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137 Fairy Tail's Princess


「ふうん。そう⋯⋯『駆け落ち』ね。貴族のご令嬢が考えそうな、とっても素敵なロマンチズムこと。その行き着く先を思えば、こんな見窄らしい小屋もさぞお似合いね。お招き出来て光栄だわ」

「素敵だなんて、そんな。いやですわ、照れてしまいます。ねっ、カサンダ?」

「は、は。そうだねリゼモーネ、全くだよははは⋯⋯」


 たっぷりと間を取って、満を持して吐き出された妖婦の毒。自分も度々蝕まれる痛烈な皮肉は、それに気付けなければどうという事はないのだと。ぽっと頬を赤らめる令嬢(リゼモーネ)の鈍感っぷりにショークは、へえなるほどと白目を剥いて感心した。

 酷く疲れていたとも言える。


「まあ、十二座にも連なる大貴族のご令嬢と一介の帽子屋のラブロマンスともなれば、駆け落ちなんて事になるのも不思議ではないわね」 

「そうですわ! お父様ったら私の想いをまるで理解して下さらないどころか、カサンダの帽子屋に圧力をかけて取り潰そうとする始末! 私には栄えあるレスクヴァン家がどうのと宣いながら、なんて器量の小さい真似。私ったらもう限界で⋯⋯!」

「も、モーネ。分かったから、もう少し声を抑えようか」


 なんかもうどうでも良い。ショークはそんな投げやりな気分であった。しかしこの反応も当然だろう。

 何らかの刺客かと気を張った侵入者は、絶賛逃避行中の男女であったのだ。おまけに、絵に描いた様な身分違いの恋物語と来た。


 さらに頭が痛いのが、彼女が『十二座』の一つに席を置くレスクヴァン家の一人娘だと言うことだろう。

 この十二座と言えば、ガーランド王家と宰相に次ぐ政治中枢機関である。席の一つ、騎士団長の座に就けば騎士団を裁量で動かす権限を得られる様に、エーギル・ライブラリなどの『公的機関』や『王都外の領地の許可』を始めとした様々な運用権を席ごとに持つ十二の家。

 その権力は座につく家によってはまちまちだが、広大にある事に代わりはないのだ。


(関わりたくねえ⋯⋯)


 ショークの本心であった。

 身分違いのロマンスだなんてものに興味もなければ、彼らの物語の華を添える端約をやる義理も無いのである。権力には喜んで媚び諂う小心者といえど、十二座は流石にリスクが大き過ぎた。故に、黒子に徹する様に沈黙を貫き場を凌ぐ。

 ラズリも似たような感想なのだろうか。横目で盗み見る横顔は美しく微笑んではいるものの、時折ピクピクと頬がひくついていた。


「それにしても助かりましたわ。匿っていただけるなんて」

「御礼は結構よ。というか、そんなに安心出来る話でも無いと思うのだけれど。十二座ともなれば相当な権力を持っているはず。警邏隊に声をかければ、」

「いえ、流石にそんな真似はしませんわ」

「言い切るのね。何故?」

「お父様は面子にこだわる生粋の貴族ですもの。きっとなるべく内密に事を運んでるはずですわ。私達を探しているのも、事情に通じたレスクヴァン家の手の者ぐらいでしょう」

「⋯⋯なるほどね」


 楽観的なリゼモーネの憶測だが、単なる希望的観測ではないとラズリは頷いた。

 なにせ、大貴族の一人娘の出奔である。本来であればもう少し騒ぎになっていても可笑しくない。 それこそあちらこちらでリゼモーネとカサンダの名が触れ回っているくらいに。

 だがショークが耳に挟んだのは貴族の令嬢が失踪した噂だけ。この令嬢は間違いなくリゼモーネの事だろう。しかし家名などの情報は零れていない。必死になりながらも大っぴらに出来ない貴族特有の苦悩が見える。

 例の通り魔事件に繋がる案件かと思えば、とんだお家騒動の一端。色々と肩透かしな顛末に、ラズリは安堵すれば良いのか呆れれば良いのか分からなかった。


「それにしても、そんなに内情を私達に話しても良いの?」

「⋯⋯ええっと。こんなにも私にそっくりな方だからでしょうか。ラズリさんがとても他人には思えなくて。ついつい話してしまいましたわ」

「⋯⋯確かに、他人のそら似とは言い切れないくらいにそっくりだね」

「実は隠し子ってオチか?」

「新たなドラマまで求めないでちょうだい」


 細かな所を注視すれば、確かに違いはあるのだろう。とはいえ些細だ。目を凝らさずとも分かる違いは、髪の長さと色合いくらいだろうか。瑠璃色(ブライトブルー)のミドルと、亜麻色(グレージュ)のロング。

 仮に同じ格好、同じ髪の色味をして並べば、恐らく誰にも見分けはつかない。それくらいに、ラズリとリゼモーネ・レスクヴァンの顔立ちは似ていた。

 顔の輪郭も口も形も、歳の頃合いまでもほぼ一緒。瞳の色さえラズリの方がほんの少しだけ暗いだけの、鮮やかな夕陽色。血の繋がりなんて事実は無いとラズリは言うが、こうまで瓜二つではつまらない憶測の一つも立てたくなる。


(おまけに、"リゼ"モーネとはね。運命の悪戯かしら、手が込んでいること)


 血の繋がりを否定した立場であるが、ラズリとてこの同一性には運命めいた物を感じずには居られなかった。目立つ事を避けたい筈のラズリは、厄介の種であるリゼモーネ達を追い出さずにいるのだ。

 手慰みに淹れた安物の紅茶は、とうに湯気を引いている。

 冷めた口当たりに眉一つ動かさず、ラズリの双眸は対面の訳あり男女を見据えた。


「それで、結局貴女達はこれからどうするつもりなのかしら?」

「そうだね、いつまでも此処で隠れている訳にもいかないし⋯⋯」

「とりあえず真夜中を待って、こっそりとアスガルダムを出るつもりだったのですが」

「出るつもりって、どこから?」

「どこって、城門からしか無いのではありませんの?」

「なら追手に張られてんだろ。ノコノコ行ったが最後ってオチだな」


 ショークの推測に、駆け落ち組は揃って俯いた。箱入り娘と朴訥な帽子屋では外に繋がる抜け道など知りようもないのだろう。

 無論ショークは抜け道を知っている。だが貴重な情報を差し出してまで、自ら利用価値を手放そうとする者達を救ってやる様な優しさ(愚かさ)を持ち合わせてはいない。

 路地裏ぇ培われた合理性は、冷酷に目の前の女を切り捨てるべきと訴える。



「──ふふ」


 しかし、小悪党の主は違った。

 まるで得難き宝玉を手にしたかの様に、目と微笑みを弾ませていた。


『あー、つまりまとめると⋯⋯ローズみたいな性悪なら、魔女よりも悪役貴族の令嬢とかのが似合ってる!そういうこと!』


 その脳裏に、いつかの戯れを()ぎらせて。


「あの夜の戯言が、まさかこんな形で転がり込んで来るなんて。やっぱり、人生って分からないものね」

「あ⋯⋯? 何言ってんだお前」

「リゼモーネ」

「は、はいっ」

「貴女達の窮地を救う案があると言ったら、どうする?」

「えっ?」


 悪女は想う。

 姫を悪しき者が契約を迫る御伽噺(おとぎばなし)は、古今東西に溢れている。

 けれど誑かす時の悪役は揃って、微笑みを浮かべているものだ。

 あれはきっと、確信しているからだろう。

 愛果ての願いが叶うならば、お姫様は喜んで目を潰すと。



「これは契約よ。貴女達の門出、必ず私が送り出してあげる。ただし、貴女はもう二度と過去を振り向けない。その覚悟はお有りかしら──リゼモーネ・レスクヴァン?」


 彼女が得るのは、恋を知ったこれから。

 彼女が失うのは、恋を知る前の今まで。

 さながら御伽噺の魔女みたく、悪女は姫君に甘く囁いて。 

 降りた沈黙の帳はしかし、ここで幕を下ろさず。

 お約束の様に姫は悪女の手を取るから、物語は続くのだ。



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