取り組んでいる。

 魔獣相手に冴えを煌めかせるヒイロに引っ張られる形で、レギンレイヴ全体も勢いついていた。先のエーギルライブラリの活躍もあり、若手の注目株として期待が集まり出している。

 まさに期待の新星。ヒーローを志す男からすれば鼻高々の成果である。その思惑を知る者であれば思うだろう。さぞ増長しているのだろうと。

 しかし。

 アスガルダムの往来を歩むヒイロの心境は、非常に複雑であった。


「おい、見ろ⋯⋯あれが噂の騎士様だぞ」

「ああ。将来の英雄騎士候補様か。いやぁ、威圧感すっげーな」

「で、でも、あの騎士様⋯⋯敵の血を浴びて高笑いするって噂よ?」

「いや、血を啜るとかそんな感じじゃないか?」

「血をペロペロ舐めるんじゃなかったかしら⋯⋯いやらしい」

「それって本当なのか?」

「さぁ。でも火のないところに煙は立たないって言うし。じゃなきゃさ────【紅い凶悪(スカーレット)】なんて呼ばれねーって」

「だよなぁ。おおくわばらくわばら⋯⋯」


(思ってたんとちゃうっ!!!)


 肩で風を切って歩む彼に、憧れや称賛を贈る者は勿論居る。だが大半の民草は、彼へ畏怖の眼差しを向けていたのだ。

 思わず流れた覚えのない関西の血が騒いだのも、致し方ないだろう。ヒイロは嘆いた。どうしてこうなったと。


(おかしいだろ。なんだよ【紅い凶悪(スカーレット)】ってさぁ。誰だよそんな風に呼んだやつ。しかもなんか吸血鬼みたいな扱いになってるし!)

《ぶひゃひゃひゃ!! いやぁぁ良いネーミングだよねえマスター! ボク、マスターに使われてお鼻がにょっきにょきだよ!》

(うるっさい! てかこれ凶悪のせいっぽいんですけど!? 思いっきし名前に入ってんじゃんか!)

《そんなこと言われたってボク知りませーん。そもそもマスター以外と意思疎通なんて出来ないしー? 日頃の行いが悪かったんじゃなーい?》

(そんな訳あるかぁ! あと、血をペロペロなんて俺がするかよ絶対ゼツの分も混ざってるだろこれ! くっそぉ、俺が何したって言うんだよぉぉぉ!)



 ヒイロの不幸が蜜の味なのか、はたまた自分の名前が組み込まれているからか。凶悪は喜色満面である。対してヒイロの頬は引き攣り、こめかみにはビキッと青筋が立っていた。

 無理もない。紅い凶悪。それがヒイロが得た通り名であったのだから。


(ちくしょう、あんなに頑張ってきたのに、なんでこんな物騒がられなきゃいけないんだよ⋯⋯)


 通り名とは文字通り、名が通っている証である。

 シュラには【灰銀髪の戦乙女アッシュ・ヴァルキュリア】と、シドウには【清職者】という通り名がある様に、持つと持たないとでは評判に大きな差が出るものだ。

 それだけにヒイロはこの看板を背負いたがったのだろう。当初こそ、彼は禍々しい通り名にも喜びを示していた。

 だが、それが血生臭い尾鰭を幾つも呼び込むものとなれば話は別である。

 すれ違いざまに目を逸らされ、青褪められ、小さく悲鳴をあげられる。

 そんなヒーローなど居ない。むしろ怪人街道まっしぐらだ。ガチ目に泣きたかった。


 当然、ヒイロは現状を良しとはしていなかった。

 ほんまに、どげんかせんといかん。ついには流れた覚えのない薩摩領民の血さえも騒ぎ回っている。この事態を放置する訳にはいかないと、ヒイロは血走った目で対抗策を模索していた。





「で、どうすりゃ良いと思うよ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯何故そこで私に話を持って来るのか、全くもって理解に苦しみます」


 真剣な眼差しで難題をぶん投げてくる年下男を前にして、リーヴァ・ベイティガン団長補佐はスプーン片手に頭を抱えた。


「あのですね⋯⋯私は今、休暇を消費中なんです。敬愛なる我が騎士団長が、この私を気遣って与えて下さった二日間の休暇、その初日なんです。だからこうして昼食を愉しんでいる訳なんです」

「確かに此処のメシは美味いぜ。この俺もたまに通ってるくらいだ。なかなかセンス良いな」

「⋯⋯⋯⋯したがって私は今、職務中ではありません。嘆願は然るべき所にお願い出来ますか?」

「俺も色々ツテを頼ってみたんだが、クオリオも隊長も他もお手上げだってよ」

「⋯⋯ならば私からの返答もお分かりですね?」

「おう。任せた。団長補佐な上にあのクオリオの姉貴なんだ、相当頭キレんだろ。さぁ、弟のフレンズの頼みくらいさくっと解決してくれ」

「なにがふれんずですか厚かましい、なんでさらっと引き受けた事になるんですかあっつかましいっ」


 話聞けやこのガキ。怜悧な才女は別の意味でキレそうになった。

 口調も、見目麗しい才女にはそぐわないほどに荒ぶっている。通算連勤四十七日目という、なんともいわくのつきそうな大台に達しかけた毒素が蝕んだ事もあるのだろうか。

 敬愛する騎士団長から羽根を伸ばす機会を貰った直後に、何故こうも厄介事に巻き込まれているのか。


「ともかく、私は忙しいんです。やる事が山積みなんです。お引き取りを」

「やる事? 休暇中にか?」

「え、ええ。この後にも予定がそれはもう山のようにわんさかと」

「オイマジかよ。人手がいる事なら手伝うのも(やぶさ)かじゃねェぜ。なにすんだ?」

「へ?⋯⋯⋯⋯えっと」

「⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯ショッピング、とか、ですか?」

「⋯⋯聞かれても困るんだが」


 困ったように眉を潜めるヒイロに、リーヴァは彼以上に困った。おかしい。何故休暇中の私が、こうも追い詰められる流れに居るのか。リーヴァは訝しむが、ある種自業自得でもあった。

 リーヴァ・ベイティガンは才女である。だが同時に、敬愛なる騎士団長の為とはいえ、ワーカーホリックの性質もあったのだ。

 団長補佐という高い立場に加え、団長以外には冷徹な態度で知られる彼女は、特別親しい人間も少ない。同性に限れば敵の方が遥かに多い。最後に同年代とショッピング、など果たして何年前の話だっただろうか。

 故に、彼女は暇潰しの奥幅がひたすらに狭かった。邪気の無いヒイロの質問に、つい小首を傾げて返したのも致し方なし。


「⋯⋯はぁ」


 なんだか虚しくなって、リーヴァは溜め息をついた。額に手を当てる仕草は、弟にそっくりであった。



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