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114 In The Libra:Re


 世間一般常識において、図書館では静かにするのがマナーではある。

 だが全三階層から成るエーギル・ライブラリは、ユミリオン大陸一の大きさを誇る分、当然著書や資料が膨大にある。また収められている本も貴重なものが沢山あり、基本的に貸出はされていない。

 従ってライブラリの利用者達は本を館内で読むしかないのだが、利用者の誰もが落ち着いて読書をする為に訪れている訳でもない。

 ちょっとした調べ物や確認事項の為にライブラリに訪れている利用者も多い。現に甲冑装備のまま訪れて本棚の前でペラペラ捲る騎士もちらほらと居る。そんな忙しなさも伴う空間では、多少の話し声はむしろ当たり前となっていた。 


「ねえねえ、聞いた? レオンハルト様、また大活躍したみたいだよ」

「北の遠征の話でしょ? 凄いよね、星冠獣を倒しちゃうなんて」

「ほんとほんと。強くて格好良くて、ホント素敵な騎士団長様だよー。はぁ、レオンハルト様ぁ⋯⋯」


 マナーも形骸化した図書館では、街角で聞くようなとろけた声のヒソヒソ話も珍しくない。普段なら特に意に介さないクオリオであったが、しかし内容に気を引かれたのか、書物に落とした視線が上がった。


「おや。クオっち、気になる? 気になってんね!」

「⋯⋯まあ、少しね」

「おお、クオっちも隅に置けませんなぁ。んでんで、どっちが好みなの? 声が可愛い三つ編みの娘の方? それともスタイルの良いショートの方?」

「なんで僕の好みのタイプの話になってるっ。興味があるのは話の内容だっ」


 冗談にも強く反応するのがクオリオの面白い所である。満足気に頷くと、シャムは自分の顎に指を添えた。


「聖冠獣かぁ⋯⋯確か騎士百人掛かりでも倒せるかってくらいに強い魔獣の事だよね」

「ああ。ちなみに団長が討ったのは聖冠獣『ギル・スコーピオ』だね。(サソリ)の宿星を冠した魔獣で、巨大な両鋏に体躯、更に尻尾からは海すら干上がらせるほどの熱毒を放つと云う。再生能力も凄いらしいし、贔屓目なしに良く討伐出来たものだと思うよ」

「はえー、詳しいねえ。流石クオっち」

「⋯⋯まあ、また読む機会にも巡りあったからね」

「へ?」

「こっちの話だ、気にしなくていい」


 ある意味で自分が変わる大きな切っ掛けにもなったタイトルを思い浮かべ、クオリオは苦笑した。興味を沸かせる反応ではある。しかし、なんとなく踏み込むべきじゃないと肌で感じたのか、ふーんの一言でシャムは呑み込んだ。


「星冠獣ねぇ。なぁんか惹かれる響きだなぁ⋯⋯とんでもない存在かも知れないけど、正直ちょっと見てみたくもあったり」

「見たことがないとでも言いたげだな」

「そりゃあ、そんな簡単にお目にかかれるはずないし」

「⋯⋯何言ってるんだ? 見るだけなら直ぐじゃないか」

「へ?」


 呑み込んだ息が、穴が開いた風船の様に口から漏れた。

 一瞬理解が追いつかなくて目を丸めるシャムを横目に、クオリオはやれやれと溜め息混じりに席を立ち、積み上げた本を抱えて歩き出す。


「ちょ、ちょっとクオっち。いきなりどしたの?」

「まさかこの国でまだアレを見たことがない者が⋯⋯ああ違うか、君の事だからアレがそうだって知らないのか?一周回って奇特なやつだな」

「アレ?⋯⋯ってちょいちょい、そっちは一階じゃん。もう帰るの?」

「もう昼過ぎるし、区切りにしてもいいからね。だから、帰るついでに見に行こうかと思って」

「み、見に行くって⋯⋯?」


 矢継ぎ早に飛ぶ質問に答えながら、クオリオは抱えた本をテキパキと棚に戻した。そして長時間を過ごした二階層から一階層のエントランスへと降りる。

 しかし、帰るのかと思った足先は何故か出入り口の扉ではなく、一階層の奥へと向いた。一体どうするつもりだろうか。

 淀みない足取りで進むクオリオの背中を、慌てて追い掛けるシャムだったが。


「ほら。アレだよ」

「へ? アレって⋯⋯」


 辿り着いた先は一階エントランスの最奥。三階層まで吹き抜けとなった構造のその場所には祭壇が設けられていた。

 更には天井まで続く巨大なステンドグラスを背にしており、世界樹が描かれたその模様も相俟って、まるでそこだけが神聖な空間と化している様だった。

 だが、クオリオが指したのは祭壇の上のある物体。

 それを見て、シャムは思わず目を丸めた。


「⋯⋯天秤?」


 祭壇の上に祀られていたのは、少し大きめのサイズの天秤だった。銀で出来ているのか表面は艶の光るシルバーで、しかしその支柱には、血管の様にエメラルド色の線が走り、ぼんやりと光を放っていた。

 両の皿には空っぽであり、微動だにせず均衡を保っている。傍目には風変わりな天秤に過ぎないが、シャムはその存在感に妙な圧迫を覚えた。


「アレが、天秤の宿星を冠すもの。かつてのエインヘル騎士団がこのエーギルライブラリに安置する事に成功した、正真正銘の星冠獣──『ライブラ:RE』だ」

「天秤の、星冠獣⋯⋯」


 簡潔だが持って回した紹介に、シャムは目を白黒させた。

 星冠獣。騎士が百人がかりでも敵わない力を持つとされる十二の宿星、その一つがあの天秤なのだと。

 存在感自体は心が認めても、頭にはすんなり入ってこなかった。


「でも、確か星冠獣って結構ヤバい存在だよね? こんなとこに置いててもいいの?」

「まあまずいだろうね。星冠獣は一線を画した魔獣の呼称だ。以前ヒイロが倒したヒキィムファクシですらも比べ物にならないぐらいの力を秘めている」

「んー? そんなのいたっけ。覚えてないや」

「どれだけ鳥頭なんだ君は、まあいい。それで話を戻すが、ヤバくたって仕方ないのさ。なんでもあの『ライブラ:RE』自身が、居心地が良いからってあそこに留まってるらしい」

「へえぇ、あの天秤自身が。面白い話だけど、なんかハラハラするね。場所移したりしないのかな」

「まあそうだろうね。でもこっちから無理矢理動かす訳にもいかないらしい。天秤とはいえ星冠獣、下手に動かして機嫌を損ねたら、何をしでかすか分からないってね」

「き、機嫌まであるんだ」

「ああ。文献や資料では、あの両皿が吊り合ってないと不機嫌になるんだとさ。しかも厄介なことに、一度片方の皿に物を乗せると、吊り合うものを乗せない限り不機嫌が続くらしい。だから誰かが吊り合いが崩さないように、ああやって騎士が見張りをしてる」

「あー、あの祭壇の両脇に立ってる⋯⋯てっきり二人でサボってるのかと思っちゃたよ」

「君じゃあるまいし」

「グサッ」


 お気に入りの場所を見つけて居座ったり、損ねるほどの機嫌があったり、そんな自我に周りが振り回されていたり。

 なんだか猫みたいだなあと、胸を抑えつつシャムは笑った。リャムにも見せてあげたいと思うが、博識な妹ならとっくに知ってるかも知れない。

 逆に今まで何度か此処を訪れておいて、知らなかった自分の方が可笑しいか。クオリオの反応を思い出し、苦笑しつつ頭をかいた。


「でも、こんな簡単に星冠獣が見られるなんてね。エントランスで『ライブラ:RE:饅頭(まんじゅう)』とか売ったら儲かりそうじゃん?」

「急に俗物な発想だな君は」

「いやあ、実はちょっとお腹減ってて」

「⋯⋯はぁ。花より団子とは、君みたいなのを言うんだろうね」

「でへへ」


 見たいと言ったから見せてはみたが、もう興味は自分の腹具合に移ったらしい。奔放具合はあの天秤よりもよっぽどで、クオリオは呆れて眉間を揉んだ。しかしそこで愛想を尽かさず、肩を竦めるに済ませる辺り振り回され役にも板がついて来ていた。

 さて、どこで昼食を取るかな。そんな思考で呆れを流しながら歩いていたからか、クオリオは不注意にも男とぶつかってしまった。


「おっとごめんよ」

「いえ、こちらこそ」

「へへ。悪いね⋯⋯」


 なるほどな、こいつが噂の星冠獣か。

 観光客の男だろうか。謝罪もそこそこに、興味深そうに天秤を眺める彼の呟きに、クオリオはなんとも渋い顔をした。

 シャムは饅頭を売ればなどと言ったが、害さなければ害されない『ライブラ:RE』は既にアスガルダムにおける観光名物と言ってもいい。だからこうして欧都から離れた地から観光に来る者も居るし、その側面も手伝ってこの図書館は静寂とは無縁なのだ。


「⋯⋯」


 仮にも星の名を冠する魔獣が観光名物として扱われてる。

 極めて平和的とも言えるが、クオリオはこの現状がどこか間違っている様な気がしてならなかった。



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