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141 恐れる心を忘れるな


 ついさっきまで手の中にあったはずの騎士装剣が、クルクルと放物線を描きながら高く飛ぶ。それはもう高く、青空へと吸い込まれそうなほどの勢いで。

 勿論そのまま空の青になりましたなんて事はなく、サクッと地面に突き刺さる。その華麗な着地を見届けた俺もまた、その場にへたり込んだ。


「足の運びは悪くないが、振りの軌道の作り方が甘い。速さを重視するのは良いが、柄の握りを緩めるな」

「ぐっ⋯⋯」


 降ってきた独眼隊長の容赦ない指摘に、苦渋を飲み込んで項垂れる。速さに追い付く為に工夫をこらした結果、剣を宙へ弾き飛ばされたんだ。反論のしようもない。


「クソッ」

「腐るな。手札を増やそうとする意気は良しなのだ。敗北の中にも価値を見出す事を心掛けよ」

「分かってんよ」

「ならば疾く立て」

「おう」


 シドウ隊長の喝に、すかさず立ち上がる。あえてまだ痺れが残る利き腕で剣を引っこ抜けば、隊長は一層眉を吊り上げる。

 鬼教官の血が騒いでらっしゃる。でも黙ってられないのはこっちだって同じ。やられっぱなしは癪だった。


《はーいこれで本日七回目の敗北ー! ふふん、マスターってばボクが手を貸さなきゃダメダメだねえ》

(ぐ、ぐぬぬ)

《ぬー☆》


 まあ一番お黙りになって欲しい方が一番饒舌なんですけどね。ほんと勘弁して。

 フルスロットルの煽り具合。今日も今日とて凶悪さんは絶好調らしい。というか、最近は習慣の一部と化したシドウ隊長によるご指導タイムでは、常にこんな感じなのだ。


 発端は約一ヶ月前、ゼツとイギーに敗けた事。シュラの助けが無ければ、どうなっていたことか。

 悔しかった。本当に⋯⋯【魔人モード】なんて字面はともかく、主人公特有の強化イベントを迎えておきながらの体たらく。あそこは勝ち切らなきゃ嘘だろう。なのにスタミナ切れなんて初歩的なミスを犯してしまった。

 ピンチを救うっていう役割も、ライバルのシュラに取って代わられて、いよいよ立つ瀬も無い。勿論シュラには感謝してるけど、それ以上の悔しさに襲われた。

 きっと本来のヒイロなら勝ててたはずだ。なのにそれを俺のミスが捻じ曲げた。許される事じゃあない。


 だからシドウ隊長に頼み込んだ。俺に、剣を、技術を──『戦い方』を教えて欲しいって。俺自身を強くして欲しいって。

 

「安易に懐に潜ろうとするな。常に頭の片隅に注意を置け。意表を突いたという確信を、相手が装う可能性もある⋯⋯このように」

「ぐほぁっ」

《はい、八回目ー! ノルマの二桁台まであとちょっとだよ、がんばれマスター!》

(こ、このっ、鬼! 悪魔! 凶悪!)

《あひゃひゃ。マスターの自業自得だよーん》


 かくして隊長は俺の熱意に応えてくれた訳だが、教導の際には凶悪を使う事を禁じられた。いわく、俺自身を磨くならば素のままの方が感覚を掴みやすいから、とのこと。

 教えられる立場なのもあって俺は承諾したんだけども、凶悪は拗ねた。だからご覧の通りの煽り魔と化してる。いや俺悪くないじゃん。なのに一番割を食ってる現状に涙を禁じ得ない。

 とはいえだ。実戦形式の中で直接俺の悪手を叩いては修正していくやり方は、俺の肌に合っていた。隊長の指摘は厳しく容赦もないが、俺の事を良く見てくれている証明でもある。

 一月前から始まった、毎朝一時間だけの指導。未だにコテンパンにされてばかりだけど、俺はこの時間が好きだった。 

 ちょっとした師匠が出来たような気分だった。 

 だからつい、尋ねてしまった。


「なあ隊長さんよ」

「む。どうした?」

「アンタから見て、俺に才能を感じるか?」

「⋯⋯才能、か」


 歯に衣着せない問いに、隊長は思い耽るように顎を擦った。


「光るものはあるだろう。荒削りだが」

「そいつは、武術の才能か?」

「⋯⋯何が言いたい」

「舐めずる影いわく、俺の才能は人殺しに向いてるんだとよ」

「!」


 認めたくない意地もあってか、つい他人事めいた言い方になってしまう。けれど隊長は不意を突かれたかの様に隻眼を見開いた。その反応がなにより、否定出来ない事だと如実に語っていた。


「あるだろうな。殺意無く、常に急所へ至らんとする貴様の軌道にはひやりとさせられる事もある」

「⋯⋯殺意無く、か」

「然り」


 つまり、無意識に。あのゼツって女は途轍もなく振り切れた奴だったけど、洞察力も相応に確かだったらしい。


「入団試験を覚えているか?」

「⋯⋯!」

「あの時、私を相手にした唯二人(ただふたり)。ミズガルズを強いと思った。紛れもない強者であると。現に私は負かされたのだ。認めぬ方がどうかしている。だがなメリファー⋯⋯私は、私に勝ちきれなかった貴様を『恐い』と感じた。この違いの意味する所、今の貴様ならば分かるのではないか?」

「⋯⋯恐い、か」


 思い出すのはやはり、武術を習っていた頃のこと。


(⋯⋯おっかないよな、そりゃ)


 ヒーローの様に、誰かを護れるぐらい強くなりたい。そう言って一門に迎え入れた子供が、直接的な危うさを秘めていた。教え導く側からすれば、恐怖を感じたっておかしくない。

 思えば暫く、俺は同じ道場の門下生と立ち会わせて貰う機会が少なかった。代わりに師範代に直接相手取って指導して貰う事が多かったけども。

 強くなる事に必死だった俺は、疑問に思いながらも追求はしなかった。門下生と立ち会うよりも、師範代と立ち会って貰う方が都合が良かったから。ひょっとしたら、優遇されているとさえ思っていたかもしれない。

 だが実際は、俺が不慮の事故を起こしてしまわない為だったんじゃないのか。


『熱海。お前に、武道の才は無い』


 いつか不意に、人を殺めてしまうかもしれないから。

 師範代がなんでわかりにくい言い回しを選んだのか。

 単に説明下手だったからか。或いは才能がないって風に思わせて厄介払いをしたかったからか。

 それとも、当時の俺に真意を伝えるには、あまりにも危うく映ったからなのか。正解は分からない。分かる機会は、もう訪れないんだろう。


「⋯⋯餓狼か。英雄か。はたまた修羅か」

「あァ?」

「なに。存外、私も臆病なものだと自覚したまでよ」


 呟き並べた三つの何かを、隊長は語らない。

 代わりに片目を塞ぐ眼帯にそっと触れる。本当にそっと。屈強な男にそぐわない仕草に儚さがちらついて。

 刹那、それが幻の様に掻き消えたかと思うと、いつの間にか凛とした威風をまとった隊長が、俺へと一歩迫った。


「メリファー」

「なんだよ」

「恐れる心を、忘れるな」

「!」


 けれど。

 諭す様に届けられた音の連なりは、鋭くも繊細で。

 夏の雪みたくすうっと融けて、俺の心に染み込んだ。    


「騎士という身分ならば、今後も命のやり取りをする事もあろう。西との関係が悪化すれば、戦争という形で我らが駆り出される未来もある」

「⋯⋯」

「だがメリファーよ。恐れる心を忘れるな。貴様が貴様自身を恐れる心は、貴様が、貴様の道を踏み違えぬ為の標となろう」

「⋯⋯俺の道、か」


 ヒーローになりたい。主人公にならなくちゃいけない。

 焦がれて掲げた生き方が必要とするのは勇気だ。恐れなんてむしろ不必要だって、どこかで思っていた。

 だが、もし(熱海憧)という不純物が『英雄』という器を汚してしまってるなら。そう考えると、らしくもなく足が竦みそうになる。


(⋯⋯俺はまともじゃないのかもしれない)


 死んだ現代。新たに歩む今の異世界。

 命が軽いのはどちらの方か。死が近いのはどちらの方か。

 ずれた人間が生きるには、どちらの方がより楽か。 

 身体をすり抜けた、排気ガスなど混ざりようもない朝の風。自分の歪みに気付かされてばかりの此方の空気は、皮肉なほどに美味い。


(それでも憧れを捨てられないから、此処に立ってんだろ?)


 見向きもしなかった欠点を、世界を跨いで突き付けられたんだ。そんな自分が恐くないと言ったら嘘になる。 


(だったら恐がりながらでも、俺なりに突っ走ってやるだけだ)


 それでも、目指すべき道は相変わらずそこにある。

 標も、面倒見の良い隊長さんがそっと打ち立ててくれた。

 俺がやるべき事は変わらないんだ。忘れてないし、忘れない。それでいい。


「さて、教導を再開する。次よりは今まで以上に厳しく躾けるが、構わんな?」

「⋯⋯へっ。当ッ然だ!」


 鬼教官からの捻くれた励ましに、俺は意気揚々と拳を掌に打ち鳴らした。


《なぁんだ。お悩みタイムはしゅーりょーかぁ⋯⋯でもまぁ、そっちの方がマスターらしくって良いかもね》

(⋯⋯えっ。こわ)

《はい? なにが?》

(凶悪が俺を励ます様な事言うなんて。隊長、忘れたくても忘れられない恐さもあるんだな⋯⋯)

《⋯⋯⋯⋯マスター、きらい》

(あーうそうそ嘘! 冗談! 湿っぽい感じにならないように的なサムシングだから!)

《きらーい》


 やっべ。いっつもからかってくる仕返しのつもりだったのに、完全に臍曲げられたっぽい。

 教導中は凶悪禁止だからまだ良かったけど、これは後でご機嫌取りしなきゃだな。バツの悪さを誤魔化す様に、俺は慌てて剣の矛先を隊長に向ける。


「つうか、隊長さんよ⋯⋯」


 ついでに、最近ずっと気になっていた疑問もぶつけてみようか。


「俺の気の所為じゃなけりゃ、あの試験の時よりも更に強くなってねえか?」

「ふん。騎士たるもの、負け戦を晒したままでいられるものか。鍛え直しただけのこと」

「⋯⋯」


 随分あっさりと告げられて、少し拍子抜けだった。

 シュラに圧された事が堪えたんだろうか。どうやら隊長はあれから必死に剣の腕を磨いていたらしい。

 でもその努力の量は、決して言葉ほど軽いものじゃないんだろう。

 少なくとも今の隊長なら、シュラに剣技で遅れを取ることはないと確信出来る。いや、ひょっとすれば既にシュラよりも。


「っ。オイ、休憩は終わりだ。まだまだ続けんぞ!」

「フッ、良かろう。相も変わらず目上に敬意も払えぬ貴様の性根ごと、私が叩き直してやろう」

「上等だァ! 今日こそ一本取ってやらァ!」


 俺の師とも呼ぶべき男もまた、邁進し続けている。

 ならその背に少しでも落ち着こうと走り続けるのが、教えを受ける俺が成すべき事だろう。

 切った啖呵を秋空高くに響かせて、俺の剣が真っ直ぐな軌跡を描いた。

 





◆ 






 なお、この一件で一番割を食ったのは、とある愛書家の青年であった。

 以下、その被害状況の詳細である。




「⋯⋯なぁシュラ」

「なによ」

「そう不機嫌な顔をしないでくれるか」

「別に不機嫌じゃないわよ腑に落ちないというかなんか納得出来ないってだけで不機嫌じゃないわよ不機嫌じゃ!」

「わ、分かったから一息に言わないでくれ。で、納得出来ないって何がだい?」

「⋯⋯なんであのバカ、隊長を相手に選んだのよ」

「はぁ?」

「だって隊長よ? レギンレイヴの中じゃ一番忙しいじゃない。だったら別にアタシでも良いじゃないの。これでも入団試験じゃ隊長に勝ってるのよ? 別にアタシだって、頼まれればそれくらい⋯⋯」

「⋯⋯つまり自分を選んでくれなかったのが不満だと?」

「んなっ、違うわよ!納得出来ないってだけ!」

「不満なんじゃないか」

「なにか言った!?」

「な、なんでも⋯⋯⋯⋯で、理由だったか。あー、多分、男同士だからじゃないかな」

「は?」

「ええと、ほら、実力的に申し分なかったとしても、仮にも同隊の女の子相手に修行つけてくれとは言いにくいだろう? その点男同士なら話が早いっていうか、頼みやすいというか」

「⋯⋯別に」

「その、男のプライドってやつかな」

「⋯⋯全然合理的じゃない感情論。なにクオリオアンタ拾い食いでもしたの?」

「するかっ! とにかく男には色々あるんだよ!」

「抽象的な言い方で逃げようとすんじゃないわよ、もっと分かりやすく説明! アンタ得意でしょ!?」

「なんで僕が責められてるんだよぉぉ!?!? 助けろヒイロ、僕を助けろぉぉぉ!!!!」



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