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131 舐めずる影


 愛ってなんだろう。

 遠い目でそんな事を考えれば、むず痒い青春の1ページとしてアルバムに収めても良いシーンかも知れない。後でベッドの上で悶えること請け合いだけど。

 でも切実だった。切実に愛とは何かを知るべきだった。どうしてかって?


「はぁっ、はぁっ⋯⋯斬り合う前からこないに昂ぶるんは初めてやわぁ。なぁなぁ愛しいお兄さん⋯⋯ううん、ダーリンって呼ばせてなぁ。さぁ、ゼツの切れ味。たぁんと御賞味しておくんなまし」


 ご覧の通り、命の危機に直結してるからです。

 なんかダーリン呼びに昇格されちったよ。ジーザス。


《わーお。鉄くっさいアイシテルだねえ。ねえマスター、すっごい美人さんからあっつい求愛されてるご感想はぁ?》

(泣きたい)

《うひゃひゃ!》


 敵しかいねえ。なんの躊躇いもなく泣きっ面を刺す凶悪に、涙の洪水で溺れそうだぜ全く。ほんとどうしてこうなったよ。

 どんだ支離滅裂な状況でも、世界は知らん顔して進むもんだ。恍惚としながらも黒刀を構え、一歩ずつ詰めてくるゼツを前にいつまでも呆けていられない。

 溜め息を堪えながらも指輪を構えて、こっちも臨戦態勢を作った。


「⋯⋯凶悪!」

《はいよー》


 握り締める鉄塊。何度も共に危機を乗り越えてきた相棒は、時も場も選ばなくとも手に馴染む。鉄パイプに悪人相の組み合わせは夜道で会いたくない筆頭だけど、ゼツはむしろうっとりと身を捩らせていた。


「とおっても乱暴で素敵な得物やねえ。ゼツ、ますますダーリンの事気に入ったわぁ」

「ハッ、これ見てそう宣うたァ、どこまでガンギマってやがんだテメェは」

「ゼツがこないイケない気持ちになってるの、ダーリンのせいやえ?」

「謂れなき罪擦られちゃたまんねえぞオイ」


 もうほんと何なのこの人は。色々と外れ過ぎてて恐すぎんだけど。あまりの狂人っぷりにげんなりとしていれば、隙をヌルリと縫うようにゼツが斬り掛かって来た。


「やっ」

「!」


 軽い掛け声の割に、一閃はとてつもなく鋭い。人格に感じたものとは違った怖じ気に、ゾクリと肌が立った。

 受けて弾けば、息継ぐ間もなく二閃、三閃と切っ先が迫る。


「はいなっ」

「づおッ⋯⋯」


 追撃の刺突を凶悪で受けるが、鋭い上に重い一撃は流しきれずに、大きく後退させられた。

 強い。それに読み辛い。

 黒い刀身が夜闇に紛れ、ただでさえ軌道が見にくい。けれどそれ以上に、攻撃に全然殺気が込められていないのが厄介さに拍車をかけている。

 受けに回るのは悪手だ。こっちから攻めないと。


「『我が腕に赤き力の帯を』──【アースメギン】」

「入れ墨なんてハイカラやねえ」

「その余裕面、すぐに歪ませてやるよオラァ!」


 生半可じゃ駄目だ。経緯は未だによく分からんが、刀振りかぶって襲い来る相手に加減なんざしてられない。人間相手でも叩き折るくらいの気持ちで凶悪を振るうんだ。


「ダラァァッ!!」

「えふふ」


 一合、二合。加速度的に打ち合う鉄と刀。単純な力比べならこっちの方が上回ってるはずのに、全力の軌道がゼツに届く事はない。

 いなされてた。縦を横に弾き、斜め下を斜め上に合わせ、攻撃を受け流されている。しかも飄々と涼しい顔で。

 とてつもない技量の持ち主だって言わざるを得ない。あのシュラより鋭い剣技。ゼツは、ともすればシドウ隊長レベルの達人だ。


「激しいなぁダーリン!」

「なにがダーリンだ、ナメやがって⋯⋯【ヘルスコル】!」


 斬り掛かって来ておいて、涼しい顔でとんでもない注文して来やがる。余裕のあらわれなんだろうけど、今度はそうはいかない。力押しが通じない。なら速度で上回ろうと俊敏性を上げ、颯爽と振りかぶった。



「シィッ!」

「!」

「喰らえやァ!」

「お、とと」


 凶悪のブーストもあって、体感上はさっきの倍速く視えるはず。だがゼツを多少驚きはさせられたものの、崩せてはいない。菫色の目はまだ愉悦で光っている。

 ひらりと舞う様に躱し、弾き、間合いを詰めさせてくれない。単純な身体能力だけでは埋められない技量の差を、僅かな切り結びでさえ痛感させられた。


「急にせっかちになるなんて可愛いとこあるやんなぁ。でも、ゼツはもっとじっくりねっとりダーリンと楽しみたいんよ。焦りは禁物やえ?」

「このやろォ⋯⋯」


 こっちは早々に手札を切ってるってのに、頓珍漢な諭され方をされちゃたまらない。単に長引かせたいだけなのか、あくまで攻め込まず、受けの姿勢のまま黒刀を構えるゼツ。

 悔しいけど、単純な接近戦じゃ子供と大人くらいに差が拓けていた。


(⋯⋯剣の天才ってやつなのか)


 たった五分にも満たない切り結びですら明白だった。

 足運び。剣の技。息遣い。俺よりそんなに離れてなさそうな年齢にして、どれもが卓越してる。紛うことない天才だ。こうも転がされたら、嫌でも実感が湧く。


(⋯⋯やなこと思い出したな)


 息を整える間を欲しがる俺と、余裕綽々なゼツ。

 まさしく凡才と天才の構図だ。この埋めがたい差に、苦い味が口の中でじわりと滲む。場違いな懐旧だった。ゼツと俺の差は、昔、ヒーロー目指して自分を鍛えようと潜った道場で、師範代の言葉を思い出させた。


『熱海。お前に武道の才は無い』


 あんまり思い出したくない記憶でもある。

 劣等の落第を押された訳だし。言われた時は、そんな事ないって負けん気だってすぐ湧いた。でも師範代の冬河の水面の様な静かな眼差しに、結局反論も出来なかったっけ。


(ほんと参るな。なんでこんな輩に目を付けられたんだか)


 毒づきたくもなる。良く分からない内に抱き着かれて、良く分からないままに惚れられて、挙げ句の果てに殺し合いましょう、だ。超展開にも程がある。

 色恋は理屈じゃないにしても、こっちからすりゃいい迷惑だ。強引に流されたモノをもう一度掴むべく、俺は武器じゃなく言葉を使う事を選んだ。


「オイ」

「なぁに、ダーリン」

「なにじゃねえ。なにモンなんだテメェは。急に襲い掛かってきやがって⋯⋯知りもしねえヤツに気色悪い呼び方されちゃたまんねえんだよ」

「うん? そないな事、些細なことやないの。ゼツはダーリンに出逢って運命感じた。せやから斬りたい。それだけの事やえ?」

「ちっとも些細じゃねえよ! 何が運命だ、テメェの狂った思い込みに付き合わされる道理なんざねえよこちとらァ!」

「怒り顔も素敵やねえ⋯⋯ふう。よろしやす。お互いの事を知った方が、より気持ち良く斬り合えますやろうし」


 どこまでぶっ飛んでる輩なのか。斜め向こうの豪速球ばかりで、まともなキャッチボールにもならない。ようやく切っ先を地に向けさせたにしても、ゼツが納得する過程も物騒だった。


「ダーリンは【舐めずる影】って聞いた事ありますぅ?」

「⋯⋯あァ? 舐めずる影だ?」


 辞める気のないダーリン呼びに眉を潜めつつも、ゼツの切り出した言葉に首を傾げた。舐めずる影。なにそのやらしいんだか不穏だか微妙な単語の組み合わせは。

 普通に生きてて、まず聞く事のなさそうな響き。でもどうしてか、聞き覚えがあったような。


(⋯⋯なんか、どっかで聞いた事があったような⋯⋯)

《あ。審問会のおじい共が言ってた、辻斬りだか通り魔だかの賞金首のことじゃないっけ?》

(審問会?⋯⋯、⋯⋯!)


 凶悪の言葉に、審問会の集会所に訪れた際の記憶が蘇る。

 ああ、そうだった。ハボックさん達が言ってた賞金首。騎士団でもブラックリスト入りしてるって言う超ヤバい奴、みたいな話だったけど。


「辻斬りの賞金首⋯⋯! まさか、テメェが?」

「そぉそぉ。あないな呼ばれ方好きやないねんけど、いつの間にか有名になってたからなぁ。ダーリンにも知られてたなんて、恥ずかしいわぁ」

「⋯⋯待て。そんなヤツがなんでこんな所に⋯⋯っ。待て。んじゃ最近アスガルダムで起きた通り魔事件は⋯⋯!」

「せえかぁい。しつこぉ口説いて来たけど、ちぃともときめかへん男やったえ。せやからゼツの事、慰めてぇな」

「不気味な通り名持ちが⋯⋯一人で勝手に干上がってやがれ!」

「ああん。いけずやわぁ」


 しなを作って微笑むゼツの誘いは、一旦無視するとして。

 やっぱり超が付くほどの危険人物だったか。人ひとり殺しといて、微塵も罪悪感を抱いてない感じからして、まともな倫理観を期待出来る相手じゃないだろう。

 だってのに、どうしてそんな輩に熱烈に迫られてるのか。何が琴線に触れたってのか。結構な災難を背負ってるらしい主人公の悪運に、ちょっと頭が痛くなった。

 けれど俺の拒絶もどこ吹く風で、ニタリと笑みを深くして、ゼツは黒刀に頬擦りをした。


「不気味かぁ。傷付くなぁ。悲しいなぁ。哀しいから、ゼツがどうしてそないな呼び方されるのか、ダーリンにご披露させてもらいましょか?」

「!」


 宣言と共に膨れ上がる異様な気配に、肌がゾクリとした。

 背筋を蛇の舌で舐め上げられた様な悪寒。言動は今までの(じゃ)れつきと変わらないのに、空気がシンと冷えた。


「────起きやえ、【黒吐影(くろとかげ)】」


 ゼツがあやすように黒刀をトントンと叩いた途端、異変は現実のものと化した。


(⋯⋯闇が。液状みたいに、なってる⋯⋯?)


 まるで黒刀自身が涎を垂らしている様に、ドロリとした墨がポタポタと地面に落ちる。夜闇よりも更に濃い漆黒の墨はじわりと広がり、次第に意志を持っている様に、墨は爬虫類の如く俺の方へと這ってくる。


「たぁんと味わってなぁ、ダーリン」


 そして、ゼツがうっとりと呟くと同時。

 迫っていた墨の表面が尖り、巨大な針と成って俺を貫かんと伸びた。


「ぐおァっ!?」


 あまりに異質な攻撃。咄嗟に凶悪を構えたものの防御というには不完全だった。防ぎきれなかった俺の肩を、黒い針は紙の如く切り裂いた。



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