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115 憧れは翼になって

「えっと、こっちの赤が熱冷まし。青と紫が痛み止め。真っ黒のユリは⋯⋯花弁が酔い止め、根っ子が食欲回復⋯⋯あれ、貧血治療だっけ?」


 ああでもない。こうでもない。

 記憶の棚を引いたり出したりしながら、テーブルの上の花を仕分けていく。ついには分からなくなったのか、椅子に置いていたリストをチラと見て答え合わせ。ふむふむと頷く拍子に、おさげにしている赤茶髪が尻尾の様に跳ねていた。


「あ、そうだった。根っ子は咳止め。うーん、まだまだだなぁ」


 ヒイロの妹ことサラ・メリファーは、そう言って椅子に身体を投げ出した。小窓から夕日が差す。家外から届く村人達の話し声が朱色の世界に溶けて、まだ夕刻なのに少し目蓋が重い。自分でも気付かないくらい、仕分け作業に熱中し過ぎてのだろう。


「お兄ちゃん、私が行商隊(キャラバン)のお手伝いしてるって書いたら驚いてたなぁ」


 いつからあんな心配症になったのやら。手紙越しにも伝わるほどの慌てぶりを思い出して、サラは苦笑する。

 そして切っ掛けとなった数奇な出逢いを思い出した。





 だいたいひと月前の事だ。

 たまたま欧都へ出かけていたら、ヴェルと名乗る美女に『大事な髪飾り落としちゃったんだー、見なかったー?』と話しかけられた。人の良いサラは一緒に探すも中々見つからず、ヴェルがうーんと首を捻った時に気付いた。

 ヴェルの着る服のフードの中に、綺麗な髪飾りが入っていた事を。いわゆる灯台もと暗し。しかしヴェルはいたく感激し、極上の笑顔を浮かべて何度もハグをし、感謝を述べた。更に『これお礼にあげるねー』と、どこから取り出したのかサラに"乾燥した花"や"根っ子"が入った瓶詰めを各種と、ついでに白金石が腕章をお礼と称して押し付けた。


『それぜーんぶ貴重なお薬だよー。サラちゃんにあげるねー』

『お、お薬ですか? えっと、この腕章は?』

『んー分かんない。昨日ここで拾ったやつー。ついでにあげるー』

『ええっ? あげるって、拾いものですよね? しかもこれ何か高級そうな石がハメてあるし⋯⋯役所に届けた方が⋯⋯⋯⋯、────って居ないし?!』


 サラは困り果てた。

 薬と言われても使い方が分からないし、彼女は健康そのものである。おまけに腕章は拾い物。薬はともかくこちらは受け取れない。直ぐに返そうとしたのだが、いつの間にやらヴェルの姿はそこに無かった。


『えぇぇ⋯⋯どうしよう』


 白昼夢を見たかの様だった。思えばヴェルの容姿は人間離れするくらいに美しかった。しかしサラの腕の中にあるお礼の代物達が、夢や幻で片付けさせてはくれない。

 サラは困った。心底困ったが、人の良いサラはとりあえず腕章を役所へと届ける事に決めた。そして到着した先で、受付で何やら揉めている女性を見かけたのだ。


『本当に腕章、届いてないかい? 白金の石がはめこまれた奴なんだけど』

『無いものは無い。一日経っても届けられてないのだ、諦めも肝心だぞ』

『はぁ、参ったねえ⋯⋯』


 困り果てたと漏れ聞こえる内容にハッとして、たまらずサラは女性に話しかけた。


『あのぉ⋯⋯すいません、腕章ってこれですか?』

『!!!』


 正答の返事は、当日二人目からの熱い抱擁で返って来た。やはり腕章は彼女のものらしい。お礼をさせてくれと近場の喫茶店に連れられ、女性はディオラと名乗った。

 なんでも彼女は各地で旅商を行うキャラバンの長であるらしい。サラが渡した腕章はいわば身分証であり、これが無ければ商売が面倒になる所だったとディオラは語る。

 若い身空で凄い事だとサラは思ったし、素直に伝えた。だがディオラはアンタだって只者じゃないだろ?と返し、サラは狼狽した。


『だってその瓶の中身、レアカシアだろ? それにアスフォルデスに、そっちは月の涙。根っ子は⋯⋯アルラウネか。どれも貴重な薬になる代物じゃないか』


 つらつらと指摘されて、サラは目を白黒させた。詳しくなくともディオラの口振りからして、お礼にポンと貰えていいものじゃなかったのが分かったからだ。途端に落ち着かなくなるサラだったが、不思議そうに首を傾げるディオラに促され、事情を説明した。


『なるほどねえ。実はとんでもない薬師かと思ったが、そういう事情だったとは。サラちゃんは運が良いんだねえ』

『あはは、今日に限ってはそうかもですね。でも私なんて、どこにでも居るような人間ですから』

『どこにでも居る、ねえ。でも運っていうのは大事だよ? 磨こうとしても磨けるもんじゃないけどねえ』

『でも、私なんてお兄ちゃんに比べたら全然です。取り柄なんて無くて、小さな村の片隅でひっそり暮らすのがお似合いな子供ですよ』


 サラ・メリファーが自分を誇れる様なものは何もない。その自覚が強いからこそ、断り文句に混ざった自虐につい俯いてしまう。

 そんな様子に、ディオラは黙っていられなかった。

 面倒見が良すぎて三十にも達してないのにキャラバン内では『姉御』で通っている女傑は、恩人の諦観に我慢ならなかった。


『これも何かのお導きかな⋯⋯いいかいサラちゃん。アタイはね、あんたを隅に置いておく気がなくなったよ』

『⋯⋯へ? ど、どういう意味ですか?』


 或いはこの一連の流れこそが、物語っていた。

 サラ・メリファーの運命はもはや、どこにでもいるような『枠組み(モブ)』では収まらなくなったのだと。



『サラ・メリファー。アタイのキャラバンに来なよ。

 小さな村の片隅から、世界へと羽ばたこうじゃないか』







「お兄ちゃんびっくりしてたけど、私もびっくりだよ。まさかこんなことになっちゃうなんて」


 差し出された手をサラは悩みに悩んで、取る事を選んだ。サラはヘルメルの村が好きだし、自分を囲う鳥籠だと感じた事もない。

 でも、ヒイロの躍進はサラの翼を育てていた。

 手紙が届く度に、兄が駆け抜ける道筋に胸を躍らせた。

 ヘルメルで兄の活躍を聞くたびに、空を見上げる機会が増えた。

 村の片隅の少女は、空へと羽ばたきたくなったのだ。


「⋯⋯もっと遠くを、かぁ」

 

 キャラバンに加わるにしても、いきなり旅商の一団となる訳でもない。まずはノウハウを学ぶべく、サラは欧都周辺を拠点とする行商員の手伝いを務める事になった。

 最初のうちは叱られる機会も多かった。大きな失敗に枕を涙で濡らした夜もあった。しかし、諦めの悪い兄の背が、サラの挫折を許さなかった。必死に学び、改め、次第にサラの働きを評価する商人も現れ出した頃に、ディオラに言われたのだ。


──そろそろもっと遠くを飛んでみないかい。


「うーん⋯⋯お兄ちゃん、納得してくれるかなあ。気にしてくれるのは嬉しいけど、最近ちょっと心配症かもだし」


 慣れ親しんだアスガルダムから、西への旅商に加わる。

 そんなディオラの提案を、サラは呑んだ。

 未知の世界への期待に胸が弾む。でも不安も大きい。

 兄の顔が見たくなった。直接、言葉で伝えたかった。

 だからこの前の手紙に、帰ってきてと書いてみたら、一度顔を見せに戻ると手紙にあった。

 反対されるかもしれない。応援されるかもしれない。

 どちらにせよ、嬉しい事には変わらなかった。


「れぎんれいぶの皆さんにも会ってみたいけど。今度連れて帰って来てって言っちゃったけど、多分無理だよね。忙しそうだし」


 兄が活躍する小隊の皆にも会ってみたいと添えたのは、サラの照れ隠しでもある。

 しかし兄の手紙にある小隊員は誰も彼も個性的で、会ってみたいのも本当だ。もし連れて来てくれたなら、その時は御馳走を用意せねばと奮起する。


「お兄ちゃん。ちゃんとご飯食べてるかなぁ」


 呟いて、窓の外を見る。

 夕焼けはとうに暮れ落ちて、空には星が満ちていた。





◆ 







「おいシュラ」

「ん?なによ」

「明後日くらいにヘルメルの方に帰るんだけどよ」

「へえ、そうなの。それが?」

「サラが会いてえらしいからテメェもウチに来い」

「ふーん⋯⋯アンタの妹が⋯⋯」











「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ひぇん?!」






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