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132 月夜が暴いた紅い本質


「えふふ。ダーリンの血ぃ、思った以上に良い紅色やぁ。綺麗やねぇ」

「ぐ、テメェ⋯⋯」

(なんだ今の。墨が槍になった?)


 恍惚に頬を染めて黒刀についた血を舐めるゼツ。裂けた肩の痛みよりも、起きた現象の異質さに意識が持っていかれていた。

 ゼツが黒吐影って呼んだ刀から零れた墨が槍みたいになったのもそうだけど、いつの間にか刀には血が滴ってる。言動からして、あの血は俺のだろうか。


《ふうん。今の、影を武器にしたのかなぁ? 陰湿な能力だなぁ。白魔獣の癖に見た目も中身も真っ黒だしさぁ》

「影を、武器に⋯⋯?」


 いや黒いのは凶悪も一緒だろ。そんなしょうもない感想が浮かんで来るも、それ以上に凶悪の分析が気になった。

 てっきり自分の一部を液状化して武器にするもんだと見たけど、影を武器に出来るって線も確かに無くはない。

 ただ、前者か後者か。真夜中においてどちらの方がより面倒なのかは明白だった。


「へえ⋯⋯黒吐影の能力、すぐに見抜けるなんて流石やなぁダーリン」

「チッ」


 嬉しげにしなを作るゼツのあけすけさに、白黒もはっきりついてしまった。

 まずいな。こんな真っ暗闇の中じゃ、影を武器にされたら視認するのも一苦労だぞ。


「ハッ。あっさり認めやがったな。そんな簡単に手の内を明かしていいのかよ?」

「チョロい女や思わんといてぇな。ダーリンにはゼツのぜーんぶ、知って欲しいって思ったからやえ?」

「ああそうかよ、嬉しかねえな」

「やん。そういう冷たい所もたまらんなぁ」


 悔し紛れも、むしろ悦に浸られちゃ立つ瀬がない。

 つくづくやり辛い相手だ。ぶっちゃけ色んな意味でも対峙したくない。だからって騎士である俺が尻尾巻いて逃げる訳にもいかず、苦い思いを振り払いながらも凶悪を構えた。


「⋯⋯嬉しいわぁ。ダーリンもやぁっとノリ気になってくれたんやね?」

「出来れば関わりたくもねえ手合いだがな、これも騎士の務めって奴だ。お尋ねモンが相手ならとっちめるまでよ────【スヴァリン】!」


 格上相手に出し惜しみなんてしてられない。

 攻、守、速。全ての底上げを施した上でゼツをとっちめてやる。


「オラァ!」


 仕掛けたのは純粋な真っ向勝負。様子見はなし。

 全速力で駆け、真正面から凶悪を振り下ろす。妙な真似をさせない為の速攻は、予想通り斬り払う動作一つで流される。


「っ、ナメんな!」


 刀という武器は性質上、攻撃を受ける事よりも逸らす、逸らす事にではなく流す事に秀でている。実際ゼツは常に俺の一打を流して来た。だから最初から流される事と逃される力の方向を折り込めば、即座の連撃に繋げられる。

 流されたまま身体を捻り、繰り出すのは回し蹴り。けど天才は伊達じゃない。半歩下がるのみで躱してみせた。


「『浮遊』」

「!」


 だが、俺が狙っていたのはゼツの足元の小石だった。

 コモンスペルの『浮遊』。クオリオとの魔術修行で何度も何度も磨いた基礎魔術を、小石に施した。

 凶悪のブーストは当然コモンスペルにも作用される。通常の倍以上の効果を持った『浮遊』を小石にかければどうなるか。それはもはや浮遊ではなく、『跳躍』と呼ぶべき現象に置き換わる。


「わわ。危ないなぁ」


 真下からゼツの下顎目掛けて跳ねた小石。当たれば痛烈な不意打ち。しかしこれもゼツが咄嗟に大きく仰け反った為に、小石弾丸は下顎を捉えることはなく宙高くまで飛んだ。

 俺が食らった影による不意打ちへの意趣返しは決まらなかった。だが仰け反って生まれた隙は決して小さくない。


「喰らえやァ!」

「うっ」


 隙を見逃すまいと、放ったのは渾身の突き。姿勢が崩れたままじゃ受け流すのは難しいはずだ。そう描いた俺の狙い通り、ゼツは黒刀を胸の前に構えて"流す"ではな"く受ける"事を選んだ。

 いかにゼツが剣の達人とはいえ、単純な力比べなら流石に負けない。一直線の突きを受けたゼツははじめて苦悶の声を漏らしながら、足で地を削って大きく後退した。

 そしてタイミングを合わせて、宙に飛んでいた小石が俺の目の前へと落ちてくる。勿論、ただで見送るはずもない。


「ぜァ!」


 凶悪をバットにして、カキンと小石をピッチャー返しさながらに打った。

 タイミング完璧な不意打ち二段。これは流石に躱し切れまいと手応えを感じた連撃だった。


「やっ」


 しかし、ゼツは神速の横薙一閃で小石をあっさりと分断し、防ぎ切ってみせた。手応えがあっただけに、思わずマジかよコイツって唖然とした感情が湧きそうだった。

 けどそこをグッと抑え、悔しさをバネにもう一度トライだとばかりに駆け出す俺の一歩目を。


「【黒吐影】」

「!!」


 ゼツが名を呼ぶと同時。

 またも伸びた影の槍に制されて、俺の更なる追撃は初手で潰されてしまった。


「ダーリン、可愛え顔して結構エグいやないの。こない搦め手も使えるなんて思わへんかったえ」

「余裕で捌き切っといて何がエグいだクソ女が。天才剣士様の嫌味ってやつか?」

「うん? 嫌味ってなぁに? 結構素直に褒めてるんやけど⋯⋯それに、ダーリンだってすっごくセンスええやんなぁ。それこそ嫌味になるえ?」

「あァ? 生憎こちとら随分昔に師範代から非才の烙印押されてんだがな」

「ダーリンが? おかしい話やなぁ」

「何がだ」


 心底不思議そうに首を傾げるゼツ。愉悦が取れて丸くなる菫色の目は、本心からの疑問だって物語る。ひょっとして、主人公故の秘めた才能って奴を感じ取られてるって事なのか。なんて風にいつもの癖が顔を出しかけたが、続くゼツの笑みにあっさりと引っ込まされた。


「だって、並やったらゼツとこないに愛し合える訳ないやん。一合、二合目でハイずんばらりって具合やね」

「!」

「ゼツと斬りおうて今も無事なんやから、ダーリンもちゃぁんと武"術"の才能たっぷりやと思うんやけど──とくに【殺し】の才が」

「殺し?」

「うん! やって、ダーリンの狙い所、さっきからずぅっと致命所やもん。殺気もないのに殺す気満々やし。おかげでさっきからゾクゾクさせられてるしぃ。

 せやからね、ダーリン。ダーリンの才覚は、この【舐めずる影】が保証したげるわぁ」

「⋯⋯、────」


 俺が、殺しの才能に恵まれてる?

 人の事を急にダーリンって呼んだり、好意を撒き散らしながら殺し掛かってきたり。支離滅裂に過ぎる狂人の言葉には、本来説得力なんてものはない。

 なのに、どうしてか。影を縫い止められた様に、息が止まった。そんなはずないだろ。なに馬鹿言ってんだよ。

 そんな風に紡ぐべき否定が、どうしてもスッと出てくれない。代わりに過ぎったのは、嫌な思い出。


『熱海。お前に武"道"の才は無い』


 もし。もしゼツの言葉が本当なら。

 俺に厳しい修行をつけてくれたあの人の言葉は。

 礼を重んじ、暴力ではなく『武』術を教え『道』引く者である師範代の真意は────


「顔色変わったなぁ。ひょっとして無自覚やったん? あは。ええねぇ、その奥ふっかいとこでの矛盾。破綻の匂いが一層香って、ゼツ、身体が熱ぅなってばっかりやえ」

「ハッ。このイカレ女が! 押し負けそうだからって、戯言で惑わそうってか!?あァ?! 見え透いてんだよ三下が!」


 這い上がって来る何かを振り払う様に、俺はゼツに凶悪を振るった。違う。才能なんてどうでもいい。俺はそんなものにこだわって生きて来た訳じゃない。

 憧れ。ああそうだ。大事なものだけを必死に真っ直ぐ追いかけて生きてきた。今更こんな夜の狭間の世迷言なんかに、惑わされてたまるかよ。


「──えふふ。可愛いわぁ。破滅の匂い。破綻の味。極上の百点満点やえ。なぁなぁダーリン。ゼツと一緒に添い遂げよ?」

「死んでもゴメンだクソッタレがァ!」


 火花散らすほどの鍔迫り合い。至近距離のゼツの目の、今まで以上に蕩けた菫色。その光に余計心を掻き乱されそうになって、このまま押し潰さんとばかりに両腕に力を込めた。

 けれど。『怒りに身を任せては勝つものも勝てない』と。

 遠い昔に師範代から教わった事は、時を越えて世界も越えて、今の俺の肩を掴んだ。


「ならしゃあないなぁ。ほな、黒吐影────【影楼(かげろう)】」

「⋯⋯?!」


 呟くと同時。真っ黒な影が這い上がりゼツの身体を覆ったかと思えば、ドロリと溶けて消えていた。ほんの一瞬で。

 は? 今、何がどうなった? 目の前のあいつはどこに行ったんだ?

 予想外の事象にパニックで頭が真っ白になった俺だったが、背後から聞こえた水音に振り向いた時。

 白い脳裏はすぐさま赤く染められた。


「がッッ⋯⋯!」


 いつの間にか背後に回っていたゼツの放つ一閃を、防ぐ術なんてない。腰から肩に目掛けた斬り上げられ、闇夜に鮮血の花が咲く。

 一体何をされたっていうのか。大出血と激痛にたまらず膝をつく。ゼツは呻く俺を見下ろすだけじゃ飽き足らず、幼子をあやすように俺の頭を胸に抱き締めた。


「えふふ。驚いたぁ? 黒吐影は影を操る。そして、ゼツもまぁるごと影に出来ちゃうおもろい子なんえ」

「テ、メェ⋯⋯」


 俺の髪に頬擦りしながらゼツが囁く種明かし。白魔獣の力で自分を影に溶かして、俺の背後に回り込んだって事らしい。卓越した剣技に加えて、初見殺しまで持っていたなんて。


「どく、どく。ダーリンの命が流れてく音。はぁ。気持ち良くって、耳から孕んでしまいそやわぁ」

「こ、の⋯⋯離れ、やがれェ!!」

「やぁん」


 気味の悪い悦に浸るゼツを、痛みに堪えながら引き剥がそうと暴れる。がむしゃらに振り払えば、刀が抜き去られた部分からまたも血飛沫が舞った。

 今度は膝を折らず、立ち続ける。これ以上、シリアルキラーに弄ばれるのは沢山だ。好き勝手されてたまるかよ。

 そう怒りを湧き立たせたのは、俺だけじゃあなかったらしい。


《⋯⋯あーあー。なっさけないなぁマスター。あんな陰険に負けられちゃ、ボクの立つ瀬がないんですけどぉ?》

(⋯⋯勝手に負けた事にすんなよ。まだ、こっからだ)

《ふぅん。そんな大怪我でまだ啖呵切っちゃえるんだ。ほんとにお馬鹿さんだねえマスターは》

(うるさい。馬鹿で結構だ。俺はあんな奴に負ける訳にはいかないんだよ)


 言葉の上ではいつもの通りのからかい。けど凶悪の声色には普段にない煮え立つなにかが感じられて。

 伝わる思念には、いつにない真剣味が纏わりついていた。


《⋯⋯あは。うん。同感だよマスター。ボクが力を貸してるのにあっさり負けられちゃあたまらない》



 このままでは終われない。そんな感情が、重なる。

 これまでの戦いでも別々を向いてた方角が、揃う。



《だからね、マスター。

 本当に凶悪な戦い方ってのを教えてあげる》



 さあ、目にモノ見せてやろうよって。

 身体中を流れる血が、叫んだ。





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