119 デート・ア・ライブ感
『リャムが元気ないからさぁ、ヒイロン、ちょっくらデートしたげてくんない?』
ランニング帰りの男子寮。クオリオのベッドの上で今にも羽ばたきそうなポーズをしながら、シャムが言ったことだ。
多分窓から侵入したんだろう。開けっ放しだったし。男子寮に侵入するとか女子としてどうなん、ってツッコミもまあいい。シャムだし。
ただ、別に良いけどなんで俺?って聞いて数秒の沈黙の後『だってどうせ暇だろうし!』と言われたのはマジで納得いかん。
「あ、あのぉ。今日は急にどうしたんですか? つ、付き合えって言われてここまで来ちゃいましたけど」
「あァ? あー、アレだ。この前まで牢にぶち込まれてたからな。ちっとここいらで気晴らしがしてえと思ってな」
「はぁ⋯⋯そうなんですか。でも私なんかが一緒でも良いんですか?」
「お前じゃダメな理由なんてねえだろ。つかダメならそもそも寮まで行って誘わねえぞ、なに言ってんだ」
「へぁっ、そ、そうですよね。ごめんなさい」
歩幅が小さいから、テクテクって足音が似合うなと。
隣で申し訳なさげなリャムを見下ろして、そんなしょうもない事を考えてしまった。
場所はアスガルダムのメインストリート。例の通り魔事件のせいで人通りは減ってるものの、それでも大国の賑わいは凄まじかった。
(うーん。確かにちょっと元気ないな)
シャムの口馬に乗って女子寮に押しかけ、目を白黒させるリャムをここまで引っ張って来た訳だけど。一段落の折に見せるリャムの横顔は、確かに普段より気落ちしてる様に見えた。
シャムは原因に心当たりがないらしく、かといって俺が直接聞くのも憚れる。なんでとりあえずリャムの気晴らしを受け持った訳なんですが⋯⋯ひとつ、問題があった。
(俺、デートしたことないんだよね)
これに尽きる。そう、俺はデートなんてした事ないし、する相手だって居たことない。知識は経験に勝るっていうけど、それなら俺は絶賛勝ち星ゼロ。ノリと勢いで突っ走った事を、今ちょっと後悔してたりする。
「おうリャム。ちなみに聞くが、どっか行きたい所とかあんのか?」
「え? わ、私はどこでも大丈夫です。ヒイロくんに任せます」
「そ、そうか」
うーん、この。まさかヒントを得ようと尋ねたら、何食べたいって聞くとなんでもいいと答えられた母親の気持ちを知るとは。
とはいえ強引に連れ出したのは俺だし、連れてきといてノープランな事に怒らないだけでも優しさの極みである。
実際どこ連れてっても喜んではくれそうだし。でも何故かハードルを感じるのは、やっぱり勝ち星の無さが故なのか。
(デート。デートねぇ⋯⋯)
とりあえず、デートの定番を頭の中で並べてみる。
カラオケ。勿論そんなもんがこっちの世界にある訳ない。引っ込み思案のリャムが歌ってるとこは見てみたい気もするけど、無いもんは無いんだから仕方ない。
ビリヤード。はい勿論これもカラオケと同じ理由でパス。似たような娯楽は探せばあるかもだけど、俺達がするにはちょっと大人びてる。もうちょい学生デート的な感じにする方がよさげ。
ペットショップ巡り。有りっちゃ有りだけど、これもアスガルダムに存在するのか微妙だ。それに、リャムにはモクモン居るし。
「ぐぬぬ」
「あ、あのヒイロくん? 大丈夫ですか?」
「も、問題ねえ。俺に任せとけよ今に見てろ」
「はぁ⋯⋯」
まずい。マジで妙案が浮かばない。
二つ返事で答えたのが仇になった。せめて女の子が喜びそうなスポットくらいリサーチしてからリャム誘うんだったよ。いっそ寝てる凶悪起こしてアドバイスを⋯⋯いや駄目だ。絶対ロクなこと言わないぞあいつ。
くそう。見切り発車のライブ感じゃ困るってのが良く分かった。おのれデート、そこらの魔獣よりよっぽど強敵だぜ。
いよいよリャムにまで心配されて本末転倒となりかけたが⋯⋯神様は俺を見捨てはしなかったらしい。
「ン?」
「どうしたんですか?」
俺の視界の隅に映ったのは、露店だった。
勿論ただの露店じゃない。即席のテーブルに客用の椅子。そして真っ昼間から黒いヴェールと衣装に身を包んでる、怪しい気配ムンムンの女性。
極め付けは、その女性の隣にポツンと立て掛けられた看板の文字である。
「リャム。アレを見てみろ」
「え? アレって⋯⋯占い屋さん、ってことですか?」
そう、占いである。来たよ。デートのド鉄板来たよこれ。
しかもこれ見よがしに相性占いって書いてあるし。都会の店前と違ってアスガルダムの景観じゃめっちゃ浮いてるけど、今の俺からすればまさに縋るべき藁であった。
「行くぞ」
「あのお店ですか? だ、大丈夫かな。ちょっと怪しい感じしますけど」
「問題ねえ。すぐ行くぞさあ行くぞ」
「へぁ、あ、あの、て、手をギュッて⋯⋯あのぉぉ⋯⋯」
もはや行かないという選択肢などない。
占い屋の雰囲気に少し気圧されてたリャムの手をガッと握りしめ、意気揚々と臨んだ。
「よう。占って貰いたいんだが」
「はいー『占い屋さん』へようこそー」
「そのまんまだな」
「シンプルがベストだよー。さーさー座って座ってー」
「なんかノリも軽いなオイ」
「フレンドリーな接客が売りなんだよー」
いざと挑んだは良いが、ちょっとミスったかも知れん。
大丈夫かなこの店。声をかける直前までは怪しい雰囲気だったのに、占い師に話しかけた途端、別のベクトルの意味で怪しくなった。
というかこの占い師、なんか既視感あるんだけど。どっかで会ったっけな。
「それでそれでー、何を占いに来たのー?」
「看板には相性占いって書いてあったが、他にもあんのか?」
「あるよー? はいお品書き」
いやお品書きて。間違っちゃいないんだろうけど、なんか雰囲気崩れるな。まあ占い師がこの口調だし今更か。
「わ。沢山あるんですね。ええっと手相占いに水晶占い。星座占いタロット占い⋯⋯た、タルト占い?⋯⋯チーズタルト? シェフの気まぐれパスタ? あ、合鴨のスモーク〜春のアスパラを添えて〜?⋯⋯ほ、ほんとに沢山あるんですね」
「いやガチのお品書きなのかよ。つかシェフ居ねえだろ」
「わたしだよー」
「テメェが作んのかよ」
ひと笑いの為に無駄に手の込んだことしてんなこの占い師。というかこっちにも合鴨とか居んのかい。ほんと大丈夫かと心配になったけど、もう毒を食らわば皿まで精神である。
「リャムは占いとかやったことあんのか?」
「えと。実はないんです。だからなにをどうしてもらえるとか、勝手が分からなくて」
「初心者ならぁーてそー占いとかおすすめだよー」
「ほう。なら試しに占って貰うか?」
「何について占うー? 定番なら、お悩みについてとかだけどー」
「な、悩みですか。じゃあそれでお願いします」
実は俺もテレビの星座占いぐらいで、本格的なのは初めてだったりする。だからそっと差し出すリャムの手を眺めながら、占い師がふむふむと頷き出すのを見てると、少し緊張してきた。
「ふむふむ、なるほどなるほどー」
「⋯⋯ど、どうですか?」
「うんー見えたよー。えっとねー⋯⋯リャムちゃん、とんでもない隠し事があるみたいだねー」
「え!?」
(おお。マジっぽいぞ!)
占い師の言葉に、リャムは劇的な反応を示した。
面白いくらいに青ざめながら、掴まれてた手をシュバっと仕舞う。それから恐る恐る占い師の方をうかがっていた。
「かか、隠し事って⋯⋯」
「どんな内容かは分からないけどー、誰にも話せない秘密っぽくてー、それを隠すことがとっても疲れてるーみたいな感じかなー」
「⋯⋯そう、なのか?」
「ぅ。は、はい、当たってます⋯⋯」
占いの結果は大的中らしい。
あまり触れられたくないのか、猫耳フードをがばっと被ってプルプル震えていた。しかも涙目。
その怯えた姿につい庇護欲を駆られて、気付けばフード越しに頭を撫でていた。
「ひ、ヒイロくん?」
「ククク。まるで幽霊でも見たガキじゃねえか」
「だ、だって、その。隠し事してるって知られちゃいましたし⋯⋯ヒイロくんも嫌ですよね、そんな仲間が居るなんて」
「⋯⋯あァ?」
あれ、てっきり占い師の凄さに怖がってるかと思ったのに。リャムの口振りからすると、自分が隠し事をしてるって事自体を知られるのが嫌だったっぽい。
誰にも言えない秘密がある事への後ろめたさってやつか。女の子って案外そういうの気にしがちなのかねぇ。
「馬鹿かよオマエ。誰だって仲間にも言えねえ隠し事の一つや二つあって当然だろうがよ」
「そ、そうかも知れませんけど⋯⋯」
「俺だってそういう隠し事あるぜ。どうだリャム。俺が嫌か? 軽蔑するか?」
「⋯⋯あ、う。い、嫌、じゃないです」
「クク、ったりめーだ。勝手に俺を心のせめえ奴にしやがって、この猫耳がっ」
「へぁぁぁっ、頭をグリグリしないでくださいぃ」
「クカカカッ」
はい論破ってね。どうよこの鮮やかな言いくるめ。伊達にクオリオと何度も口喧嘩してねーんだっての。
まあ確かになんでも話せる間柄ってのは貴重かもだが、それが最高って訳じゃない。仲良いからこそ言えないって事もあるし、俺の場合は話せない事だらけだし。
「ちなみにヒイロくんも隠し事凄いあるよー。リャムちゃんよりもすっごいよー。もう隠すこと山の如しだよー」
「へぁ? そうなんですか?」
「だ、だだだ、誰にでも隠し事の一つや二つや六つ七つあんだよ⋯⋯」
っべー。本物だわ。声震えたじゃんやめてよね。つか名乗ってないのに名前まで知られてるし。そこまで見えるのかよ。
占い師ってスゲェ。
俺はさっきのリャム以上に青ざめながら、凄腕占い師に色んな意味で敬意を持ったのだった。
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